国際科学評議会(ICSU)のGM食品・生物評価報告

農業情報研究所

03.7.7

 世界の自然科学者が主要な国際的・学際的問題に取り組むことを助長する非政府組織・国際科学評議会(ICSU)が、2000−2003年に現われた世界各国の科学アカデミーや政府、国際機関・民間組織による50ほどの遺伝子組み換え(GM)食品・生物に関するレビューを比較評価するレポート(New Genetics, Food and Agriculture: Scientific Discoveries ? Societal Dilemmas)をまとめた。

 それは、・誰がそれらを必要とするのか、・それらは食べて安全なのか、・環境に対してどんな影響があるのか、・規制は適切か、・それらは貿易に影響を与えるかという五つの問題について、現在までの科学的到達点を明らかにしようとする試みの一つである。

 このレポートには、現在利用できるGM食品は食べて安全と考えられる、現在利用できる形質/種結合から環境悪影響が生じたという証拠はないとするなど、科学界の現状やGMOに関する真実を知ろうとする多くの人々が提示してきた多くの反証を無視・軽視する「偏向」があるように見える。

 それにもかかわらず、これは今後開発される食品の安全性を保証するものではなく、食品安全評価はケース・バイ・ケースで行なわれねばならない、GM生物の環境影響については、特定の農業生態系での特定の応用のケース・バイ・ケースでの評価が必要とするなど、米国政府やバイテク企業の主張とはかけ離れた評価も提供している。これは、例えば、米国での実験を根拠に環境への悪影響はないと主張するモンサントに対して、ブラジルでの環境影響研究を要求するブラジル政府の立場を正当化するであろう。

 ともあれ、このレポートが、せめて、米国では毎日GM食品を食べているが健康問題は起きていないのが安全の「科学的」証拠などというおよそ非科学的で「政治経済学的」な主張(GM食品が引き起こす健康問題が追究されたことなどないし、どんな問題があるかも特定できない現状で、この追究はしようにも不可能だ)がのさばっていることにに怒りもしない「科学者」の「社会参加」を促すことになればと思う。以下に、このレポートの「要約版」を紹介しておく。

 

新しい遺伝学、食料と農業:科学的発見−社会のジレンマ(要約)

G.J.パースリー(G.J.Persley)、国際科学評議会のためのドイル在団

 科学は創造的企てである。それは自然界の探求を知識の生成と人間活動における利用に結合する。この創造性の目的との結合はバイオテクノロジーの分野で例証される。しかし、遺伝学における新たな発見の能力(power)は、その利用の倫理と安全性、及びそれが人間の健康・生物多様性・環境に対してもたらすリスクに関して、多くの懸念も生み出す。

 ICSUに委嘱されたこの概観は、現代遺伝学とその食料・農業・環境への応用に関して20002003年に公表されたおよそ50の科学的レビューの発見を分析するものである。国家科学アカデミー、諸政府、国際機関・民間機関に委ねられてきた現代遺伝学の様々な側面に関するこれらのレビューは、問題を広くかつ深く検討するために世界規模の相当の科学的専門知識を動因してきた。しかし、今までのところ、それらの結論の比較評価はなされていない。

 この分析の目的は、様々な社会に関係し、現代遺伝学の発見を補強する科学に基づく問題は何なのか、共通の見解が見られる領域は何なのか、見解が分かれ・異なる見地が見られる領域は何なのか、今後の研究を通して取り組まれる可能性のある知識のギャップがどこにあるのかを考察することにある。科学的知識が伝達され、公衆の理解と新たなテクノロジーに関する政策の選択に影響を与える道筋も考察される。

 基本的問題

 現代遺伝学の多くの応用は、工業国・途上国両方の現在の農業方法の効率性と持続可能性を改善するために使われており、広範囲の利用の潜在力がある。重要な応用には、基本的特質の早期の世代選抜のための遺伝子マーカーの利用を可能にすることによる植物と動物の育種効率の改善、害虫や病気の確認と防除の改善のための遺伝子診断や、家畜と魚の病気を防除するための一層効率的な診断やワクチンの開発が含まれる。

 このレビューは、特に遺伝子組み換え食品(GM食品)及び遺伝子組み換え生物に関連して、広い意味での新しい遺伝学を考察するけれども、この研究は次の五つの中心問題を提起する。

 ・誰がそれらを必要とするのか、

 ・それらは食べて安全なのか、

 ・環境に対してどんな影響があるのか、

 ・規制は適切か、

 ・それらは貿易に影響を与えるか。

 これらの単純な問題の底にある多くの複雑な問題への決定的解答は、未だ利用できない。しかし、これらの問題の多くをめぐり、またさらなるデータ・情報・行動が必要な領域に関して、科学的コンセンサスが育ちつつある。

