ドイツ企業 アイルランド初のGMポテト屋外実験を断念 実験地県はGMフリー宣言

農業情報研究所(WAPIC)

06.5.31

 ドイツ化学企業・BASFがアイルランドで初めてのものとなるはずであった遺伝子組み換え(GM)作物の屋外圃場実験の今年の実施を断念した。このGM作物は、1845年に発生、ジャガイモを主食とするアイルランドを大飢饉に陥れた胴枯れ病に対する抵抗性を与えられたジャガイモである。アイルランド環境保護庁(EPA)は今月5日、多くの反対を押し切り、ミース県での5年間の実験を許可した。

 しかし、BASFは、許可条件が厳しすぎると、5月中の植え付けが義務づけられた実験を断念したものだ。BASFは、スウェーデンで行ってきた同様な実験ではこのような条件は課されなかった、許可条件をめぐってEPAと協議を進めており、この協議の結果によって来年以降実験をするかどうか決定するという。

 Firm prevents GM potato-growing field trial,The Irish Independent,5.24

 この実験をめぐっては、アイルランド国内から96の意見がEPAに提出された。実験に賛成したのはただ一つ、アイルランド・バイオインダストリー協会(IBA)の意見だけだった。IBAは、この技術がジャガイモ農民に多大な利益をもたらす可能性があり、植物バイテクを通して生産され、この10年間に商業的に栽培された作物が人間の健康や環境に悪影響を与えたことはないと論じた。

 しかし、他の95の意見の大部分は、GM作物が伝統的に栽培される作物を汚染しないと保証することは不可能というものだった。これらの意見は、有機農業団体、地域住民、Irish Doctors Environmental Association (IDEA)GM-Free Irelandなどから寄せられたものだ。アイルランド野生動物トラストは、増加しつつあるGM作物の悪影響の証拠を検証するのはEPAの責任としていた。

 Plans to grow GM spuds 'a bad idea',The Irish Independent,3.23

  それにもかかわらず、EPAは実験許可の決定を下した。しかし、近隣農場や生物の汚染のリスクを減らすための厳格な実験条件や、2010年までの実験を終えた後2014年までの会社費用による独立事後監視を義務づけた。実験サイトは、ミース県サマーヒルのアロッズタウンの1haに限定、栽培されるジャガイモの食品・飼料としての利用や販売も許さなかった。

 GM potato crop trial gets green light,The Irish Independent,5.6

 しかし、この決定を受けたミース県議会は、5月9日、県を”GMフリーゾーン”とすることを宣言するとともに、アイルランドでのGM種子・作物の実験栽培を許さないように要請した。宣言自体に法的拘束力はない。しかし、議会や諸政党は、2000年開発計画法を援用、高等裁判所の実験停止命令を勝ち取ろうとしている。実験は、広範な憲法上の根拠によって停止させることも可能という。

 http://www.gmfreeireland.org/press/GMFI25.pdf

 GM-Free Irelandによると、アイルランドでは今までに7県、6町、1000の小地域がGMフリーゾーンを宣言している。4月には、アイルランド食品安全庁 (FSAI)が検査した最近5年間の食品の4分の1がGM成分を含むことが判明した。アイルランドの店で販売されている食品の236のサンプルのうち、58がGM成分を含んでいた。しかし、含有レベルが0.9%未満のために表示義務はなく、消費者はこの事実を知ることができない。もはや真正のGMフリーを維持することは難しい。

  FSAI:GMO food survey 2005:http://www.fsai.ie/surveillance/food/GM_survey_2005.pdf
 Quarter of foods tested contain GM ingredients,The Irish Independent,4.20

 しかし、アイルランドの農民や食品業界は、GM作物の商業栽培はもちろん、実験栽培もまったくないことを誇りにしてきた。それが維持できるかどうかは、今やミース県の闘いの行方にかかってきた。

 GM-Free Irelandは、アイルランドだけでなく、ヨーロッパ中の農民、食品生産者、シェフ、消費者が常識と地方民主主義の勝利とミース県のGMフリー宣言を祝福していると言う。そのコーディネーターは、「ミース県議会は補完性原理(注)の英知を示した、それにより、GM農業に関する政治的決定が、ダブリン[アイルランド政府]、欧州委員会、WTOの無責任な官僚によってではなく、その影響を受けることになる農民と市民により地方レベルで民主的になされるのが最善だ」と語っている。

 5月10日にダブリンの欧州委員会事務所で開かれたGM-Free Irelandの記者会見では、欧州議会議員を含む政治家たちも、EU諸国の食品安全のためにアイルランド全島がGMフリーゾーンになることを要請、EUは、加盟国や地域が望むならば、すべてのGM種子、作物、樹木、家畜を禁止する民主的な法的権利を認めねばならないと語ったという。

 GM作物をめぐる問題は、単に科学・技術の問題なのではない。民主主義の問題でもある。スローフード・インターナショナルの創設者は、ミース県の動きを”文明のための闘い”の一環として歓迎したという。それは文明の問題、生き方の問題でもある。国や地域には、自らの農業・食物を選ぶ権利がある。GM作物の開発者、推進者、官僚はそのことを忘れていないだろうか。

 (注)一般的あるいは公式には、EUの「分権化」、「民主化」を確認する原理とされている。EUを設立するマーストリヒト条約で、EUの基本原則の一つとして明文化された。その第3b条は、次のように述べる。

 「共同体[EUの一翼を構成する欧州共同体(EC)のこと]は、その専属的権限に属さない分野においては、補完性原理に従い、提起された行動の目標が加盟国のレベルでは十分に達成することができず、提起された行動の規模または効果に鑑み、共同体のレベルにおいて一層よく達成することが可能な場合にのみ、かつその範囲内でのみ行動する」(国立国会図書館内EC研究会編「新生ヨーロッパの構築―ECから欧州連合へ」日本経済評論社、1992 、13 頁)。

 しかし、欧州委員会は、EUレベルで承認されたGMOの国・地域レベルでの禁止は、ECの大原則である商品自由流通の原則に反すると、このような行動を認めてこなかった。その導入の可否の決定はECの「専属的権限」に属するということだ。