農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2015年8月20日

  「この現状で帰れと言うのか?」 17年3月に帰れと言われる飯舘村の現実 河北新報紙より

 政府は福島原発事故で全村非難中の福島県飯舘村に対する避難指示を2017年3月にも解除しようともくろんでいる。しかし、住民から「この現状で帰れと言うのか?」という声が上がる同村比曽地区(注1)の現実を河北新報紙が3日連続で伝えいる。原発事故からたった4年あまりというのに、こんな現実は中央紙はもちろん地元紙さえも滅多に伝えなくなった。中央政府はもちろん、県、避難区域市町村さえもが「復興」の演出に忙しい。日々伝えていいる原発や原発事故に関する記事の中でも特筆に値する記事として紹介しておくことした。(特に辛うじて神隠しを免れ、1票の重みが軽すぎると文句たらたらの東京人にお薦めする)

 第1回<避難解除問う>家屋の裏は別世界は、住民の意向を無視した山林・裏山に手を付けない除染がもたらす「家屋除染を終えた大半の家で、玄関側の線量は1マイクロシーベルト前後に下がったが、居久根(屋敷林)や山林に面した裏手を見ると、3~4マイクロシーベルト強の数値が並ぶ」「家屋の裏は別世界」という現実を取り上げた。

 第2回<避難解除問う>築いた縁 消失危機は、「村は、中心部のいい所にだけ『復興拠点』を作る計画を立て、周辺地区は後回しか。私は比曽に帰りたい。どうすればいいのか」という「共同体再生」の見通しも立たない現実を取り上げる。

 そして今日、<避難解除問う>先見えず募る不安が取り上げるのは、農地除染・再生の絶望的困難(注2)からくる「農業」(生業)再生の見通しも立たない現実だ。それは以下の通りである。

 原発事故の後、飼っていた繁殖牛36頭を手放して二本松市に避難している菅野義人さん(62歳)は比曽に帰って農業を再生したいと決意しているが、

 「(比曽の)家を一歩出た外界の風景は残酷だ。盆地の中央には今、環境省が、除染作業で出る汚染土の袋を集積する仮々置き場を造成中で、菅野さんの水田2.1ヘクタールもその下に埋もれる。

 比曽の仮々置き場は広さ約30ヘクタールとされる。地区挙げて区画整理を行った水田の半分を同省が借り上げた。その一部で汚染土の黒い袋が積み上がっている。農地の除染がことし進むにつれ、黒い山も広がっていく」。

 「汚染土は同県双葉、大熊両町に建設される「中間貯蔵施設」へ搬出される予定だが、そこではまだ用地の契約さえ進んでいない。

 菅野さんら除染協議会は先日、農地除染(深さ5センチのはぎ取り)の後に盛られる土の見本を、環境省の現地担当者から見せられた。

 『黒い土ではなく、山の砂だった。水田が仮々置き場で埋まるなら牛の牧草地をまず再生させたいが、砂では何の役にも立たない』

 別の問題も農地に広がる。イノシシが餌を求めて至る所で土を掘り、汚染土を深さ30センチ前後もめちゃくちゃに混ぜる。環境省の基準通りの除染方法で対応できず、先の懇談会でも「そんな除染をされては困る。不安だ」と住民が訴えた。

 『17年3月で帰れと言われて生業をどうしろというのか。除染を終えて仮々置き場を撤去し、それから避難指示を解除するのが筋道ではないか』。政府は『復興』を早く宣言しようと、その筋道を切り離したのかと菅野さんは問う。宣言の先にあるのが『復興五輪』か」。

 (注1)飯舘村の南部辺境区域である。比曽川に沿った村の南西端地区。西は比曽峠を挟んで川俣町山木屋地区(避難区域)に、東(下流)は帰還困難区域・長泥に接する。比曽・長泥・蕨平(最下流・南相馬原町に接する)はかつては一つの比曽村をなしていたが、長泥が帰還困難区域に指定されたことで蕨平と比曽は分断された。比曽の空間線量は蕨平より低いが、農地の線量はより高いとされている。

 (注2)以下は拙稿 「放射能汚染がつきつけた食と農への難問──土壌生態系の崩壊は何をもたらすか 世界(岩波書店) 2012年2月号より引用

 農地除染自体、大変な難事業である。避難区域外の農地のほとんどは、すでに耕されてしまった。これによって、ほとんどが表面から23㎝のところにとどまっていた放射性セシウムが、土壌深くに拡散した。従って、表土剥ぎ取りという最も有望な除染技術はもはや使えない。大量の土壌の除去は、除去された土壌の処分に窮することになるからである。福島県は、表層土と下層土を入れ替え、今までの下層土を作土として利用する反転耕を推奨する。これにより、作物による放射性物質吸収を減らすることはできようし、空間線量率を下げることで農業者や近隣住民の放射線被ばくを軽減することができよう。しかし、このやり方は、一般的には長年にわたって農地として改良されてきた作土、豊かな生態系を持つ作土を、貧しい生態系の、ほとんど死んだ下層土に入れ替えることを意味する。その改良には、大量の有機物や土壌改良資材、肥料の投入が必要になる。ところが、その有機物や改良資材の使用が、まさに放射性セシウム汚染で制限されている。農業再興の道は遠い。

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