1.誰がGM食品を必要とするのか

 一層多くの、安価な、及び/または、より良い品質の食品に対する世界規模での需要が存在する。これらの要因の相対的重要性は社会の内部や社会間で異なる。貧しい人々は一層多くの食料へのアクセスを必要とする。もっと豊かな人々は、外観・種類・栄養成分に関して、食料の品質に一層重点をおく。

 2020年までの人口成長と食習慣の変化に合わせて必要になる将来の食料の需要と供給に関して、国連食糧農業機関(FAO)と国際食糧政策研究所(IFPRI)は、食料に対する世界的需要の増加を予測している。例えば、食料と飼料のための穀物生産は40%増やす必要があり、家畜生産は乳と肉の需要の増加を満たすために倍増する必要がある。同時に、農業の拡大に利用できる土地は減り、水は次第に希少な資源になる。こうして、一層多くの食料がより少ない土地と水で生産される必要がある。

 遺伝学の新たな発展は、様々な情況での一層多くの、安価な、及び/または、より良い品質の食料の生産に寄与する潜在力に関して、また現在の農業方法とその他の技術的選択肢と比較して一層環境的に持続可能な方法で食料を生産する能力に関して、評価されねばならない。 

2.GM食品は食べて安全か

 現在利用できるGM食品は食べて安全である。いくつかの国の国家規制機関による食品安全性評価は、現在利用できるGM食品は通常のその相対食品と同様に食べて安全であり、人間消費に適していると判断してきた。この見解は、162ヵ国が参加するFAO/WHOコーデックス食料品委員会、EUOECDを含むいくつかの政府間機関も共有している。

 さらに、GM製品を含む食品の消費からの悪影響のいかなる証拠もない。1995年にGM作物が最初に営業栽培されて以来、無数の食事がGM成分で作られ、いくつかの国の人々に消費されてきたが、悪影響は現われていない。

 現在利用できるGM食品は食べて安全と考えられるけれども、これは、新しい性質をもつ一層多くの食品が開発されるときにはリスクが生じないことを保証するものではない。新たに開発されつつある製品の進行中の評価は、販売される新たな食品が消費者にとって安全であることを保証する必要がある。食品安全評価はケース・バイ・ケースで行なわれねばならない。リスク評価の程度は、特定製品にかかわるあり得るリスクに応じたものであるべきである。

 GM食品から生じる人間の健康への便益もある。これは、一定の食品の成分から生じる直接の便益か、農業方法の変化から生じる間接的便益かであり得る。

 直接的便益:特定食品の栄養的品質改善(例:大麦のスターチ成分、油料種子ナタネの油成分、コメのビタミン成分の改善)、一定食品のアレルゲン 及び/または有毒成分の除去(例:ピーナツ)。

 間接的便益:害虫抵抗性作物は低レベルの化学農薬で栽培でき、その結果、食品中への化学物質残留が減り、また農薬に曝されることも減る。耐病性作物は、潜在する発癌性マイコトキシンのレベルを減らし得る。

3.環境にどんな影響があるか

 農業は環境に影響を与える。従って、農業に利用される新たな遺伝子技術も環境に影響を与える。遺伝子技術の影響は環境にプラスであるか、マイナスであり得る。それは、農業の環境破壊影響を強めるかもしれない、あるいは一層持続可能な農業方法と自然資源の保全に寄与するかもしれない。それは応用と選択の問題である。

 環境影響は特定の遺伝学応用、それが使用される農業システムと環境(農業生態系)に大きく依存する。環境影響は、特定のリスク要因を考慮して、ケース・バイ・ケースで評価されるべきである。特定技術の環境影響は、特定の形質/種の結合の生物多様性・生息地・景観、及び/または、その他の環境構成要素に対する直接的影響であり得る。あるいは、それは、農薬の使用量や使用方法の変化、及び/または、土地利用の変化から生じる間接的影響でもあり得る。

 直接的・間接的環境影響の評価においては、新たな遺伝子技術が現在の農業方法やその他の技術的選択肢と比較されるべきである。基準となる生態系データとの比較も望ましいが、これらのデータの入手は一般的には困難である。利用できる選択肢のより完全な全体像と様々な選択の含意の開発に関して、新たな技術のリスクと便益の両方が考慮されるべきである。

