農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2015年6月17日

東京が「神隠し」に遭わなかったのは? 偶然あればこその今の東京と日本

街路樹の葉が風に身をゆだねている

それなのに

人声のしない都市

人の歩いていない都市

・・・

うしろで子どもの声がした気がする

ふりむいてもだれもいない

何かが背筋をぞくっと襲う

広場にひとり立ちつくす

 福島県南相馬市に住み、半世紀にわたり原発の危険性を訴え続けてきた詩人(元高校国語教師)の若松丈太郎氏が、94年のチェルノブイリ訪問後に発表した連詩、「神隠しされた街」の一節である。

 東京がこんな「神隠しされた街」にならなくて済んだのは、「(福島第一原発事故時に)定期点検中だった4号機では、機器交換のため原子炉圧力容器とその上部に大量に水が張られていた。その水が偶然、燃料プールに流れ込んだことで燃料がむき出しになる事態を免れた」という偶然の結果である。さもなくば、福島第一原発事故はチェルノブイリ を上まわる最悪の事態を招いたはずである。

 全電源喪失の記憶 証言 福島第一原発 番外編 6 東京新聞 15.6.17 朝刊 4面

 この偶然、「神のご加護としか表現のしようがない」偶然がなければ、今の東京はなかったし、そこを本拠に行われる祭りごとも、安倍政権もなかった。奢れるいまどきの政治指導者、改めてこれに思いを致すべきだろう。安保法制だの、原発再稼働など、夢にも浮かばないはずである。