農業情報研究所意見・論評2010年11月8日(最終改訂:11月10日)

「温暖化の議論をしてもナラ枯れ対策は進まない」 里山放置説への疑念 

  全国に急速に広がったナラ枯れ、去年まではほとんど無関心だったマスコミも頻々と報じるようになった(参照:農業情報研究所 全国ナラ枯れ情報)。しかし、これらの記事がナラ枯れの原因に触れるとき、決まったように、森林総合研究所関西支所(京都)の黒田慶子氏が唱える「里山放置」説を紹介、それを疑うものはほとんど見当たらない。

 今日の東京新聞も、”同支所の地域研究監、黒田慶子さんは先月三十一日、大阪市内で開かれた支所主催の「二〇一〇年代のための里山シンポジウム」で次のように解説した。「里山ではかつてミズナラやコナラが薪炭用に盛んに伐採されていた。しかし、一九六〇年代以降はほとんど伐採されなくなり、樹齢四十〜七十年の大径木が多くなった。カシナガが繁殖しやすいのは、高齢の大径木。放置された薪炭林はカシナガの繁殖に適した状態になっていた」 地球温暖化がナラ枯れ被害拡大の一因という説もあるが、定説にはなっていない。黒田さんは「温暖化の議論をしてもナラ枯れ対策は進まない」と強調。里山を再生させる必要性を訴えた”と紹介する。

 この記事は、「里山再生への道のりは遠い。現在進められている被害対策は、・・・・・・対症療法がほとんどだ。これらも山の斜面では作業がしにくく、予算や人手がかかるとして、十分に実行されていない。自治体の森林保護担当者や樹木医らの間では「当分は被害が拡大し続ける」という悲観的な見方も多い」と、里山放置説に基づく対策の難しさには触れるが、里山放置説そのものには疑念をもたないようだ。

 「ナラ枯れ被害 広がる 都道府県の半数以上 里山の放置が原因 害虫好む高齢大径木残る」 東京新聞 2010年11月8日 第9面(暮らし)
 Web:http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2010110802000059.html

 ナラ枯れを引き起こすのは、直接にはカシナガであることは間違いないだろう。そして、今問題になっているのは、どこかで1本、2本が枯れているという現象ではなく、全山が真っ赤に染まるようなナラ枯れの「蔓延」が全国的に拡大、日本海側を秋田にまで北上、さらに本州の脊梁山地を超えて太平洋側にまで急速に広がってきたことである。ということは、カシナガが生息域を急速に拡大させると同時に、個体数を急速に増大させているということである。[それとはまったく無関係に、土壌の強酸性化が樹木の抵抗力を奪っているからだという説もあるが(例えば、宮下正次.com)、筆者は、今のところ、これについて何かを言う準備がない]

 問題は、その原因を突き止めることである。ある生物種・変種が生息域を拡大させ、個体数を増やすのは、おそらく極めて複雑な要因に拠るのであり、人間は未だそれを完全に知ることができるほどの知識 や情報は持ち合わせていない。 それでも、話のスケールは違うとはいえ、「気候の変化は移住にたいして、強力な影響をおよぼしてきたに相違ない」(ダーウィン、種の起源 第11章 岩波文庫版 下巻 101頁)ということを無視、あるいは軽視することは許されない。

 里山放置説にも一理はある。しかし、西日本はいざ知らず、筆者が直接見聞する新潟から東北にかけて蔓延するナラ枯れの大部分は、今も昔も、おそらくはマタギぐらいしか立ち入ることがなかった、急峻な岩山も含む「奥山」で起きている(下の写真)。これは里山放置説でどう説明するのだろうか。 こういうところには、昔から「大径木」がいくらでもあった。ナラ枯れもあったかもしれない。しかし、 ナラ枯れの「蔓延」はなかった。 ついでに言えば、今も白神山地や八甲田、岩木山の山中や谷を歩けば、ミズナラの大木にいくらでも出会うことができるが、未だナラ枯れの蔓延は見られない。里山放置説の強調には政治的意図さえ感じられる。

 「温暖化の議論をしてもナラ枯れ対策は進まない」と強調するのも、ナラ枯れ蔓延の原因にかかわるのか、それとも対策の難易にかかわるのか、それもはっきりしない。もし後者だとすれば、同時に 、「里山放置の議論をしてもナラ枯れ対策は進まない」とも言えるだろう。「奥山」の問題を別にしても、山里の人々の生活を「ミズナラやコナラが薪炭用に盛んに伐採されていた」エネルギー革命以前の状態に戻すこと不可能だ。温暖化防止も絶望的に難しいが、里山再生は、それと同等に、あるいはそれ以上に難しい。そんなことを言えば、今も山里で苦闘する人たちは、一体俺たちに、これ以上何をしろと言うのかと怒るだろう。

 ともあれ、ナラ枯れ蔓延の原因を完全に突き止めるのは難しい。従ってナラ枯れ蔓延を食い止めるのも難しい。しかし、里山放置説の偏重は、これを一層難しくするだけだろう。