農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2015年4月5日 (最終改訂:4.6 12:38)

日欧農業構造比較 日本は何故農家所得下支え直接支払を排除する

 米価暴落や生産資材価格高騰、さらには政府のTPP(環太平洋連嘉協定)への前のめりの姿勢から日本の農畜産と地域社会に崩壊の危機が迫っている。そんな中、農水省農政審議会が米価の底なしの低落を食い止める手段を講じることなく、農業・農家所得を下支えする直接所得補償(「岩盤」、戸別所得補償)も取り払う安部政府の「改革」農政を追認する食料・農業・農村基本計画を答申、これが閣議決定(3月31日)される運びとなった。

 審議会を構成する「有識者」たちは、この期に及んでなおEUに倣う直接所得補償―基本的には、保証価格引き下げに伴う所得減少を補填する公的直接支払―を否定し続けている。何故なのか。

 生源寺眞一審議会会長は次のように言う。

 「EUの農政改革は日本の農政のあり方にも示唆を与えてく れる。なかには、EUの直接支払いをモデルとして、日本も同様の政策の導入と拡充 を急ぐべきだとの主張もある。けれども筆者のみるところ、EUの政策をそのまま移入することが賢明だとは思わない。なによりも、EUと日本のあいだに厳然と存在する農業の構造の違いを考慮する必要がある。EUの穀物生産や畜産が専業・準専業の 農場に支えられているのに対して、日本の農業とくに水田農業は、北海道などを除 くと、小規模な兼業農家や中山間地域の高齢農家のシェアが優越している状態である」(『日本農業の真実』 ちくま新書 2011年 194頁)。

 どうやら、日本の農家は総じて小規模兼業・高齢農家で、EUの農家のように「食料の安定供給の機能及び多面的機能」(食料・農業・農村基本法)の十全な「担い手」になり得ていない、必要なのはEUのような農業構造(「全農地面積の8割が担い手によって利用される農業構造」―新基本計画)を確立するための支援であり、直接支払による所得補償はそれを却って阻害する、ということらしい。

 そういうことだとすれば、検証しておかねばならないことがある。ここに言われるような「EUと日本のあいだに厳然と存在する農業の構造の違い」は「真実」なのかということだ。EUまたはEU諸国では日本と同質な農業構造統計がなく、特に兼業農家に関する情報はほとんどない。したがって、日欧農業構造の比較は極めて難しく、生源寺説に正面から反論することはできないが、多少の疑念を抱かせるデータを紹介しておくことにした。

 今言った通り、EUまたはEU諸国には、日本に見られるような専業・兼業別農家統計はないようだ。2010年センサスによれば、日本の販売農家163万戸のうち、専業農家は45万戸しかなく、しかも6割近くが兼業収入が過半を占める第二種兼業農家である。小規模な兼業農家のシェアが優越しているというのは「真実」だろう。しかし、EUにはこれに類する統計がない。代わりに利用農地面積別農家数から類推するほかない(http://ec.europa.eu/agriculture/statistics/agricultural/2013/pdf/c5-5-354_en.pdf)。

 2010年、EU27ヵ国全体でみると、5㌶未満の農家が69.2%を占める。5-10㌶が10.9%、10-20㌶が7.5%だ。20㌶未満が8割を超える。50㌶以上の農家が3割を超えるのはデンマーク、フランス、ルクセンブルグ、イギリスの4ヵ国のみ、20%を超えるのはドイツ、フィンランド、スェーデンの3ヵ国だけだ。そして、デンマーク以下これらの国でも、20㌶未満の農家はそれぞれ48.3%、45.6%、34.9%、38.7%、46%、43.1%、54.8%と過半を超える国もある。

 ところで、フランスの農業構造規制の「自立下限面積」(農業で自立できる最低限の面積)は30㌶から40㌶(地域により異なる)とされるから、これを基準とするかぎり、 EU全体では、おそらく8割以上の農家が兼業に頼るが、人並み以下の所得・生活水準で甘んじていることになるだろう。生源寺氏のEU農業構造のイメージを形成するのに役立ったと思われるイギリスや北欧諸国でも、そういう農家が半数近くに上る。 氏のイメージは修正されねばならないのではないか。

