図書紹介:佐藤亮子『地域の味がまちをつくる』(岩波書店、06年5月)
ー都市の再生と地域経済活性化を目指す米国のファーマーズマーケットー

農業情報研究所(WAPIC)

06.6.7

 現在フリーのエディター、ジャーナリストとして活躍する著者は、2002年に千葉大学工学部都市環境システム学科を卒業、03年に米国メリーランド大学都市研究計画専攻の修士学生として1年間留学したという。本書は、この留学期間中に行った米国各地のファーマーズマーケットの調査研究の成果を取りまとめたものである。最大の特徴は、都市の再生と地域経済活性化において演じるファーマーズマーケットの役割への着目である。

 主として農家直販所の形で普及しつつある日本のファーマーズマーケットは、地域の小規模農家が生き残るための手段、あるいは「食育」推進の手段として注目され、推進されている。これは米国におけるファーマーズマーケットでも同様だ。しかし、著者は、「アメリカのファーマーズマーケットのもう一つの特徴は、農家だけでなく、地域内のさまざまな中小事業者が参加している点だ。背景には、農家も商工業者も、小規模事業者という点では、同じ仲間であるという意識。そしてファーマーズマーケットは、単なる消費者の健康増進や農家の所得保障を超えた、地域経済の活性化を目指す活動であるという認識がある」と言う。それは、「地域内にカネとモノをとどめ、めぐらせ、地域経済を活性化させる手段。世界をかけめぐるカネ、経済のグローバル化へのアンチテーゼである」とも言う。

 紹介者は、かねて巨大アグリビジネスとスーパーが作り出すグローバルな食料供給システムが食品安全を脅かすだけでなく、地球に巨大な環境負荷を与え、持続可能な農業・食料供給を脅かすことで地球と人類の将来を危うくしていると警鐘を鳴らしてきた。この破滅への道の人類の驀進を止める確かな方法は見出せないが、「それを止めることのできるのは、このようなシステムを支える空間ー物理的ネットワークの破壊的創造だけのように思われる」と言い、具体的には、最近構想されている大規模店の郊外出店の規制強化による中心商店街振興に関連して、「空洞する中心地に、例えば米国のファーマーズマーケットのような「市場」の立地を可能にするのも一案ではないか」と提案した(環境と食品安全を脅かす食料供給システムー講演資料,05.10.17)。

 しかし、わが国ではこのような意識も動きも極めて鈍い。ファーマーズマーケットに中心的にかかわるのは依然として農家・農業関係者だ。その立地もスーパー同様に郊外が中心だ。豊富な品揃えや低価格で消費者を引きつけるスーパーとの競争で発展が制約されており、農家の生き残りや食育といった目標自体の実現への道も険しくしている。

 このようなときに本書が現れた意味は大きい。

 著者は留学中、マンハッタンで開かれた「成功するマーケットづくり」というワークショップに出席した。「日本なら定めし、農協職員や農政担当の行政職員、商工会議所スタッフ、リーダー的農家あたりの顔がずらっと並ぶところだろうな」と思っていたが、実際には「まちぢくり・環境保護・人権擁護関連のNPOスタッフ、財団職員、住民グループの代表、行政の都市計画や公園担当者、大学の教授・助教授、不動産会社・ビル管理会社の社員、ファーマーズマーケットやパブリックマーケットの運営者など」、参加者の多様さに驚いたという。このような広範な人々の関与が米国ファーマーズマーケット発展の原動力となっていることを伺わせる。 

 著者が最初に紹介するニューオーリンズのクレセント・シティー・ファーマーズマーケットは、かつて出版関係の仕事をしていたリチャード・マッカーシーが「ニューオーリンズにかつてのようなファーマーズマーケットを復活させ、地域経済を活性化するのはどうだろう」という提案に始まった。その開催場所には、ミシシッピーの水運の衰退で荒廃、”危険地帯”となっていた倉庫街が選ばれた。ファーマーズマーケットは大成功、日中でもほとんど人が寄りつかなかった倉庫街に人が戻ってきた。市全体の人口に変化はないが、倉庫街の人口は90年から2000年までの10年に大きく増加したという。

 その経済影響調査によると、出店者の年間売り上げ高は、週3回・計10時間の営業で2億6000万円ほどになり、マーケット周辺のビジネスにも8400万円のカネが落ちていたという。

 ニューヨークのユニオンスクエア・グリーンマーケットは、巨大アグリビジネスにより市場から排除され、つぶれかかっていた小規模農家を救おうというマンハッタン在住の建築家が呼びかけ、財団、消費者組織、ニューヨーク市環境会議などの援助を得て開設された。

 チャールストンのファーマーズマーケットは、下町の再生、農家経営救済、コミュニティー意識育成を目的に市長が自ら立ち上げた。

 ワシントンDCのHストリート・フレッシュファーマーズマーケットは、議事堂や政府機関が集まるキャピトール・ヒルの最も古い商店街で、キング牧師暗殺事件以来暴動が多発し、郊外脱出も進行して深刻な経済衰退に陥ったHストリートの活性化を目指す市の求めに応じてNPOが設立した。

 著者は、「各地で農産物直販所が地域おこしの中核的役割を期待され、都市では、”お取り寄せブーム”真っ盛りの日本に、近年のアメリカのファーマーズマーケットをめぐる動きが示唆しているものは大きいと考える」。わが国では昨年秋、東京銀座で「東京ファーマーズマーケット」が開かれた。これは都会のど真ん中でのファーマーズマーケット開設が重要という意識が芽生えつつあることを意味しよう。この意識が、多くの都市、寂れた市街地におけるファーマーズマーケットの常設を求める動きにつながることを期待したい。

 そのためには、「まちぢくり・環境保護・人権擁護関連のNPOスタッフ、財団職員、住民グループの代表、行政の都市計画や公園担当者、大学の教授・助教授、不動産会社・ビル管理会社の社員、ファーマーズマーケットやパブリックマーケットの運営者など」、広範な人々の意識の覚醒が必要だ。「農協職員や農政担当の行政職員、商工会議所スタッフ、リーダー的農家」はもとより、このような人々が本書を手に取り、米国各地での動きを手がかりに具体的行動に移ることを望みたい。

 関連情報
 ローカルなマーケットはスーパーよりも遥かに大きく地域・消費者に貢献ー英国シンクタンク,06.5.23