農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2015年3月15日

食料自給率目標切り下げ 政策転換が危うくする食料安保

  農水省が 食料自給率(カロリーベース)の目標を現在の50%から45%に引き下げる方針を固めた。「今後十年間の農業政策の基本とする「食料・農業・農村基本計画」に明記する。実現可能な目標に見直し、自給率の向上を追求する政策から収益力重視へと転換を図る。・・・農地面積や農業従事者数などに着目した新指標を活用、野菜や果樹など付加価値の高い作物の生産もより促す政策に切り替えていく方針」で(東京新聞)、「国産品の生産量拡大に偏った路線を修正し、高付加価値品の育成に力を入れる」(日本経済新聞)そうである。

 食料自給目標45%に下げ 収益力重視へ転換 東京新聞 15.3.12

 食料自給率目標、45%に下げ 高付加価値品育成にシフ 日本経済新聞 15.3.13

 ただ「生産、需要拡大の両面から、食料自給率向上のための取り組みを引き続き進める考えだ」、「基本計画では、この食料自給率目標に基づき、飼料用米を含む主要品目ごとの生産努力目標も設定する。今回から新たに、農地を最大限活用した際の国内での食料生産の潜在的能力を示す「食料自給力」を指標化する」という。

 食料自給率 目標45%に引き下げ 達成可能性を考慮 農水省 日本農業新聞 15.3.13

 食料自給率が40%だろうと、45%だろうと、50%だろうと、強硬外交と安保法制強化で却って起きやすくなる「有事」の際、輸入が途絶えれば国民が飢餓に瀕することには変わりがない。だから、食料安保の観点からすれば、この切り下げはどうでもいい話にも見える。しかし、さにあらずである。自給率向上のための施策の放棄が食料安保を危うくするからだ。

 民主党の2009年マニフェストは、その実現の可能性は極めて小さいとはいえ、10年後に50%、20年後に60%の食料自給率を目指すとした。

 このマニフェストは、食料自給率は、米、麦、大豆等の農産物に加え、牛肉、乳製品等の主要農畜産物の生産数量目標を設定し、10年後に50%、20年後に60%を達成することを目標とし、最終的には「国民が健康に生活していくのに必要な最低限のカロリーは、国内で全て生産することが可能となる食料自給体制を確立するとしていた。

 これに倣い、農水省も「食料自給力・自給率工程表」(平成20年)なるものを発表、自給率50%を達成するための10年後の各種目標数値を次のように定めていた。

 米消費を61kg/人・年を63kg/人・年に(これより自給率は1.3%上がる)

 米粉の消費を1万トンから50万トンに (同1.4%)

 飼料用米生産を0万トンから26万トンに(同0.1%)

 小麦(裏作麦)の生産を91万トンから 180万トンに(同)2.5%)

 大豆(油脂・飼料原料)の生産23万トンから 50万トンに(同1.0%)

 牛乳・乳製品の生産を802万トン→から928万トンに(同1.5%) 

 乳牛の飼料自給率41%に

 耕地面積減少を465㌶から462万㌶にとどめる

 耕地利用率を93%から110%に高める。

 日本の食料自給率の劇的低下は、100%自給できる米の消費の激減と飼料のほとんどを輸入にたよる畜産物消費ややはり原料(大豆など)を輸入たよる油脂の消費の増大から生じたものだ。

 したがって、上記の取り組みは食料自給率向上に向けた極めて真っ当な取り組と言える。しかし、真っ当であるだけに、実現は不可能に見えるほどに難しい。実際、工程表発表から5年を経た現在、米消費は逆に57㎏にまで減少、米粉の生産は目標の半分以下の21万トン、飼料用米生産はたったの11万トン弱、小麦生産量も増えるどころか85万トンに減り、大豆生産も23万トン弱でまったく増えていない。牛乳・乳製品の生産も750万トンに減り、飼料自給率も30%に達しない。耕地面積は454万㌶に減り耕地利用率も92%に低迷している。

 だから、こんな目標は到底実現できない。目標を引き下げるという話になるのだろう。しかし、こういうありさまでは45%に引き下げたところで、 それさえ達成できないだろう。そこで、自給率の話はうやむやに、農地を最大限活用したらどれくらい食料を生産できるかという有事の際の「食料自給力」(食料生産の潜在能力)を今後は重視するという話になる。しかし、日本の風土では、耕作をやめて5年も経った農地は農地としての回復は非常に難しい。農地だけではない。人(労働力)も「潜在能力」だが、それも高齢化で減るばかりだ。耕作放棄と高齢化が止まらな現状では、潜在能力も、適正に評価すれば国民が必要とする食料の半分も生産できない現在の能力を上まわることはないだろう。

 食料安保は、結局は前記のような自給率向上策に還るほかない。日本の食料自給率低下が米消費の減少と肉食化がもたらす必然的結果であるとすれば、その向上には生産構造を消費構造の変化にマッチしたものに変えるしかない。モンスーン稲作文化の国の農業を小麦・肉食文化の国・地域の農業に作り替えねばならないのである。それは10年、20年でできることではない。超長期的課題である。フランス国民がパンを食べるのをやめて米を食べることにしたらどうだろう。自給率100%超のフランスも、たちまち自給率40%の国になるだろう。その自給率をもとに戻す即効策などあるはずがない。

 それでも、日本はこれに取り組み続けるべきだろう。この取組をやめることは、「潜在能力」も失うことにつながるからだ。何よりも恐れねばならないのは、米消費の減退と米価暴落を放置することよる水田の荒廃だ。有事の際も、米さえあれば人々は食いつなぐことができる。自給率向上策の放棄=「野菜や果樹など付加価値の高い作物の生産もより促す政策」=基礎食料生産農業の軽視は、その米を失うことにつながるだろう。