農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2013年6月12日

農業・農村所得倍増目標 それが大風呂敷のわけ

 先ごろ、「意味不明 矛盾だらけの政府・与党の農業・農村所得倍増目標10カ年戦略」と題する記事で、今夏の参院選に向けた自民党の政権公約の基になるという「農業・農村所得倍増目標10カ年戦略」に言う「『農業・農村所得』とは一体何なのか、ますます分からなくなってきた」と述べ、その上で、意味不明の「農村所得」は最初から考慮の外におき、「農業所得」倍増の可能性や、それを追求する政策が農業・農村にもたらす帰結について意見を述べた。

 しかし、その後、この「戦略」を発表した自民党農林水産戦略調査会と農林部会の合同会議の席上で、小里泰弘部自民党農林部会長が、概要、次のような発言をしていたことを知った。

 「現在の農業生産額は約10兆円、農業所得は約3兆円であるが、農業・食料関連産業の生産額は今後の経済成長や食品産業の海外展開、食品の輸出拡大等により年率2%成長、10年後には120兆円に増え、それに伴ない、農業生産額も12兆円に増えると見込まれる。農業生産額の拡大と高収益化で、農業所得は4兆円以上にすることを目指す。他方、農水省の『食品産業の将来ビジョン』は10年後の6次産業化の市場規模を10兆円と見込んでおり、このうち農村地域側への還元分をその半分程度の約5兆円と想定し、この3分の1が農業所得に回るとすると、1兆7000億円増加する。さらに、農村地域の加工・流通・販売等による雇用を通じ、農村に流れ込む雇用所得も見込まれ、これらをすべて合わせて農業・農村の所得倍増を目指す」

 ただし、「6次産業化」の市場規模拡大のおこぼれに与かる「農業所得」なるものは、農業生産から生じる「生産農業所得」とは区別すべきものだろう。それは、加工・流通・販売等の活動かもたらす雇用所得とともに、本来は「農外所得」と言うべきものであろう。ただ、6次産業化が多少なりとも農業生産拡大に寄与することは確かであろう。

 そこで、「戦略」の「目標」の実現の可能性は、@農業生産額増加と高収益化を通じての農業所得増加の可能性、A6次産業化市場拡大がもたらす可能性の二つの面から問われねばならない。

 @については、まず、農業生産額を10兆円(2010年の実際の数字は、下の図示されるように、これを大きく下回る94兆2662億円である)から12兆円に押し上げるという「今後の経済成長や食品産業の海外展開、食品の輸出拡大等」による「農業・食料関連産業の生産額」の年率2%成長の可能性が問題になる。

 図に示したように、農業・食料関連産業の生産額は1990年代半ばにピークに達したあと一貫して減少、2010年には94兆円にまで減っている。「経済成長」の指標となる国内総生産(GDP)は、この間に5%減った(マイナス成長)。そして、農業・食料関連産業の生産額はと言えば、それを上回る速度で一貫して減少、この間に11%も減少した。基本的には、国民一人当たり食料消費の伸びが完全にストップするともに、人口も減少に転じたからである。この傾向は、おそらくは今後の10年も大きく変わることはないだろう。年2%の成長のためには、経済成長率は4%を超えねばならないだろう。120兆円に増大という見込みは、一体どこから出てくるのだろうか。私には荒唐無稽としか思えないのだが。

 これは、農業生産額にも当てはまる。図に示すように、農業生産額は1984年から1994年にかけてピークに達したあとほぼ一貫して減少、2010年にピーク時11年の平均である11兆7000億円を30%も下回る8.25兆円にまで落ち込んでいる。これを、2020年までに輸出額を1兆円にまで倍増させ、6次産業化の市場規模を現在の10倍の10兆円に拡大させることで、一気に過去最高を上回る12兆円に増やそうというのが戦略のもくろみである。

