農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2014年6月16日

もうひとつの敗戦記念日―サッカーW杯初戦敗戦に寄せて

 ブラジル・サッカーW杯初戦で日本が負けた。はるばる日本からかけつけたサポーターにとっては思ってもみなかった敗戦、悪夢を見る思いだっただろう。もう、一次リーグ突破は奇跡だのみだ。あまりに印象的な敗戦、彼らにとって、2014年6月15日は生涯忘れられない敗戦記念日となるかもしれない。それもよし。

 ただし、6・15は私にとっても忘れられない記念日だ。1960年6月15日、文字通り打ち開かれた南通用門から、強烈な放水と機動隊の鉛入り棍棒の雨あられをかいくぐり、十数人の”決死隊”隊員とともに国会構内に突入した。西部邁を構内の演壇に立たせるのに成功したのち、夜陰に紛れて同僚と二人でタクシーを拾い、駒場寮に連れ帰った。樺美智子さんの死は翌朝知った。安保闘争は一気に盛り上がった。しかし、闘争は結局敗北、共に闘った同志たちは方向を見失い、散り散りになった。6・15は、どうしたらよかったのか、70年安保を経て未だに答えが出ない私の敗戦記念日とも言うべき日だ。 

 集団自衛権をもって日本が進んで戦争のできる国に突き進もうとする今、2014年6月15日を敗戦記念日とする若者たち、この私の生涯の問いにどう答えてくれるだろうか。

 関連して参照されたし:60年安保闘争 樺さん命日 集団的自衛権 問う(東京新聞 14.6.16 朝刊 1面)