WHO報告書 GM食品に便益 一層の安全性評価と社会・文化的影響評価が必要

農業情報研究所(WAPIC)

05.6.24

 世界保健機関(WHO)が23日、「現代の食品バイオテクノロジー、人間の健康、開発」と題する報告書を発表した(*)。食品生産におけるバイオテクノロジー評価のための国際的”知識基盤”を確立するために、WHOが委嘱した3年間の研究をまとめものという。それは、遺伝子組み換え(GM)食品は人間の保健と開発の強化に貢献できるが、そのためには健康・環境にかかわる一層の安全性評価ととともに、GM技術と恩恵を受ける国と受けない国、特に先進国と途上国の間の分断を回避するために、評価を経済社会・文化・倫理面にまで拡張する必要性を強調する。

 *Modern food biotechnology, human health and development:http://www.who.int/foodsafety/publications/biotech/biotech_en.pdf

 研究は、現在利用できる製品をGM食品にかかわるいくつかの広範な領域の証拠、リスクと便益の評価、社会への広範な影響、各国における既存の規制能力を検討した。証拠は外部専門家グループの支援を受けてWHOが収集し、照合した。このグループには、国家規制官(英・米・加・仏・豪・ケニヤ)や農業バイテクの国際普及団体であるISAAA、オランダの消費者団体が設立したGM関係の消費者問題にかかわる独立団体・”消費者・バイオテクノロジー財団”(C&B)の代表も含まれる。研究結果は2003年に開かれた広範な関係者の会合での議論に付されたのちに最終的結論に至ったという。

 報告は次のように要約される。

 1.最初の主要GM食品は90年半ばに市場に出た。それ以来、トウモロコシ、大豆、ナタネ、ワタのGM品種が、いくつかの地域で国際的に販売されてきた。それに加え、パパイヤ、ジャガイモ、コメ、カボチャ、テンサイ、トマトのGM品種が市場に出た。GM作物栽培面積は世界の耕地面積全体の4%ほどと推定される。

 2.遺伝子組み換え体(GMO)の開発は、人間の健康や開発を強化することに直接貢献できる農業生産性の引き上げや栄養価の改良の潜在能力を提供する。保健の観点からは、特に途上国において、農業化学物質の使用の削減、農家所得の増加、作物の持続可能性、食糧安全保障などの間接的便益もあり得る。このような便益と矛盾する知見がときに見られるが、それは地域または農業の異なる条件を反映するものである。

 3.しかし、GMOの利用は、人間の健康と開発にとっての潜在的リスクを生み出すこともある。GM食品の製造に使われる一部の遺伝子は以前には食品チェーンに存在しなかったものであり、新たな遺伝子の導入は作物の既存の遺伝的構造を変える恐れがある。従って、新たなGM食品の健康影響は、栽培と販売に先立ち、常に評価されねばならず、あり得る悪影響を早期に捉えるために、長期にわたる監視が行われねばならない。

 販売前のリスク評価は、GM製品が販売されるところではすべてのGM製品について行われてきた。GM食品は、通常食品よりも一層完全に健康・環境影響を審査される。現在までのところ、GM食品の消費が引き起こした健康悪影響は知られていない。

 4.リスク評価システムは一定期間利用されてきたとはいえ、消費者のGM食品の受け止め方は、必ずしもこれらの評価を認めてこなかった。多くにの国の食品安全システムがこの分野での良好なリスクコミュニケーションに問題をかかえているのが、その一つの説明になる。多くの国では、社会的・倫理的考慮が遺伝子に介入する改変への抵抗を引き起こす恐れがある。これらの葛藤は、人間の自然との相互作用に関連する一層根深い問題、いかなるコミュニケーションの努力においても深刻に受け止められるべき問題を反映している。

 しかしながら、食品は多くの地域で歴史的アイデンテティーと社会生活の重要な一部をなすとはいえ、GM食品に向けられた懐疑は、必ずしも伝統主義やこの新たな技術に関する知識の欠如に結び付いたものではない。公衆の受止め方の調査は、懐疑的消費者がGM食品への賛否の両論を知っていること、一般的には”ゼロ・リスク”を要求してはいないことを示している。同様に、GM食品への批判的態度は、現代の医薬品におけるバイオテクノロジーの利用に対する一般に肯定的な態度に示されるように、必ずしもバイオテクノロジーの利用に対する否定的態度に結び付いているわけでもない。

 従って、社会にとっての便益の問題こそが、新たな技術の受容に関連した重要な側面を構成しているように見える。

 5.知的所有権がGM食品論争の重要な一部をなしている。遺伝資源への平等なアクセス、世界レベルでの便益の共有、遺伝子技術の他の利用と同様なGM食品についての独占の回避の確保が問題である。これに関しては、種子市場における化学産業の影響力の増大をめぐる懸念がある。持続可能な農業と生物多様性は、豊かな作物品種が栽培されるときに最大の恩恵を受け、専ら一定の化学的ー抵抗性GM作物を利用するのは依存性を生み出すように見られている。

 6.GM食品の便益、リスク、限界の対立する評価や不完全な立証が既存の論争に拍車をかけてきた。2002年のアフリカ南部の飢饉の間、いくつかの国がGM食品援助の受け取りをためらったのは、主に健康・環境問題に関連していたが、社会経済・所有権・倫理問題とも関連していた。このような論争は、国家内部と国家間の意見の大きな違いだけでえなく、規制の枠組みとGM食品の便益・リスク評価の原則の既存の多様性を際立たせた。加えて、多くの途上国はGM食品の有効な規制のために要求される能力を建設する余裕がない。

 7.国際レベルでは、15の法的拘束力のある手段と拘束力のない行動規準がGMOのいくつかの側面に取り組んでいる。このような部門ベースの規制は、既に不足する途上国の能力に一層過大な要求を突きつけ、現代のバイオテクノロジーに関する完全に整合的な政策と規制の枠組みを開発する難題を押し付けることになる。これは、GM製品の栽培・販売を許す国と許さない国の間の”genetic divide”(”デジタルデバイド”にかけた用語)を引き起こす。多くの途上国は、GM技術の恩恵を受けられないだろう。

 これを回避するためには、農学的効果や健康影響に焦点を当てている現在のGM食品評価を、社会的・文化的・倫理的側面にまで拡張せねばならない。それは、便益とともに健康・環境リスク評価を扱い、知的所有権を含む社会経済的要因を評価し、倫理的側面を考慮すべきである。これらすべての分野における国際的調和が、新たな技術の能力の慎重で、安全で、持続可能な開発の前提となる。このような国際的調和に向けての作業は、部門間の協同作業を通してのみ前進が可能であり、WHOの任務を超える。この報告は、このような部門間協同のための一つの出発点と見られるべきである。

 そうであるとすれば、GM食品の拒絶を続ける先進国を含めた多くの国の消費者がGM食品を受け入れるまでの道程は、まだまだ長いようだ。