農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2015年211

農協改革が決着 何のための改革 「農業成長産業化」は嘘偽り

 JA側の抵抗で難航していた農協改革が事実上決着した。9日、政府・自民党と萬歳章JA全中会長がその骨格について合意したものだ。これまでの全中の抵抗ぶりをみてきた多くの農協関係者が、今何故と訝るようなあっけない決着だ。例えば、1月の知事選で農協改革を唱える自民・公明候補を敗北に追い込んだ佐賀県の農業関係者は、「JA全中はなぜ妥協したのだろう」と首をかしげる(「全中なぜ妥協」県内関係者に戸惑い 農協改革案容認 佐賀新聞 15.2.10)。しかし、今にして思えば、これは必然の成り行きだったと言えるかもしれない。改革の目標や方向性は両者の間で基本的には一致していたからだ。

 政府・自民党の改革案の骨子は、単位JAの監査について公認会計士による会計監査を義務付け、JA全中の監査部門を分離して新設する監査法人と一般の監査法人から選ぶ「選択制」に変更する一方、分離後の全中は20193月末までに一般社団法人に移行する、但し農協法上の付則で全中が代表・総合調整機能などを担うと定める、都道府県の中央会は農協法上の連合会に転換し、代表機能や総合調整機能、経営相談、貯金量200億円未満のJAの監査といった業務を行う、というものだ。

 全中は監査機能を完全に失ったわけではない。社団法人に移行後も政策提言やグループの調整機能は残る。都道府県中央会についても同様だ。そして、とりわけ中山間地域等の農協の存亡にかかわると猛反対していた准組合員(今や正組合員の数を超える)による農協利用の制限は期限付きだが見送られた。

 他方、昨年116日に発表された全中のJAグループ自己改革案*は、改革の基本目標を「農業者の所得増大、農業生産の拡大、地域の活性化」と定め、JA全中は規模の小さい兼業農家の利害を代弁し・「強い農業」の実現を目指す農政の障害となっているという政府側の批判を完全に受けいれたかのごとく、「これまでの均質的な組合員を前提とした事業方式から、担い手経営体を含む組合員の多様なニーズに応える事業方式への取り組みを加速化」するとし、さらに中央会制度については、「行政の代行的な組織として設立されたが、環境変化をふまえ、国から与えられた統制的な権限等を廃止し、農業者の所得増大、農業生産の拡大、地域の活性化に向けた、JAの経営課題の解決及び積極的な事業展開の支援を目的とする、農協法上の自律的な制度として、新たな中央会に生まれ変わる」としていた。

 *JAグループの自己改革について(PDF) ~農業者の所得増大、農業生産の拡大、地域の活性化の実現に向けて~ 14.11.6

 政府・自民党の骨子との本質的違いを見出すのは難しい。合意は必然の成り行きだったと言えよう。

 この合意を受け、政府・自民党側は「60年ぶりの改革に道筋がついた。日本の農業は再生すると信じている」(稲田朋美自民党政調会長)と鼻高々、アベノミクスの第3の矢、「成長戦略」の象徴である農協改革の実現の道筋が見えたことを喜ぶ。しかし、喜んでいるのは政府・自民党と一部マスコミ、イデオローグだけだ。

 日本経済新聞は、「全国農業協同組合中央会の制度をなくすことは、「強い農業」の実現を目指す農政にとって一歩前進になる。JA全中は規模の小さい兼業農家の利害を代弁し、政治に圧力をかけることが多かったからだ」と、強い農業の実現への一歩前進を強調する(農協改革が前進、ポイント総まとめ 日本経済新聞 15.2.10)。

 大泉一貫・宮城大名誉教授は、「地域農協の創意工夫を伸ばすのなら、全中の権限を弱めることは自然な流れだ。全中は農業を成長させようという意識が弱い。コメの価格を維持しようと生産調整の強化を求め、企業の農業参入や輸出を伸ばすことに消極的だった。意欲ある専業農家より、兼業農家や農家でない組合員を大切にしてきたとも言える。農協や都道府県中央会も全中を頼りにしてきた。自立した経営を目指すには良い機会だ」と、全中から自立した組合による農業者の所得増大、農業の「成長産業化」を期待する((時時刻刻)農協改革、政権押し切る 全中の権限、大幅縮小 朝日新聞 15.2.10)。

しかし、地方に目を移せば、

「主な目的であるはずの農業再生の議論は置き去りにされ、現場の声も十分反映されなかった。今回の農協改革が、農業改革にどのように結び付くのか、疑問が残ったままだ」(以下掲げる青森・東奥日報社説)、

「今回の農協改革が全体として農業の成長や所得向上にどう結びつくのか理解できない」(同、岩手日報)、

「本当に農家のためになる改革かどうか疑問。TPP(環太平洋連携協定)交渉を進めるため、農協の力をそぐことが目的ではないのか」、 「所得向上につながると思えず、何を目指すかも示していない」(同、河北新報)、

