WTO世界貿易報告、地域貿易協定に懸念

農業情報研究所(WAPIC)

03.8.22

 WTO事務局は14日、『2003年世界貿易報告』を発表したが、その分析の焦点の一つを地域貿易協定(RTA)の問題に当てている。それは、RTAの急増がもたらす悪影響を懸念、地域主義の利益を獲得し、多角的貿易システムを一層有効にするためには、守るべき二つの基本的な政策ルールがあると強調した。恣意的な自由貿易協定(FTA)の氾濫には、筆者もその危険性を再三指摘してきたが、これに歯止めをかけられるのは、その基本原則である「無差別原則」の例外としてRTAを認めてきたガット/WTOしかない。その意味で、WTOの今回の報告を歓迎したい。

 報告は、過去10年の間にRTAが急激に増加し、2003年3月現在、RTAに参加していないのは香港・中国・マカオ・モンゴル・台湾だけとなり、しかもモンゴルを除くこれらの国(地域)はいずれも特恵協定を交渉中であると指摘する。その動機や理由は、1)多角的協力の可能性が欠如するか、弱まっている、2)各国政府が多角的協定で実行可能な以上の協定を、より早く、かつ低いコストで獲得しようとする、3)RTAからの排除を避けるための防衛的必要性からRTAに掻き立てられ、RTAがより広大な協定での交渉能力を高める手段とも受け止められている、4)政治的に、地域安全保障を固める手段としても使われている、など多様であるという。

 もちろん、RTAの直接的な中心目的は、加盟国原産の商品に関税特恵、あるいは無税扱いを与えることにより、加盟国の貿易を増大させることにある。しかし、これが現実に達成されているかどうかについては疑問がある。報告は、利用可能なデータによれば、多くのRTAについて、加盟国間の貿易が拡大したとか、域外よりも急速に拡大したという経験的証拠はないとしている。その理由はいくつか考えられるが、先進国の場合には、多くの品目の最恵国待遇関税が既にゼロになっているということがある。原産地規則の要件を満たすためのコストが特恵により与えられる利益よりも大きく、貿易業者が特恵待遇の享受を断念する場合もある。また、高レベルの保護を受けている最もセインシティブな部門は自由化の例外とされる場合が多い。報告はこれらの点を指摘している。

 地域主義は多角的貿易自由化を加速する「触媒」になり得る(米国はそう主張している)ことは認めるが、地域協定の増加は多角的自由化の脅威にもなると警告する。地域協定の増加は貿易転換(より競争力のある域外国からの輸出が競争力の劣る域内国からの輸出によって代替されること)の危険性をほぼ確実に高めるし、様々な多数の原産地規則や基準の適用は、国際貿易を一層複雑で、コストのかかるものにする。地域協定の増加は貿易ルールの透明性を損ない、WTOの基本原則の脅威にもなる。多角的自由化が進めば特恵マージン(多角的協定に基づくより高い障壁のレベルと地域協定に基づくより低い障壁のレベルの差)は縮まるから、多角的自由化を妨げ、地域協定への執着を強める。地域協定の増加は多角的交渉への注力を逸らし、そのためのエネルギーを削ぐことにもなる[米国でさえ急増するFTA交渉・管理のための人員・能力の不足に悲鳴があがっていると言われる状態だから、途上国ではなおさらだ―WAPIC注]。

 このような問題については、筆者も既に指摘してきた(参照:北林寿信「地域経済統合の現状と展望」『国際農林業協力』、03年4/5月号)。

 ではどうすればよいのか。報告は、政策ビヘイビアの二つの基本的ルールが地域主義の利益を固め・作り出し、より有効な多角的貿易システムを促進することを助けると言う。第一のルールは、各国政府が、遅かれ速かれ多角的協定に拡張することを望まない地域的約束を行なうことを控えることである。第二のルールは第一のルールを強固にするもので、地域的約束を無差別的・多角的に適用するタイミングと条件を細密に定め、その実施を監視する協議システムに合意することである。

 ガットは地域協定が満たすべき条件・基準を定め、協定を審査する制度も持っていた。しかし、実際には成立した協定を追認してきたにすぎない。ウルグアイ・ラウンドでは、曖昧な基準をより明確なものにし、審査制度も強化した。それでも基準は曖昧なままで、加盟国の対立によりWTOの審査制度も機能していない。この現状はとても改善できそうもない。報告が二つのルールを提起するのはそのためであろう。確かにそうあるべきだ。

 しかし、このこと自体、どのように実現するのか。そもそも多国間協定に期待できないことを実現しようとして地域協定に走っている「各国政府」が「遅かれ速かれ多角的協定に拡張することを望まない地域的約束を行なうことを控える」ことはあり得ない。日本は「防衛的必要性」に迫られてメキシコやタイとのFTAに駆り立てられているのだとしても、メキシコやタイはWTOでは望めない成果を期待しているのは間違いない。日本がWTO交渉では約束したくないことをこれらの国とも約束しないとしたら、そもそも交渉が成り立たない。このルールはFTAに走る主要な動機を奪うことで、FTAに向かう奔流を止めるであろう。しかし、すべての国がこれに同意し、実行するのでなければ、今度は「防衛的必要性」からのFTAへの流れを止めることができない。

 FTAは、政治的・経済的価値観を共にする国々の国際的ネットワーク構築によってテロ撲滅を図ろうとする米国(ブッシュ政府)の戦略達成のための究極の武器となっている。米国にとって、FTA(それは関税同盟と並び、RTAの主要形態の一つをなしている)は、政治・経済の全側面における「米国基準」の押し付けのための「要」の手段である。その「無差別的・多角的」適用は、ブッシュ政府にとって差し迫った課題でもある。米国が提案されたようなルールに「合意」することがあり得ようか。どうすればよいかはわかっても、どうしたら実現できのか、答えを見つけるのは難しい。