ドーハ・ラウンド 米国が補助金頼みの輸出農業を棄てないかぎり妥結はない

農業情報研究所(WAPIC)

08.7.30

 ドーハ・ラウンド(正式名称:ドーハ開発アジェンダ、実態:貿易拡大規制緩和撤廃交渉)の年内妥結を目指したWTO閣僚会合が決裂した。米国が自国の農業補助金を削ることなく、関税削減・撤廃を含む途上国の工業品・農産品輸入規制緩和・撤廃を求め続けたからである。

 米国政府がこのような態度を変えることができなかったのは、米国の通商交渉権限は憲法の規程によって議会にあり、議会は議員の地元の利害により動かざるを得ないからだ。今後ますます有望になる中国やインドをはじめとする途上国輸出市場へのアクセスの拡大もなく農業補助金を削減する制度的枠組みなど、補助金頼みの大規模輸出農業に頼ってきた穀物・大豆・綿花・砂糖農民が認めるはずがない。従って、交渉失敗の根因は、議会に通商交渉権限を与えた米国憲法にある。

 シュワブ米国通商代表は、「米国は引き続きドーハ・ラウンドに関与し続ける」と述べたそうだが、米国が補助金頼みの輸出農業を棄てないかぎり、交渉は何度行おうと結果は同じだろう。南米を中心とする一部農産物輸出途上国を除く圧倒的多数の途上国の支持を受け、交渉結果に自国農民の命をかけるインドが、このような米国の要求を飲むはずがない(⇒インド農民の自殺が急増 97−05年に15万人 商業・換金作物農業地帯に集中,07.11.12)。

 関税引き上げで輸入急増に対処する特別セーフガード措置の発動要件の緩和など、強力な輸入規制を求めるインドを筆頭とする途上国グループからは、農産物輸出国・ブラジルが逃亡した。しかし、代わりに中国が加わった。途上国グループの米国への対抗力は、かえって強まった。

 ところで、日本の若林農相は、重要品目を全品目の最大6%にするというラミーWTO事務局長の調停案が出ると、8%の主張は変えないが、「非常に不満があるわけではない」と表明(日本経済新聞 7月27日 朝刊 「WTO会合で議長調停案 事務局長 大筋合意へ切り札」)、早々と白旗をあげてしまった。北海道や沖縄を中心とする地域農業を死守するといった気概は最初からなかったわけだ。

 農相、あるいは福田政府は、補助金で不当に安くされた安価な農産物の輸入から国内農家を死守するという気概を見せたインドと中国のおかげで、地域農業を壊滅に追いやったという非難を免れることになった。しかし、日本の現政府が日本の農家、農村の利益や食料自給力の維持・向上を本気で考えていないということは、はっきりした。

 ドーハ・ラウンド決裂で、世界の何かが変わるわけではない。世界の多くの小農民は存続の危機にさらされ続ける。環境に調和し・農業と食料生産の持続可能性と食料安全保障に寄与する農民的農業は消滅に向かい、環境を破壊し・農業と食料生産を持続不能にする工業的・企業的農業が勝ち誇るトレンドが続く。

 貿易ルール見直しを含む新たな国際交渉が必要だとすれば、それはこのトレンドを覆すためにのみである。