農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2013年5月23日

山村の春 耕作放棄田 アベノミクス

  土筆が頭を出し、イワギキョウ、カタクリ、水芭蕉、ヤマナシが一斉に花開き、ツバメが飛び交い、鶯が鳴き、カエルが大合唱する早春の飯豊山麓の山里を訪ねた。  

 宿はいつもお世話になる「マタギ宿」、山菜・キノコ料理が売りで、時にエゾシカ肉・熊汁(今年は原発事故によるセシウム禍でダメ)も供される。

 息子に代を譲った(と思われる)「おとうさん」はお元気そのもの、雪の塊が残る脇で出番が近い稲の苗の世話やシイタケの収穫など。頂いたシイタケの立派なこと。熊打ちやエゾシカ猟にもで出る当主は代掻きに、山が 何より好きという「おかあさん」は昨日採ったゼンマイの乾燥作業に余念がない。

 それとお嫁さんの4人で、米や山野の産物の加工(水あめも作る)や民宿の「6次産業」をこなす。当主は「認定農業者」で、居宅周辺の5反分ほどの田んぼと、下流に住む親戚やお年寄りに頼まれた全部で5町歩ほど田んぼでの米作りを引き受けている。

 しかし、その下流諸集落では豪雪山村の常、処処に耕作放棄田がみられる。高齢化 で引退する農業者の後を継ぐ者は、多くが村を離れている、また在村したとしても、多少なりとも傾斜のある地に広がる小さな棚田で米を作っても食べていけないから農業はしない。町全体としての数字だが、世帯数はなお大きな減少を免れているものの(集落そのものの消滅は見られない)、人口減少と高齢化が急速に進んでいる。そして、人口と歩調を合わせて減少してきた一次産業就業者数は、2010年にはたったの280人、1960年代には全就業人口の半分以上を占めていたのに、今や7%を占めるにすぎない(下図)。

 米作りではやっていけないとしても、他の儲かる作物を導入すればいいではないかの声もあろう。しかし、「青年の村」の大規模共同稲作から始めて「奇跡を起こした村」、やはり飯豊山を仰ぐ黒川村(現胎内市)でさえ、「ここではむずかしいんだ。雪も多いし、寒さもきびしいから、野菜がなかなかとれない。ハウスを建てて温室でやればいいが、そうすると採算がとれない。投資しても、もとがとれないんだな。片一方で、外国から安い野菜がどんどん入ってくる。ここには黒川村だけではどうしようもない政治の問題が入ってくる。・・・」というありさまだ(吉岡忍 『奇跡を起こした村のはなし』 ちくまプリマー新書 2005年  150頁)。

 こうして耕作放棄田が増えつづける。そんな田を、たった一人の「認定農業者」が引き受けられるはずもない。ソバを作る試みもあるが、機械の油代も出ないのが現実という。下の写真は「おとうさん」に案内されたところで見た6、7年前に放棄された放棄田の一例である。この場所、ちょうど満開の八重桜を囲み、「息をのむほど」無惨な棚田が広がっている。

 周りの風景とあまりに対照的な八重桜の姿に感じ入る「おとうさん」と筆者

 自民党の「農業・農村所得倍増目標10カ年戦略」は、「農地集積を進め、今後10年間で担い手利用面積が全農地面積8割となる効率営農体制を創り、中山間地の実態を踏まえ、再生利用可能な耕作放棄地のフル活用を図るとともに、農地の大区画化、汎用化、畑地かんがい等を加速化し、農業の生産性の向上、高付加価値化を図る」という。

 しかし、中山間地の農業・農地の現状からすれば、それも何と悠長なはなしか、ということになるだろう。非効率な小区画の田でもいい、それを今、どうやって保全するかこそ喫緊の課題である。所得倍増の掛け声に浮かれている間に、「息をのむほど美しい」棚田が刻一刻、失われていく。産業としての農業の育成ではない、農地保全、 消滅の危機に瀕している農業集落の維持・活性化をこそ農政の基本に据えるべきである*。

 *ちなみに、この地区が属する旧村の2000年、2010年の農家数、経営耕地面積、耕作放棄地面積は、それぞれ113戸→85戸、134f→103f、6f→14fである。2010年、農地および森林(地域資源)の保全活動を行っている集落数は12集落のうちほぼ半分の7集落、5集落は保全活動を行っていない(2010年農業センサス)。中山間地域直接支払を受けるための集落協定を結んでいる集落数は、町(全町山間地域)全体の集落数(54)の1割にも満たない5集落にすぎない(2011年)。既に集落が集落としての機能をほとんど失っていることを示唆する。

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