 直接的影響

 例えば、植物の直接環境影響の可能性を評価するときには、いくつかの要因が考慮されるべきである。生き残り・環境破壊を引き起こす雑種の形成につながる作物から多様性の中核部の関連野生種への遺伝子移動の可能性、植物が耕作地の雑草になり、あるいは耕作地の外部に移動して他の生息地への侵入種となる可能性、標的外の生物に対する特定の形質のあり得る影響、意図せざる遺伝子再結合から生じる予期せざる影響などである。これらのリスクは環境に放出されるいかなる植物にもあるリスクである。特殊な特質をもつGM植物(例:害虫抵抗性)は特殊な形質がこれらのリスク要因に対してもつ影響が評価されるべきである。

 直接的影響に関しては、遺伝子の移動は、作物が生物多様性の中核部で自然に交雑し得る土着種、近縁野生種または雑草の近辺で栽培されるところでは、特に問題となる。生態系の問題はそう起きることではないが(花粉は風や昆虫によって移動し、一部の異種交雑は自然受粉で自然に起きる)、それがなぜ問題なのか。この問いに対する答えは、新たな形質が、作物と近縁種の間の生じた雑種の生き残る適応性を増し、環境破壊的になる(例:雑草または侵入種になる)野生種に導入されるかどうかにかかっている。経験的には、多様性の中核部から近くの、あるいは遠くの様々な環境での様々な種のあり得る挙動を予測するには、生物学的・地理学的データに基づくモデリングが有益である。

 現在利用可能な証拠は、遺伝子は、一般的には低頻度で、また対応する近縁野生種が見られる地域で、土着種と関連野生種にGM作物から移動できることを示唆している。しかし、現在利用できる形質/種結合から環境悪影響が生じたという証拠はない。

 農業方法の変化による間接的影響

 現在営業的に利用できる大部分のGM作物は害虫抵抗性作物 及び/または除草剤耐性作物である。害虫抵抗性作物は、害虫集団中の抵抗性発達に結びついた急変動のサイクルを回避するために、統合害虫管理(IPM)システムの内部で使用されるべきである。IPMシステムが途上国で有効に利用できるかどうかについては若干の懸念があり、これはさらなる対策を必要とする分野である。

 いくつかの研究は、1990年代半ばのBtワタ導入以来、ワタ作における殺虫剤使用が14%ほど減ったことを示している。オーストラリア、中国、南アフリカ、米国のカントリー・スタディーは、GMワタ作物で農薬使用が4060%減ったことを示している。農薬使用の減少は作物関連生物多様性の中でも、特に益虫の数の増加を伴っている。除草剤耐性大豆は、雑草防除の効率を増加させ、土壌耕起を減らして土壌保全に便益をもたらしていることが示されている。

 将来、多様な遺伝子(例:塩害または乾燥耐性)によりコントロールされる複雑な形質の作物の作出をめざす科学的発展から、他の環境影響が生じる可能性がある。これは、農業が現在の限界地に拡大し、あるいは壊れやすい環境を脅かすことを可能にする。例えば、塩害耐性稲が、現在はマングローブの生息地として重要な地域に広がるかもしれない。乾燥に耐えるトウモロコシは世界の半乾燥地域での水利用効率を引き上げるかもしれない。このような応用のリスクと便益は、特定の農業生態系での特定の応用のケース・バイ・ケースによる環境影響評価の必要性を際立たせる。

 将来の土地利用

 将来の挑戦の一つは、様々な農業方法の推進者が多角的な土地利用が行なわれる地域で共存することを可能にするための方法と手段−基準を含めて−を策出することである。これは、特に大規模農業を営む農民と有機農民にとって特に挑戦的な問題である。例えば、過去15年間にわたりEUに委嘱された研究は、ヨーロッパにおいて作物から作物、作物から近縁種への遺伝子の移動をいかに最小化するに関する指針を提供する。望ましくない遺伝子移動は、いくつかの方法で最小限にできる。作物間の空間的・時間的障壁、外部への遺伝子移動のリスクが低い作物の育種(それらが自然交雑種でないこと、あるいは近隣に近縁種・野生種が存在しないことなどによる)、遺伝子の発現を植物の一定部位に絞り込む組織特定プロモ−ターの利用など。新たな科学的発展は、生物学的に囲い込んで栽培できるように、GM作物からの意図せざる遺伝子の流れを排除する方法を提供する。

4.規制は適切か

 規制システムが科学に基づき、透明である必要性には広範な合意があり、コミュニティーの参加がなければならないことについても同様である。加えて、安全性評価は利用可能な最善の科学的技法を利用し、ケース・バイ・ケースで行なわれるべきである。

 規制過程は、変化する状況の早期の警告サインを検出するように、十分に堅固で、かつ柔軟である必要がある。いくつかの国における食品安全問題の最近の事件は、原産地や生産方法がどうであろうと、販売に出される食品が食べて安全であることを保証する継続的警戒の必要性を際立たせた。これらの食品は、慣行農業または生業農業、有機農業、遺伝子組み換え生物(GMO)の栽培、どこからでも来る。