 しかし、農水省が発表した輸出目標額を示す「国別・品目別戦略案によれば、米・米加工品が130億円から600億円、青果物が80億円から250億円、牛肉が50億円から250億円に増えるだけである。輸出増分の現在の生産額に対する比率は、最大でも牛肉の4.3%にすぎない。輸出拡大の生産増加への貢献度は無視できるほどのものでしかない。そして、10年後の6次産業化の市場規模など、誰が予測できようか。10兆円はただの「希望」にすぎない。そのうえ、6次産業化が挑戦する農業・食料関連産業市場は縮小が続く激戦市場だ。農家、農村地域へ利益還元を最優先する新参者がどんな戦果を上げられるというのだろうか。

 それだけではない、ピーク時直後(1995年)には412万fあった経営耕地面積は、2010年には335万fに減少している。「戦略」は耕作放棄地の解消も強調するが、耕作放棄の理由は農業者の減少や高齢化だけでなく。自然・地理的条件不利、消費減少、価格低迷、生産調整、都市化、鳥獣害などさまざまで、一筋縄ではいかない。そのうえ、再生可能な耕作放棄地(15万fほど)すべてが回復されたとしても、前期面積は350万fにしかならない。ピーク時の農産物総合価格指数は今より60%も高かったから、生産額を45%(8.25兆円→12兆円)増やすためには、生産量(物量)を2.3倍にも増やさねばならない。土地面積が限られ、単位面積当たり収量の大した増加も見込めないなかで農業生産をこんなに増やせるはずがない。施設栽培や畜産では土地の制約は小さい?ここでも、価格低迷や燃料、飼料などの資材価格高騰などによる低収益が投資を阻むだろう。生産額は増加どころか、減少の恐れさえある。

 それでは農業所得増加の道はないのか。「戦略」の農業所増加の道筋の一つは、「農地集積」による規模拡大などによる生産コスト削減による高収益農業の構築だ。確かに、生産コスト削減は所得増加の有力な手段だ。しかし、生産増が見込めないなかで、それによって全体の所得を「倍増」させるというのは非現実的だ。生産額が100で生産コストが70の場合(これは日本の多くの農業に当てはまるだろう。都府県の平均的水田作経営では80を多少切る程度だが)を考えよう。現在の所得は30(100-70)、もし生産費を40程度にまで、すなわち4割ほど減らせば、所得は倍の60(100−40)に増える計算だ。

 「戦略」が言うように農地の8割を「担い手」に集積することで米の生産費を現状比4割削減するという「成長戦略」(素案)が6月5日の産業競争力会議で示された。ただし、一農家が一カ所にまとまった大面積の農地を確保することが難しく、規模拡大の生産費削減効果が10f程度で頭打ちとなってしまうような日本の土地条件の下では、これは非現実的な目標である(現在の都府県水田作個別経営の平均生産費は60s当たり16000円で、その4割減だと9600円だが、最大規模の15f以上の経営でも1万円を超えている)。

 ただし、個別経営あるいはその農業者の農業所得なら、規模拡大で倍増させることができる。これは前記記事で述べたことだ。しかし、その場合には7戸に6戸の農家が離農せねばならない。これも既に述べたとおりだ。

 要するに経済効率最優先と「攻めの農業」の追求だけでは、所得倍増どころか、その維持さえ難しいということだ。所得を維持しようというなら、なによりも貿易自由化や大規模流通企業の市場支配がもたらすとめどもない価格低下に歯止めをかけることである。しかるに、「戦略」は環太平洋パートーなーシップ協定(TPP)参加をはじめとする一層の貿易自由化を前提としている。それでは、生産費4割減を実現する経営があったとしても、所得倍増を実現できた「担い手」があったとしても、早晩、総崩れとなるだろう。

 関係ないと言われるかもしれないが話題をひとつ。取水制限で生産がゼロ近くまで落ち込んでいたオーストラリアの米作地帯、ニュー・サウス・ウエールズ州の米農民は、取水制限が解けた今年、取水制限からを完全に解放され、2002年以来の大豊作ということだ。

  Biggest Australian rice crop in a decade,ABC Rural News,6.11