米欧GMO紛争でWTOが中間報告 ”米国勝訴”の大合唱だが・・・

農業情報研究所(WAPIC)

06.2.9

 WTO紛争処理委員会が7日、米国等4ヵ国とEU及びいくつかのEU諸国との間の遺伝子組み換え体(GMO)をめぐる貿易紛争に関する中間報告を当事国に手渡した。日本・欧米各紙は、一斉に米国等の勝訴、あるいはEU側の敗訴と報じている。しかし、ほとんどの報道の中身は空疎だ。EU側の何が、いかなる理由でWTOルール違反とされたのか、さっぱり分からない。

 違法とされたというオーストリア、フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、ルクセンブルグの販売・栽培禁止についてはおよその見当はつく。EU自体、これらの措置には科学的根拠がないと、解除を要求してきた。しかし、EUについてははっきりしない。違法とされたのは1998年に始まり2004年5月に解除されたGMO新規承認の”事実上の”モラトリアムなのか、このモラトリアムを解くために新たに制定された承認手続・表示・トレーサビリティーにかかわる法律自体やその執行手続も違法とされたのか、これらの報道では分からない。また、その根拠もまったく不明だ。

 報道は専ら米国当局者やWTO関係者から漏れ出た断片的情報に基づくものだ。ニューヨーク・タイムズ紙によると、米国当局者が800ページに及ぶWTO史上最長のものと言うこの裁定は、関係国当局者がなお”消化”を試みている最中という。単純に米国側の勝訴と言えるのかどうかもはっきりしない。同紙は、紛争処理委員会は、「ヨーロッパのバイテク作物規制プロセスは問題にしなかったように見える。むしろ、ヨーロッパはそれ自身の手続に従うことに失敗、決定の不当な延期が起きている」と言ったという。 知るかぎり」では、同紙だけがこのことを報じている。

 World Trade Agency Rules for U.S. in Biotech Dispute,The New York Times,2.8
  http://www.nytimes.com/2006/02/08/business/worldbusiness/08trade.html?_r=1&pagewanted=all&oref=slogin

 モラトリアムにしても、現行のEUのGMO規制にしても、それが違法とされる根拠は何なのか。これらには科学的根拠がないということなのか。これについても分からない。WTOの紛争処理においては、ホルモン牛肉紛争の例外はあるが、一般的には科学専門家でない裁定者が科学的判断を下すことはなかった。EUによれば、この件に関しては、委員会はEUの要請により、ヨーロッパとアメリカを含む世界各地の独立した高名な科学者の意見を聴取した。この過程で健康・環境問題にかかわるEUの規制と手続の合法性が確認された、米国はGMOの輸入と流通を承認するEUの法的枠組は問題にしないと明言したという。

 European Commission,There is a need for strong regulatory oversight of GM technology,05.2.7.
  http://europa.eu.int/rapid/pressReleasesAction.do?reference=MEMO/06/61&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage=en

 EUのモラトリアムや規制は科学というよりも保護主義に基づくものだという米国等の主張が、少なくとも全面的に受入れられたとは思えない。

 ニューヨーク・タイムスが示唆するように、モラトリアム解除や承認手続の遅れが問題とされたのだとすれば、これは紛争解決にはつながらないだろう。EUは、「食品・環境安全問題に対する一層寛大なアプローチを採る一部諸国には、EUの承認過程は長すぎるように見えるだろう。EUにおける安全性評価に長い時間がかかるのは、これに関係する科学の不確実性と製品の安全性を立証する適切なデータを提供するバイテク企業が引き起こす遅延のためだ」と反論している。

 そして、どのような承認制度をもつかの決定は各国の主権に基づくべきものだと、EUの承認制度の正当性を主張する。EUは、「米国はEUの承認制度が厳格にすぎ、承認までに米国よりも長い時間がかかると考えるだろう。米国は米国で安全と考えられたGMOは世界の他の国でも安全と考えられるべきと信じている。しかし、EUやEU諸国のような主権組織、あるいは世界のすべての国は、諸措置が既存の国際ルールと両立し、明確な科学的証拠に基づくならば、その市民が食べる食品に関する自身の規制を定める権利を持つ」と言う。

 さらに、すべての国がGMOに関する自身の決定をする主権は、既に130ヵ国以上が参加しているバイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書などの国際協定で完全に認められていることも強調する。

 このようなEUの主張を完全に退けることが可能だろうか。最終的裁定が出るのは数週間以内とも年内とも言われている。それまでは、このような議論がなお続く。このような論拠が退けられれば、EUが上級審に控訴することも間違いない。”米国勝訴”の大合唱は余りに軽々しく見える。 あるいは、米政府の情報発信には、他のWTO加盟国がEU並の規制に走るのを止めるための脅しの意図も含まれているのかもしれない。