TPPに強い農業は災害に弱い農業 フランスの教訓

農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2016年4月21日:災害に強い農業

 強い地震が相次ぐ熊本県で酪農に大きな被害が出ている。JA阿蘇管内の西原村では、倒れた牛舎からの牛の搬出が難航。さらに停電で数日搾乳できなかったため、乳房炎となる牛が相次ぎ、酪農家がようやく搾った生乳も廃棄せざるを得ない状況になっている。熊本県酪連などの迅速な対応で、止まっていた集乳は正常化しつつあるが、村内では今も生乳を出荷できない状態が続いている。

 同村で搾乳牛27頭と育成牛21頭を飼養する斉藤実さん(62)は、「3日搾れず、8割の牛が乳房炎になってしまった。搾っても出荷できる状態ではない」と頭を抱える。村内では、牛舎が倒壊し、斉藤さんと似た状況の酪農家が多い。酪農協の組合長を務める山田政晴さん(66)は「自宅も倒れ、水不足も深刻。廃業するという声を押しとどめている状況だ」と嘆く。国の畜産クラスター事業で新たに牛舎を造っていたさなかに被害を受けた生産者もいるという。今日の日本農業新聞のトップニュースである。

 牛 救出後に乳房炎多発 集乳再開も廃棄続く 早期支援求める 熊本地震で西原村 日本農業新聞 16.4.21

 これほどの大災害ではないが、近年、、営農意欲がなくなったとか、今後どう生活を立てたら分らないと農家を嘆かせる農業災害のニュースが相次でいる。昨年9月の鬼怒川決壊で甚大な被害を受けた常総市ではトラクターやコンバインを損傷、農業をやめることを考える米農家も多い(「全滅だ」農家落胆 浸水の常総 コメ被害13億円 東京新聞 15.9.21)。2月に九州を襲った寒波と大雪は、日本一の生産量を誇る指宿市の空豆など豆類に甚大な被害をもたらし、「このままでは生活が成り立たない」と農家を嘆かせた(農作物に大被害 農家「生活成り立たない」 生産量日本一、指宿の空豆など豆類 /鹿児島  毎日新聞 16.2.2)。

 こういうニュースの接するたびに、今の農業はTTPばかりか災害にも弱くなっているのではないか、実はTPPに強い農業は災害には弱いのではないかと考える。

 思い出すのは、1970年代後半、フランスを襲った戦後空前の「農業危機」だ。オイルショック(1974年)を契機に始まり、途中何度もの気象災害を受けながら1980年まで続いたこの危機の期間、農業所得(実質)はほとんど連年減少した。農業経営収支は大赤字、多くの農家が離農を迫られた。この危機をもたらしたのは石油・エネルギー危機や気象災害といった例外的・偶発的事象のようにもみえた。しかし、研究者による詳細な分析は、危機はフランスが戦後追求してきた労働生産性を引き上げ・ひたすら生産と輸出の増大を目指す「集約化」、「専門化」、「機械化」=「規模拡大」に基づく「近代的農業」の必然的帰結だと結論した。

 この近代化過程において推進された機械化、化学化(化学肥料・農薬の利用)、改良動植物種の利用、人口授精の普及、購入飼料の利用、生産環境の人工化(排水・灌漑:温室・非土地利用型畜産)などの技術革新に支えられた労働とエコシステム(自然資源・土地)の資本への置き換え、「集約化」(土地・労働の集約的利用)、地力維持や病害虫防除のために、あるいは経営内資源の相互補完的利用のために不可欠であった多作物栽培(ポリクルチュール)-養畜のシステムの放逐と標準化された技術で単一の作目を大量生産する「専門化」(モノカルチャー化)、「規模の経済」(機械等の効率的利用)を享受するための「経営の拡大・集中」(わが国で言う「農地集積」)が、この農業をこれら偶発的事象に弱く(脆く)させたというのである。

 60年代、農業者は生産額のおよそ3割を工業製品(購入飼料・肥料・農薬・石油製品等生産資材)の購入、固定・流動資本に充てていたが、70年代末にはこの比率は60%、すなわち投入を増やしてもそれに応じて収獲が増えない(収獲逓増法則が働かない)域に達する。このような多額の購入資器材投入のための費用と多額の資本費用(特に土地)が経営所得を圧迫、さらに加工・流通・販売など農外産業への依存の深まりが農業に帰属する付加価値部分を減らした。ヨーグルトの消費者価格のうち牛乳の費用は7%、パスタ製品の場合の硬質小麦の費用は5%にすぎなかった*

 こうして平年は均衡している経営収支も、価格変動(オイルショックによる生産資材値上がりや加工流通産業の買いたたき)や不測の気象があればたちまち崩れ、経営再生産がリスクに瀕することになったのである。気象災害に対しては、気象変化に強い作物を育てる有機物豊かな土作りや危険分散によって被害の軽減にも貢献していた多作物栽培-養畜のシステムを専門化が放逐した。70年末480億フランだった負債総額は75年920億フラン、78年1256億フランとうなぎのぼり、農業純所得は298億フラン、428億フラン、496億フランと増えただけだった。 

 *小稿 EU共通農業政策(CAP)の改革とフランス農業の対応―「生産主義」克服の視点から 『レファレンス』 1996年2月号 12頁

 このような教訓に鑑みれば、農地集積や畜産クラスター事業などTPPをテコに専ら大規模化・効率化と輸出拡大を目指す「強い農業」作りに邁進している安部政府、災害にますます弱くなる農業作りに邁進しているのではないか。何よりも、TPP自体が大災害だ。農政がそのようなものである限り、農家自ら災害に強い農業と農業経営の構築に努めねばならない。専門化ではない、稲作を中心とする多作物栽培と畜産の(搾乳機も要らない)中小規模複合経営が理想となるだろう。それでは所得が足りない経営は、ブランド品生産、有機農業などの高付加価値農業、あるいは自家加工・直接販売・民宿・レストラン経営、さらには兼業などの所得補完活動に取り組めばいい(フランスの山地農業経営に関するいくつかのデータ 日本農業新聞の小文への補足)。背伸びした大規模経営は怪我のもとである。

 現に私は、請け負った他家の分を含めて67㌶の田を耕し(数キロ先まで分散した田をこれ以上引き受けるのは効率からして無理である)、民宿を営み、出来た自家・民宿用を除く米は都会から来る民宿客などに直接販売(直送)、自宅回りで野菜類を栽培・山菜・きのこを採り・加工・熊撃ちも含む狩猟もし(これらも自家と民宿で利用)、数十羽の地鶏も放し飼いする山里の農家を知っている。親子三代、底抜けに明るい一家である。経済的にも頑丈、災害にも強いこういう農家こそ理想と思う。

 参照:季節の便り2014年10月16日2015年7月7日

 ただし、東日本大震災の大津波や今の熊本大地震のような大災害には、いかなる農業モデルも通用しない。それについては、ただ原発停止を望むのみである。この農家も、福島原発事故による放射能汚染で熊肉(熊汁)今年春まで客に振る舞えなくなったことには顔を曇らせるほかなかった(クマ肉出荷を県内一部解禁・小国 マタギ文化継承に安堵 山形新聞 16.3.18)。