農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2015年3月18日(19日最終改訂)

食料自給率目標引き下げ再論 45%目標達成も危ういし、食料自給力指標も信じがたい

  先日、農水省が提案した食料自給率目標引き下げ案について大雑把な感想を述べた。今回はこの提案に即し、その問題点を取り上げてみたい。

 第一は、目標引き下げに伴う2025年の各種生産物の「生産努力目標」と耕地面積・耕地利用率目標の改変にかかわる。

 食料自給率50%を目標とした前回(2010年)基本計画の2020年生産努力目標と比べて目立つのは(下図参照:単位は万トン)は、@米粉用米・飼料用米を除く米の目標を大きく下げる一方(855万d→752万d)、飼料用米の目標を70万dから110万トンに増やしたこと、A現実に生産が伸び悩むか減ってさえいる小麦・大豆・ばれいしょ・果実・生乳・魚介類などについては目標を大きく減らしたこと(現実的目標に引き下げ?)、B熱量供給源としての役割は小さいが経営収益力が高い(高まる)と目される野菜の生産目標を増やしたこと、などである。

 飼料用米増産の問題については既に述べたことであり(飼料用米拡大の風潮を問う 水田の牧草地化こそ米消費減退時代の最善の選択)、ここでは繰り返さない。小麦・大豆・かんしょ・ばれいしょ・果実・生乳などはほぼ現状維持の目標となったが、現状維持も可能かどうか不明だ(特に生乳については)*。食料自給率の40%から45%に引き上げに貢献しそうなのは飼料用米、飼料作物、魚介類の大幅増産と小麦・豚肉・鶏肉の多少の増産*ぐらいだが、それが可能という根拠もあやふやだ。特に問題なのはTPPの行方だ。それ次第では、これらの目標はすべて吹き飛んでしまうだろう。それは全然考慮されていないと思われる。政策審議会企画部会の先生方がどう説明するのか楽しみだ。

 耕地面積についても、前回基本計画の目標を現実的?目標に引き下げた(下図)。ただ、減少をこの程度にとどめることができるのどうか、農産物価格の下落や農業従事者の高齢化が止まらない現実をどう考慮したのだろうか。低迷する耕地利用率は10ポイントの上昇を目指すというが、所得倍増計画と同様、論じる価値もなさそうだ。単なる絵空事にすぎない。

 

 提案の第二の論点は「食料自給力指標」にかかわる。これは、国の農林水産業が有する「潜在生産能力をフルに活用することにより得られる食料の供給熱量を示す指標」である。食料自給率が何%であろうと、この指標で示される熱量は輸入食料の利用が著しく困難になる不測の事態に際しても供給できるというものだ。

 農水省は今回、栄養バランスを一定程度考慮して、主要穀物(米、小麦、大豆)を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合(パターンA)、主要穀物(米、小麦、大豆)を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合(栄養バランスは考慮しない)(パターンB)、栄養バランスを一定程度考慮して、いも類を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合(パターンC)、いも類を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合(栄養バランスは考慮しない)(パターンD)という四つの場合に分けて試算した。

 パターンAの場合、現在の農地での作付で供給できるのは1人・1日当たり1441`カロリー(水産物含む―以下同様)、再生利用可能な荒廃農地にも作付けすれば1495`カロリーに増えるが、1人・1日当たり2147`カロリーの必要量には遠く及ばない。

 パターンBの場合、1855`カロリー(荒廃農地にも作付けして―以下同様)になるが、これも必要量に届かない。

 パターンCの場合には、2462`カロリーを、パターンDでは2754`カロリーを供給できる。

 つまり、輸入食料の供給が途絶えても、いもを主体とする食事に切り替えれば飢えることはないというわけである。

 ただし、この試算結果には農業従事者の「潜在生産能力」がどれほど反映されているか疑念が残る。この試算にもかかわらず、安心というわけにはいかない。

 私の父は敗戦で務めていた陸軍工廠がつぶれ、生まれ故郷に戻った。故郷には田んぼも畑も持たなかったから、庄屋が貸してくれた里山の雑木林を拓き、赤土の傾斜地にさつまいもを植えた(土ができてからは小麦も植えた)。収穫したいもは購入した少しばかりの米に混ぜていも飯にしたり、いも飴(ヌガー)に加工して売った。きのこやわらび、山栗、路傍の食べられそうな草、川魚、蛇、カエル、なんでも食べた。そうすることで戦後の食糧難の時代を生き延びた。高齢化が進んだ今時の農村、都会の若者の多少の流入があったとしても、こんな仕事(荒廃地の復元とそこでの作物生産を含め)と生活ができる人が何人いるだろうか。

  農業生産を担うのは土地と農業労働力(生き身の人間ではない)であると信じ込んでいる役人の試算結果が現実のものになるとは信じがたいのである。

 *JC総研客員研究員・姜 薈氏の推計によれば、小麦を除くすべての品目(米、大豆、野菜、果樹、ばれいしょ、生乳、牛肉、豚肉、ブロイラー)の生産量は2015年から2020-25-30年にかけて大幅に減少する。

 TPP、農業・農協「改革」の連鎖(www.jc-so-ken.or.jp/pdf/agri/tpp/20.pdf) JC総研所長・東京大学教授 鈴木宣弘 2014年9月 p.5 表1

 または

 鈴木宣弘 「新農政」は新基本法の根本に合致しているか 『農業と経済』 2015.3 臨時増刊号(食料・農業・農村基本計画の見直し) p.21