「改革案は准組合員制度の見直しや中央会組織・体制の在り方の議論に終始し、農協改革の目的である農業者の所得向上、地域の活性化についての説明に欠けている」(同、埼玉新聞)、

「一連の議論に、消費者や納税者、地域の声はまったく反映されず、今回の農協改革が、農業改革にどのように結び付くのか、疑問は残ったままだ」、JA内部の議論を見守らず、安倍政権が決着を急いだ理由は、再び盛り上がっている環太平洋連携協定(TPP)交渉と表裏一体だからだろう。実際、TPP交渉に抵抗してきたJA全中は、昨秋以降、組織防衛に没頭し、TPPに関する発信力が弱まっている」(同、茨城新聞)、

各農協の自由度を高めることで農業を成長産業にとの構図は世論に受け入れやすい。だが安倍政権が打ち出した農協改革が果たして説得力があるだろうか。全中を改革すれば農家の所得が増え、活性化するという保証はない。むしろ地方の単位農協を支える全中の役割として、衰退する地域農業や地域の結束力を維持する多様な側面に目を向けるべきだ。企業の競争原理を小規模農業に当てはめる政策リスクを考える必要がある(同、福井新聞)、

 日本の農業の将来をどう描くか、食料自給率をどう高めるかといった、国民の関心に答える問題はほとんど聞こえてこない。これでは全中の組織をいじろうとする政府と、組織防衛を図る全中の攻防にしか見えない(同、高知新聞)、

 こんな声ばかりだ。

 農業再生の議論置き去り/農協改革 東奥日報 15.2.10

 JA全中改革案「現場の影響は」 県内生産者も注視 岩手日報 15.2.10

<農協改革>反発・期待 東北の関係者 河北新報 15.2.10

 【論説】農協改革 消費者不在の妥協の産物 茨城新聞 15.2.10

 農協改革「地域活性、説明欠ける」 県中央会会長は不満 埼玉新聞 15.2.10

 農協改革 多様な機能性を忘れるな(論説) 福井新聞 15.2.10

 【農協改革】あるべき農業が見えない(社説) 高知新聞 15.2.10

 それも当然だ。政府も与党も全中の議論は、農業を成長産業どころか衰退産業に追い込んでいる根本的原因に及んでいない。根本的原因とは、農産食品小売市場で圧倒的シェア(市場支配力)を持つスーパー(量販店)、コンビニ、外食産業の安売り競争(とそれを可能にするグローバル化)が招く農産物価格のとめどのない低下である。貿易自由化・巨大流通産業の市場支配による農産物価格のとめどもない下落、それこそが農業生産減少、高齢化、農業所得減少、耕作放棄地増大、過疎化等々の最大の元凶である。TPPはこの流れを一層加速する。

  「自立」した農協の経営努力が実を結ぶとしたら、生産者は世界中から最も安い食材を集め・安売り競争に走るスーパーの商慣行の規制・改革と、こういう慣行を不能にする国境措置と国の最低価格保証制度で守られていなければならない。自立した農協・国内生産者の経営努力が実を結ぶのは、この前提があればこそである。この前提を欠いた「地域農協の創意工夫」は、結局は、スーパー並みの農協間安売り競争に帰着する。14年産米の値下げ合戦がその好例である。
  

  追記:予想どおり、さっそくこういう言い古された意見が現れた。

 

 「一口に改革と言っても簡単ではない。その代表例はコメ作りだろう。意欲的に大規模化や企業経営的な手法を目指す農家はいち早く農協を離れ、残っているのは零細な兼業農家といった農協が少なくない。

 

 副業として取り組む農業では、新たな挑戦など期待薄だ。すべて農協任せになり、農協も本腰が入らない。そんな悪循環をどうやって断ち切るのか。農地の集約・大規模化をはじめ、農協の役割は山積している」((社説)農協改革 まだやることがある 朝日新聞 15.2.11)。

 

 この手の議論は、日本の農家(販売農家)の73%を占める「兼業農家」、とりわけ59%を占める「第二種兼業農家」(2010年農業センサス)、つまり(米)農業兼業サラリーマン・賃労働者・零細自営業者が地方において演じている巨大な社会的・経済的役割に全く思い至らない者たちがもてあそぶものである。彼らが農業兼業をやめたら、地方の社会・経済はどん影響を受けるだろうか。最近ではそんな研究は見かけなくなったが、農家の過半を占めるという統計的事実からだけでも推して知られるだろう。失業の増加、耕作放棄による環境劣化、その影響は地方のみならず国の経済や環境(国土保全)にも及ぶ。「意欲的に大規模化や企業経営的な手法を目指す農家」だけでは、そんな役割は決して担えないだろう。

 

 参考:改めて問う 誰のための農協「改革」か  田代洋一・大妻女子大学教授 農業協同組合新聞 152.10