タイ国内にFTAへの深刻な不安 議会委員会は国民投票を要求

農業情報研究所(WAPIC)

05.4.12

 日本とタイの自由貿易協定(FTA)交渉は、日本側が自由化に難色を示してきた農業分野で砂糖やでんぷんなどの扱いをめぐる協議を先送りし、コメを自由化の例外とすることなどで合意、最大の難関の一つを超えたと言われる。しかし、日本が重視する鉱工業分野ではタイ側が鉄鋼や自動車を自由化の例外とすることを主張、依然として決着の見通しは立たない。今月中の決着を目指して11日に東京で開かれた日本の中川経済産業相とタイのタノン商業相の会談も実質的進展を見ることなく終わった。日本政府や業界の早期決着への期待とは裏腹に、タイ国内ではFTA締結に突進する政府への疑念が日増しに高まっている。

 日本との交渉について言えば、農業分野の交渉がほぼ決着したのちの先月末、タノン商業相がアンチダンピング課税をしながらタイでは生産が難しい自動車用の高品質熱延鋼板を10年間の保護が認められる「センシティブ」品目から除外する用意があるとほのめかした。トヨタがタイ第三の自動車工場の設立に4億6700万ドルの投資を計画するなか、国内鉄鋼メーカーの利害を犠牲に国内自動車メーカーの利益を図ろうとする動きである。同時に、日本の農産物市場の一層の解放を勝ち取るための有力な取引材料にしようという狙いもあった。

 しかし、これは国内の自動車メーカーと鉄鋼メーカーの不公平な扱いを生み出すと、鉄鋼メーカーの猛反発を招いた。鉄鋼メーカーは、自らの効率化の必要性は認めながらも、自動車メーカーは既に税払戻しなどの特権を与えられているから、熱延鋼板の低率輸入関税で必ずしも利益を得られない、FTAの下では、タイは輸入関税払戻しのためにトヨタその他の日本自動車メーカーの輸出・生産基地になる、政府がタイを「アジアのデトロイト」にしたいなら、自動車部品はFTAの下での関税削減の対象とすべきではなく、それは他の国の自動車メーカーに対して日本メーカーを優遇する不公正な競争につながるなどと言い立てる。

 ジェトロ・バンコク事務所は、日本からの自動車部品の無税輸入は、タイと日本の自動車メーカーが中国などの新興自動車生産国に対して優位を築くために死活的に重要と説得しているようだ。11日には日本の自動車産業代表がバンコクでタクシン首相と会談、鉄鋼と自動車の関税を撤廃すればタイの「アジアのデトロイト」になるという野望の実現に全面協力するともちかけた。だが、国内調整ができていないから、首相も応えようがない。この調整は簡単にはいかない。結果は破産しかないと分かっていて自由化に賛成する者はいない。鉄鋼メーカーは日本メーカーとの競争のメドが立たないかごり、反対を取り下げないだろう。しかし、どんな手立てを尽くしても、そんなことは近い将来にありそうもない。手厚い補償があれば話は別だが、敗け組に冷淡なのは、いつでもどこでも、自由化推進者の共通の特徴だ。タクシン政府も例外ではない。

 日本とのFTA交渉以上に深刻な不安を掻きたてているのが米国とのFTA交渉だ。交渉事項はWTOの扱う範囲を超え、特にエイズ薬などの国民の命にかかわる薬剤の知的財産権で米国がWTO協定を超える厳格な保護基準を強硬に要求していること、しかも政府が交渉内容を国民に十分に知らせないままに事を運んでいることがその主な原因だ。

 今月4日から8日まで、タイのパタヤで第3ラウンドの交渉が行われたが、5日には、パタヤ・ジョムティエンの寺院からロイヤル・クリフ・ビーチホテルまでの6kmを、30の市民グループの農民・スラム居住者・エイズ患者など1200人が知的財産権を協定から除くように要求して行進した。彼らによると、米国は既に長いエイズ薬の15年の特許期間をさらに5年延長し、また薬剤製法も米国の要求で排外的な独占的データとなるだろう。交渉担当官はパニックに陥ることはない、もし協定に調印してもいつでも修正でき、キャンセルできるなどと不安の沈静に努めるが、そんなことができるはずがない。その上、中国、オーストラリアとの協定で果実・野菜農民、酪農民が大損害を受けた記憶も生々しく残る。彼らは、農産物自由化についても、安い大豆とコーンを手に入れる一握りの飼料業者を利するだけで、大部分の農民が破産に瀕する、食糧安全保障ができるのかと恐れる。スラム居住者は、料金が高騰するからと、水や電気などの公益部門が外国企業の手に渡ってはならないと主張する。米国とのFTAは、まさにタイ国民の生存にかかわっている。

 議会上院の外交委員会と社会開発・人権委員会は、第3ラウンド交渉ののち、米国その他の国とのFTAについて政府に勧告する上下両院議員、学会、国民を代表する議会共同委員会での討論と国民投票を要求している。委員会は米国やその他の国との交渉とFTAの指針を研究してきたが、米国・タイの協定の影響が並外れて大きいことを恐れる。協定は人々の生活、農業、知的財産権、環境、国家主権すべてに影響を与えるという。議会共同委員会と国民投票は、このような場合に実施することができるとする憲法の規程(第213条、214条)に基づくものだ。

 米国・タイFTA反対者は、政府が外国との間で結ぶいかなる約束についても国民と議会の承認を得るように要求する法案を発起するために必要な5万人の署名を集めている。FTAウォッチ連合に結集する20のグループが、国民が協定のあり得る影響をめぐる懸念を表明し、タイに不利になる協定の政府見直しを要求するための新たなウェブサイトを開いた。

 それにもかかわらず、第3ラウンドの交渉では、タイ側が難色を示す金融サービス、政府調達、税関手続を除く19の広範なテーマが取り上げられた。米国代表は知的財産権保護の強化はタイの薬価に影響しない、それは新規の安価なノーブランド(ジェネリック)薬品の開発と生産を促進すると主張、タイ側代表も、緊急の場合には必須の薬品の強制ライセンスを許すドーハ宣言の遵守を双方が認めたと主張する。サービスについては、部門別約束、最恵国待遇、職業資格に関する暫定的立場を双方が交換、投資についても製造業や鉱業などにおける投資自由化が議論され、国家ー投資家紛争の処理のメカニズムの開発が合意されたという。タイ側代表は、米国が蒸し鶏市場の開放やロンガン・マンゴスチン・ライチ・マンゴー・ランブータン・パイナップルの貿易障壁削減の検討を約束したと成果を宣伝する。

 しかし、FTAウォッチは、特に知的財産権に関して、WTOの要求を超えない保証は何もない、タイを訪れた米国議員やロビイストは多角的交渉で得られる以上のものを望んでいると警戒を弛めない。7月にはモンタナで第4ラウンド交渉が開かれるが、ここではタイ農民に大打撃を与えるであろう米国のコメ、トウモロコシ、大豆などの補助金やタイの果実・野菜の輸出を妨げる衛生植物検疫(SPS)協定も取り上げられる。論争はますます盛り上がるだろう。

 日・タイFTAも、議会共同委員会の議論や国民投票にかけられるかもしれない。日本政府や産業界も、自分の利益だけでなく、FTAがタイ民衆に及ぼす影響を真剣に再考すべき時機だ。