農業情報研究所意見・論評・著書等紹介201510月22日(10月23日追補)

ツタヤ図書館 「女工哀史」が「エッセイ」・「技術」書 「あゝ野麦峠」が「エンターテインメント」・「労務管理」書 図書館文化の終焉

  武雄市図書館、海老名市図書館など、運営を「TSUTAYA」に依存する「ツタヤ図書館」がなにかと話題になっている。昨日の東京新聞(夕刊)も、愛知県小牧市も、住民投票で「ツタヤ図書館」計画への反対が多数だったことを受け、計画を事実上白紙化したと報じている。現計画をめぐっては「図書館の質を落とす」といった批判が上がったという。

 「ツタヤ図書館」については、前々から杜撰な選書が指摘されてきた。予算が限られた公共図書館の質は、基本的には選書にかかっている。それが杜撰では、公共図書館の使命は果たせない。ちなみに、ユネスコの公共図書館宣言は次のように言う。 

 「社会と個人の自由、繁栄および発展は人間にとっての基本的価値である。このことは、十分に情報を得ている市民が、その民主的権利を行使し、社会において積極的な役割を果たす能力によって、はじめて達成される。建設的に参加して民主主義を発展させることは、十分な教育が受けられ、知識、思想、文化および情報に自由かつ無制限に接し得ることにかかっている」。

 つまり、公共図書館に与えられた使命は、市民が「その民主的権利を行使し、社会において積極的な役割を果たす能力」を身に着けるための十分な情報を提供することにある。伝えられるような選書(ツタヤ図書館、割れる賛否 来館者増加も選書で物議 朝日新聞 15.10.19)で、果たしてこういう使命に応えることができるのだろうか。

 選書だけではない。例えば静岡市立図書館、その使命の第一に「知る自由を守ります」と掲げ、そのために、①本をはじめ、さまざまなメディアや他の図書館とのネットワークを活用して、望んでいるのに提供できない資料、知りたいのに回答できない相談を減らすことに努めます。 ②資料の検索や提供が、より早く確実にできるサービスをめざします」と言う。①は限りある選書、その結果として蔵書の不備を補うものだろうが、②も公共図書館の使命に応えるために死活的に重要ななサービスを定めるものだ。このようなサービスのためには、蔵書の適切な分類や配架が不可欠である。それなしでは、利用者はもちろん、図書館職員さえ目当ての本や資料を「早く確実に」探し当てることができない。

 その肝心な分類や配架も目に余るという。斉藤美奈子氏が調べたところ、日本近代化過程における紡績工場女工の悲惨な労働と生活を克明に記録した細井和喜蔵の古典的名著・「女工哀史」は、武雄には単行本の蔵書はなく、これを収録した「日本プロレタリア文学集33」があるが、そのジャンルは「エッセイ」とされ(女工のエッセイ集とでも勘違いしたか?)、所蔵場所は「ビジネス飾り棚」だった(紡績会社の経営書とでも勘違い?)。海老名ではジャンルは「繊維工学」、所蔵場所は「技術」だった。その理由は想像さえできない。海老名市民や海老名図書館員でさえ、書名を知らないかぎり「女工哀史」には行きつけないだろう。

 野麦峠を超えて諏訪や岡谷の製糸工場に働きに出る飛騨の農家の子女の苛酷な仕事と生活を聞き取り、克明に記録した山本茂美の名著・「あゝ野麦峠」は、武雄では「ノンフィクション」に分類され、「エンターテインメント飾り棚」に置かれている。映画やドラマになった野麦峠のことを言っているのだろうか?海老名では「人事労務管理」に分類され、「ビジネス」の棚に置かれている。ここでも筆者は、「あゝ野麦峠」は置いてないのだと諦めるほかなさそうだ。

 斉藤美奈子 音痴な分類(本音のコラム) 東京新聞 15.10,21 朝刊 21面

 分類や配架は誰が担当しているのか知らない。恐らくは、図書館学の知識はゼロだ。図書館学の基礎中の基礎さえ学んでいれば、これらの本は確実に「日本十進分類法」の「労働経済、労働問題」に分類されたはずだ。否、彼らは図書館学の初歩くらいは心得ているとでも言うのか?ならば、これら近代日本の労働問題史の名著さえ知らず、あるいは内容をまともに理解できない知識、知性の水準を疑う。市民に「その民主的権利を行使し、社会において積極的な役割を果たす能力」を授けることなどできるはずがない。

 こんな図書館がもてはやされようでは、先人が営々と築き上げてきた日本の図書館文化もおしまいだ。それと同時に、人々は「社会と個人の自由、繁栄および発展」という「人間にとっての基本的価値」も喪失することになるだろうか。

 「真理がわれらを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される」国立国会図書館の元職員として、「ツタヤ図書館」問題は見逃すことのできない重大問題だ。

 10月23日追補:図書館だけではなかった。「学問の府」も終わりだ⇒安保シンポ 立教大「政治的」と会場拒否 学問の府 自殺行為 東京新聞 15.10.24 朝刊 24面(こちら特報部・ニュースの追跡)。安倍首相はTPP「大筋合意」を受けて、「TPPは、価値観を共有する国々が自由で公正な経済圏をつくっていく国家百年の計であります」と言った(安倍晋三首相「国家百年の計だ」 産経ニュース 15.10.5)。ひょっとして、「価値観を共有する国」とは中国のことだったか。日本ではもはや、「社会と個人の自由・・・は人間にとっての基本的価値」でなくなっている。