 現代遺伝学の食品と農業への適用のための規制システムは、製品とそれが生産されるプロセスのいずれか、あるいはその両者の結合の人間の健康と環境にとっての安全性を評価することに依拠する。規制者が求めるデータは類似であっても、リスク評価・管理における解釈は国・地域により異なる。特に不確実な分野では。

 規制者が与えられた者に「受け入れられる」と考えるリスクのレベルは、明らかに大きく異なる。生物学システムが確実性を与えることはないから、いかなる新たな技術でもゼロ・リスクは達成できない基準である。これは、ケース・バイ・ケースに依拠するリスク/便益分析の重要性を強める。

 リスク評価の改善

 大部分の規制システムは、リスク評価の方法を継続的に改善し、新たに出現する製品とプロセスに遅れることなく新たな科学的発展を利用する必要があると認めている。規制システムは、新たな製品が広く利用されるとき、その挙動における蓄積する経験に対応するために、科学的に十分に柔軟である必要がある。

 より複雑なGMから生じるであろう将来の製品(例:栄養成分を変えた食品)の安全性を評価するために、食品安全性評価方法の継続的開発と改善が必要である。科学的発展はGMから生じる恐れのある食品成分の意図しない変化の監視の改善も支持する。このような変化は、慣行の育種でも、遺伝子技術でも乗じる可能性がある。

 引き続き論争を生み出している分野の一つは、環境影響評価に使われる方法と何が環境への影響をなすのかに関係する。一つのアプローチは、より伝統的な育種技法を使って生産される生物とGMOを比較することである。環境影響評価では、いくつかの残された問題が目立っている。信頼できる基準となるデータの欠如、小規模利用から大規模利用までの、また実験所から農地までの拡張適用の妥当性、比較的短期のうちに起きる希な出来事を発見することができる必要性、環境影響の導入と発現の間のズレ、土壌生態系を含む生態系の複雑性に関する知識の欠如などである。標的外の生物へのGMOの影響の評価は多様な生態系の複雑性や、農薬使用やIPM(統合害虫防除)などの他の農業慣行との比較の必要性を反映すべきである。

 規制の国際的調和

 二つの国連機関(FAOWHO)は、GM食品を含む食品の安全性の基準に関する国際合意を達成しようとするコーデックス食料品委員会を通じて政府間フォーラムを提供している。遺伝子技術の環境影響を評価するための規準に関する国際合意を助長する同様なフォーラムが必要である。生物多様性条約のカタルヘナ議定書は、条約参加国に対し、環境の一要素である生物多様性に関するGMOの影響を評価するための政府間フォーラムを提供している。農業における新たな遺伝学のリスクと便益の包括的環境影響評価のための国際的に合意された基準の開発を可能にするために、一層広範囲なフォーラムが必要である。

 規制の便益とコスト

 食品と農業における新たな遺伝学のコスト、複雑性、不確実性により、規制要求は公的研究施設、貧困国、小企業の参入障壁となる。これは製薬部門や農芸化学部門が長く経験してきたことだが、種子部門も同様になりつつある。将来の投資は、規制コストを製品価格に含めることができる潜在的商業価値をもつ製品に一層集中することになりそうである。これに比べ、新興市場経済国に有益であり得るものも含む公共財を生み出すための投資は少なくなるであろう。規制要求は、新興市場経済国における農業改善のための新たな遺伝学の利用の選択を制限している。

 一部の国では、規制システムへの公衆の信頼が欠如したままで、それが一層厳格な規制の推進要因になっている。これは、公衆の理解と信頼を改善するために、GMOの環境放出の規制と承認後の段階で何がなされるべきかの問題を引き起こす。

 必要なケース・スタディー

 様々なアプローチとシナリオの例示するために、新たな遺伝学技術と通して開発された作物と、集約的農業方法 及び/または有機農法で耕作される類似作物のリスク、便益、規制を比較する一層科学の基づくケース・スタディーを行なうことが必要である。

5.GM食品は貿易に影響を与えるか

 新たな技術が貿易にとってもつ意味が次第に重要になってきた。GM食品・商品の貿易を可能にする科学に基づく国際的に合意された基準が必要である。この分野における明確さの欠如は農産物主要輸出国に影響を与えるだけでなく、途上国のポリシー・メーカーにも影響を与え、新たな遺伝学技術の利用が現在または将来の市場を危機に陥れることもあリ得る。これは、来るべき世界貿易交渉の重要問題となろう。基準設定機関であるWTOと国連諸機関は、これらの問題の解決を助けることで中心的役割を演じる。