 なお、フランスの兼業農家については2010年の特別研究がある(http://agreste.agriculture.gouv.fr/IMG/pdf/primeur302.pdf)。それによると、農産加工・賃労働・宿泊業・レストランなどの兼業活動を持つ経営体数は57000、全経営体の12%とされている。フランス農村では農外兼業機会は少なく、日本では小規模なら片手間でもできるほどに水田農業が省力化されたために(これは欠点ではなく、農村の雇用と所得「に貢献している)、フランスの兼業農家割合が日本より格段に少ないのは確かだろう。しかし、農家や兼業農家の定義に相違があるから、日本と直接比較するのは無理である (フランスでは農業経営としてカウントされるためには利用農地面積を1㌶以上(非土地利用型では20㌃以上)か牛1頭以上または雌羊3頭以上を持たねばならないが、日本では経営耕地が10㌃以上か販売額が15万円以上あれば農家にカウントされ、世帯員に一人でも他産業従事者がいれば兼業農家にカウントされる)。

 このように、生源寺氏の言うような日欧農業構造の違いは確証できないし、否定もできない。

 ただし、EUの小規模農家や兼業農家は価格下落の影響を緩和する一般的直接支払の対象になっていないと思い込むとすれば、それは完全な間違いである。小規模農家であれ、兼業農家であれ、農業を営み、あるいは農地を農地として保全しているかぎり、面積に応じた支払を受け取ることができる。それは、 食料等の生産という農業の基本的機能―それに関連するさまざまな「多面的機能」の前提となる機能―に報いる支払いである。 この機能の維持のためには価格支持を含む生産関連助成が必要だが、国際環境がそれを許さない。強要される保証価格の引き下げに伴う農家所得の減少を補うために導入されたのがこの(デカップリング)直接支払いである。

 EUにおいては、この基礎支払に加え、環境・景観維持、農村振興(人口維持、雇用の維持と創出、農村社会の活性の維持など)、伝統的農村生活や文化遺産の保全などの「多面的機能」に報いる「農村開発」のための直接支払いもある。そういう支払の一種をなす山岳地域等条件不利地域特別援助 を加えれば、むしろ小規模農家の方が多額の直接援助を受けていると推測させるデータもある。フランス農業会議所の2010年報告によると、平地より規模が小さく・兼業も多い山地農業者が受け取る直接援助総額は農業就業者一人当たり14100ユーロ、日本円に換算して183万円注1)になるが、平地農業者が受け取るのは1900ユーロ、142万円ほどである(Agriculture et Montagne-Une relation à haute valeur ajoutée,Chamble d'agriculture no.990,Fevrier 2010,p.34)。

   日本では、直接支払いは、「多面的機能」に報いると称する「日本型直接支払制度」による農地維持・水管理支払(集落への支払で個人の所得増に 直結しない)、中山間地等直接支払、環境保全型農業支援に矮小化されている。額は少なく、戸別所得補償の減廃を埋め合わせるにはほど遠い。ウルグアイ・ラウンドでは主張していた「食料安全保障」はいつの間にか「多面的機能」から抜け落ちた注2)。そして、「岩盤」廃止が「担い手」経営をこそ空前の苦境に追い込んでいる。「担い手」なんてやってられない。EU並み農業構造の確立どころか、全面崩壊である(例えば、集落営農・法人 9割「経営厳しい」 優先課題は所得政策 本紙調査 日本農業新聞 15.4.1)。

 注1 日本の中山間地農家はどうか。2015年度から始まる新たな中山間地域等直接支払制度では、急傾斜の田について10アール当たり2万1000円、緩傾斜の田については同じく8000円を払うという。しかし、中山間地域農家の平均面積規模は80㌃程度だから、半額に減額された米の戸別所得補償(10㌃当たり7500円)を加えても一農家当たり平均受け取り額はで23万円(急傾斜)から12万円(緩傾斜)にしかならない。

 注2  ウルグアイ・ラウンドに臨み、日本はEU、ハンガリー、韓国、スイス、トルコと共に多面的機能支持グループを形成、国土保全(洪水防止、土壌侵食防止、土砂崩壊防止、水源涵養)、自然環境保全(有機廃棄物処理、物質ブ分解・汚染物質浄化、大気浄化、生物多様性保全)、良好な景観の形成、文化伝承、保健保養、地域社会の維持と活性化などに加え、「食料安全保障」を維持・増強されるべき多面的機能の重要項目としてあげていた(拙稿:WTO農業交渉における農業の「多面的機能」 『レファレンス』 590 2000年3月)。EUのように食料安全保障の不安がまったく払拭されたわけではないのに、これは多面的機能のリストからいつの間にか削除されたようである。