農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2014年4月10日

小保方論文 「不正」かどうかではない STAP技術が否定されるのかどうかこそ問題だ

  今日の新聞、小保方晴子理研研究員の会見の話に、ノーベル賞受賞のニュースにも負けないほどの紙面を割いている。いちいち紹介しないが、会見内容に関する意見は様々だ。

 最もいけないのは、「生データに手を加えたり、論文の重要な画像を取り違えたりするのは考えられない。不正を認めた調査委員会の結論は間違っていない」、「理研全体に問題があると見られるのは困る。責任は研究者個人にあるので、きちんと対応してほしい」といった理研研究者の反応だ(東京新聞 14.4.10 朝刊 28面)。自身の保身だけが関心事のようだ。あるいは、ノーベル賞争いで先を越されそうになり、足を引っ張ってやろうとでも思っているかのようだ。

 「大学や研究機関に在籍する科学者の評価基準は、ほとんど論文をいくつ発表したかにおかれている。専門分化が極端に進んだ現在では、論文内容を正確に把握できる人間が少なくなり、その質を正確に測ることができないから、もっぱら数が勝負になるのである。・・・

 このような論文主義は昔からあったが、かつては発表する論文の数は少なかった。じっくり時間をかけてあらゆる可能性を吟味して練り上げる、それが論文を書く基本マナーとされていたからだ。・・・しかし、研究者の数が増えて競争が激しくなり、それに応じて発表論文の数が増えてくるにつれ、そのような習慣は廃れていった。少しでも目立ち存在感を示すためには、どんなつまらない論文(小保方論文ことではない―農業情報研究所)であろうと発表し続けなければならないのである。また、競争的資金と呼ばれる研究費の獲得には論文がなくてはならず、数が多いほどよい。というわけで、論文数はやたらに増えたのだが、質のい論文は(割合において)減っているのは確かだろう。そうなると、数少ない新発見を高く評価するしかなくなり、また科学の重要性を社会に訴えるにおいて、新発見であることを強調すことが当然とされるようになったのである。日本人がノーベル賞を授与されたときの大騒ぎを見れば納得されるだろう」(池内 了 「これからの100年」 『世界』 2014年5月号 185頁)。

 この理研研究員や研究・論文作成作法の不備を指摘することで小保方氏の研究成果が全否定されるかのような雰囲気を作りだす「科学者」や「識者」は、自分自身がそういう科学界の風土に何の疑念も抱かず、どっぷり浸かっていることに気づいていないようだ。

 そこへいくと、漫画家やくみつる氏は、「細胞が存在するのならば人類への功績は(ミスに比べて―農業情報研究所)比べものにならない。作成の『こつ』を知っている彼女を使わない手はない」、「私の漫画のネタにならないよう、今後粛々と歩んでほしい」と言う(東京新聞 前掲)。小保方氏が「粛々と」歩んできたのかどうかは知らない。しかし、彼女の研究が将来の難病治療への貢献を目指してきたことは疑いようがない。

 私のような年寄りの難病患者の救済には間に合わないだろう。しかし、孫子の世代に多くの難病患者が救われることになるかもしれない。難病患者が知りたいのは、STAP(刺激惹起性多能性獲得)と言う多機能細胞作出技術が有効なのか無効なのかということだ。小保方氏の「改ざん」や「ねつ造」と言われるようなやり方が、この技術を実証的・理論的に否定してしまうのかどうかということだ。「科学者」、「識者」を自任する人には、100%正確でなくてもいい、ぜひこの問題に答えてもらいたいのである。