農業情報研究所意見・論評・著書等紹介2014年5月18日

TPP 「ゴールラインが視野に」 米国がかかわる貿易交渉の「イロハ」を知らぬ論説委員

 今日の東京(中日)新聞社説によると、TPP交渉は「「峠は越した」とみていいでしょう。つまり、もはや最悪の決裂はない」、「それは日米共同声明の「前進の道筋を特定した」という言葉に示されています。「この道を進めばゴールに到着する」と言っている。言い換えれば、ゴールラインが視野に入ったのです」とのことである(1)

 この論説委員、論説委員を務めるのだから記者歴は相当長いのだろう。しかし、国際貿易交渉を論じる資格があるのだろうか。米国がかかわる貿易交渉についての「イ、ロ、ハ」も知らないようだ。

 筆者は、国会図書館で国際貿易問題の調査研究に従事していた時代から今日まで、貿易交渉権限を政府にでなく議会に与える米国憲法「イッパチサン」を知らずして、あるいは無視して米国の国際貿易交渉を論じることはできないと、ずっと言い続けてきた。

 実際、米州自由貿易協定(FTAA)交渉、米・タイFTA交渉、米国・南部アフリカ関税同盟FTA、現在のWTOドーハラウンド、これらの交渉決裂あるいは中断は、すべて「イッパチサン」なしでは理解できないものである。つい最近も、日本農業新聞のインタビュー記事で、貿易促進権限(TPA)を持たない米国政府との交渉は無意味と強調したばかりだ。ここで繰り返し言えば、「従来の貿易交渉で、米国政府は、TPA法案通過に際して議会が付けた条件を口実に、まとまりかけた合意案を「これでは議会が納得しない」と土壇場でひっくり返すのが常であった。米国に、そういうやり方で「煮え湯を飲まされた」と述懐する貿易交渉官もいた」(2)

 ましてや、現在の米政府は、そのTPAさえ持たず、それを何時取得できるのか見当もつかないのである。

 しかるにこの論説委員、米国議会の動向を一顧だにすることなく、日米両政府の協議を見るだけで、「ゴールラインが視野に入った」と言うのである。まわりは全然見ない、見えない、前だけに目を凝らしていたら、幻の「ゴールライン」が見えたということか。

 ついでに取り上げると、今日の東京新聞「核心」欄は、「TPP交渉が合意すれば安い外国産米が押し寄せる可能性が出る中、「生産費が高いコメ作りからの脱却」を目指す動きが本格化している」。五月の農村の伝統的風景である田植えが環太平洋連携協定(TPP)交渉の影響で消えるかもしれない。十センチほどに育てた苗を水田に植える田植えに代わり、種もみを水田に直接まく方法が広がり始めたためだ。TPP交渉が合意すれば安い外国産米が押し寄せる可能性が出る中、「生産費が高いコメ作りからの脱却」を目指す動きが本格化している」と言う。

 TPP交渉で米の関税が撤廃されるのを既定のことにしての話だろうが、米の生産費の内外格差は何より土地の賦存量の差を反映しているのであり、この格差は「直幡」で埋められるようなものではない(もちろん生産費低減の努力の必要性を否定すものではないが、それは関税・国境措置の存続あってのみの話である)。米の関税が撤廃されば、田植えの風景が消えるだけではない、田んぼそのものが消えるだろう。

 他の問題はともかく、TPP、貿易、農業に関しては東京(中日)新聞、筋が悪すぎる。

 (1)週のはじめに考える新しいアジア太平洋へ 東京新聞 124.5.18
 (2)[解読 TPP交渉の今 識者に聞く 5] 主権侵害 危機感持て 日本農業新聞 14.5.16。
   なお、「煮え湯を飲まされた」と言う言葉は、筆者が国会図書館時代、とりわけ繊維貿易交渉などにかかわったベテラン貿易交渉官(とっくの昔に引退しているはずである)から聞いた言葉である。