農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2014年11月18日

農水省 米生産費減へ生きた農民・農業を忘れた画一的「担い手」像

  農水省が「10年間で担い手の米生産費4割減」、すなわち60`9600円という政府目標の実現のために、「対象となる担い手像と具体的な対応方向をまとめた」そうである。割安な農業機械や省力技術の導入などで「15ヘクタール以上の認定農業者」「稲作主体の組織法人」の米生産費を4割減に持っていく。中でも担い手への農地集積を重視したとのことである。

 「米生産費4割減」目標 15ヘクタール以上、法人 農水省が担い手像 日本農業新聞 14.11.17
   http://www.agrinews.co.jp/modules/pico/index.php?content_id=30826

  農政の混迷も甚だしい。第一に、なぜ4割削減、60`9600円なのか。それで外国産米に対抗できるわけでもなく、国産米の国内消費が特段増えるわけでもない。なぜ15f以上なのか。これにも特段の理由があるわけではない。下図に見るように、日本の米生産費は作付規模5fまでは規模拡大とともに減っていくが、5fを超えるとほとんど減らない。

 最も基本的な理由は、一般的には規模拡大とともにら田圃が分散化し、経営本拠からも遠くなるからだ。これは、基本的には技術によっては乗り越えることが難しい日本の自然・歴史的条件によるものだ。5f、10fを超えても生産費が減り続けるのは、極めて限られた地域においてだけだろう。逆に言えば、生産性から見た最適規模は地域により異なる。一般的には5fで十分ということだろう。15fという画一的モデルは無用であるばかりか、他の農業者の排除につながる故に、社会的には有害でさえある。15fの土地を独り占めにするより3人で分け合う方が社会的に有益なのは明らかだろう。

 そもそも問題は、お役人が「農民は土地、水などの農業資源と並列して単なる担い手と観念」、「生きた農民、額に汗する農民の姿」を知らないこと(中村宗弘『近代農政思想の史的発展』 2007年 247−248頁)、地域に合った農業のやり方の考案と実践に日々知恵を絞る農民の姿を知らないことにある。

 1960年農業基本法で農業近代化に乗り出したフランスは経営の集約化・専門化 ・集中を通して画一的・同質的な「規格化」された「支配的農業モデル」追求した。しかし、20年後、ミッテラン政府のクレッソン農相が追求したのは、「生産者によってよく考えられ,根拠づけられた」「多様な農業」であった(1)。1999年フランス農業基本法が農業の多面的機能の実現を目指す農業者(農民)の重点的援助を強調したとき(2)、日本の1999年食料・農業・農村基本法は、1961年農業基本法が定めた「農業と農業従事者(農民―農業情報研究所)の地位の向上を図る」(第1条)という農業政策の目標さえ放擲、農業者は単なる効率的農業=「支配的農業モデル」の「担い手」に還元された。

 農水省が描く15f担い手像は古すぎる。米に限らず、規模拡大一辺倒のやり方を変える必要がある(3)。「生産者によってよく考えられ,根拠づけられた」「多様な農業」こそが追求されねばならない。

  (1)フランスの多様な農業 日本の大規模能率的農業育成農政の反省の一助とするために,14.11.10 農業情報研究所

  (2)拙稿:フランス農業基本法の制定ー背景と内容 農業構造問題研究 2000年No.2;方向転換目指すフランス農政 レファレンス 578(1999.3)

  (3)例えば、大型酪農家ほど底力がない そりゃおかしいゼ第二章 14.11.16