GM作物・食品は安全 不安を煽る「食」情報への反攻の狼煙ー週刊ダイヤモンド特集

農業情報研究所(WAPIC)

06.8.1[最終改訂:06.8.3]

 米国産牛肉の輸入再々界の決定で、消費者の不安を煽る「食のリスク情報」を氾濫させる風潮への反転攻勢が勢いづいたようだ。「危険な食卓」と題する『週刊タイヤモンド』(06年8月5日号)の特集記事が反攻の狼煙を上げた。それは、「あなたはメディアの流す『食』情報を鵜呑みにしていないだろうか。消費者が『食』情報に踊らされている陰では、”食料安保”などの『食』に関する本質的な議論が置き去りにされている。矛盾や誤解に満ちた食事情に迫り、資源貧国ニッポンの課題を浮き彫りにした」と言う。

 確かに、消費者の健康志向・健康不安に乗じた効能も怪しげな、ときには死にさえつながる「健康食品」や「栄養補助食品」の氾濫は目に余る。それが指弾されるべきは当然だ。しかし、「食情報を流す人たちには、それぞれの思惑がある。・・・情報の裏側にある意図まで含めて読み取る力が求められる」(32頁)という記事冒頭の警告は、この特集記事が流すほとんどの情報への警告でもある。

 ここでは遺伝子組み換え(GM)食品・作物の例を取り上げよう。科学ジャーナリストを自称する元毎日新聞記者・松永和紀は、「行政官庁の言い分であれ市民団体の主張であれ、何事も妄信せず自分でインターネットなどで調べ、何が妥当か考えてほしい」(33頁)と言う。この言葉は、そっくり 氏の記事にもお返ししなければならない。

 その記事はこう言う。

 「この七月、あるロシアの研究者が来日。『ラットに、通常の飼料に加え遺伝子組換え大豆を食べさせたところ、ラットが産んだ子供の五一・六%が三週間以内に死んだ』と、全国六ヵ所で講演した。世界でが組換え作物が九〇〇〇万fも栽培されている。日本人も油などとして食べ、家畜の飼料としても大量に輸入している。本当であれば一大事だ。

 しかし、科学の心得のある人が講演を聴けば、それがエセ科学であることがすぐにわかる。死亡率の高さだけを強調し、実験の詳細を明らかにしていないからだ。実験は条件を工夫すればいくらでも恣意的な結果を出せるものだ。条件を明らかにしないのはエセ科学の典型的な手口。・・・英国食品基準庁や日本の厚生労働省、農林水産省も、この実験の不備を指摘し、結果に否定的だ」。

  だが、「実験の詳細を明らかにしていない」のに、従って氏には実験条件はわからないはずなのに、どうして実験条件が「恣意的」と言えるのか。

 この研究は、モンサントの除草剤耐性大豆を使ったロシア科学アカデミーのイリーナ・Vエルマコヴァによるものだ(新研究、GM食品の胎児への悪影響を示唆 GM大豆を食べたラットの子の半数が3週間で死亡,06.1.10、論文の全文は河田昌東氏が翻訳版を紹介している:http://www2.odn.ne.jp/~cdu37690/gmdaizutoratsinseiji.htm

 あるいは、英国食品基準庁(FSA)の指摘を考えているのかもしれない(厚生労働省、農林水産省はその受け売りにすぎない)。FSAの声明は、研究報告が実験に使われた餌の成分と栄養分に関する基本的情報を提供しなかったということを最大の問題点とした。この結果は、GM大豆と非GM大豆を含む餌の栄養成分と抗栄養成分に関すると同等性が確保されなかったことから生じた可能性があり、GM大豆と非GM大豆の違いではなく、別の多くの要因から説明できる可能性があると言う。

 http://www.food.gov.uk/multimedia/pdfs/acnfpgmsoya.pdf

 ちなみに、この研究者は、GM大豆の母系を入手できなかったので、非GM大豆はオランダから入手したものを使い(FSAは、大豆の蛋白質の質は品種や原産地で異なるとしている)、その成分と栄養価はGM大豆と同等だったとしている。

 それでもFSAの言う条件がすべて確保されたかどうかは確かではない。とはいえ、それをもって研究結果、GM大豆のラットの子への悪影響の可能性を否定することはできないはずだ。それは、この研究の結果・結論が否定される可能性があることを示すにすぎず、実際にそうなるかどうかは、恣意的とされる実験条件を正した再試験でしか確かめられない。

 ところが、FSAはそのような再試験などまったく行うつもりもなく、「広範な重要な要因に関する情報なしには、この研究から結論を引き出すことはできない」と言うだけだ。それでは、この研究の結論は信用できないと人々に印象づける結果になるだけである。それこそ「エセ科学」の態度ではないのか。

 序に言えば、松永は「動物実験や培養細胞による実験結果を性急にヒトに当てはめていないか」注意せよと忠言する。ならば、このラットの実験結果が「本当であれば一大事だ」などと何故軽々しく言うのか。この忠言もご本人にお返ししなければならない。

 別の記事は、GM作物・食品の安全性について次のように言う。

 「@現時点では世界主要国で流通が認めれているように、医学的、科学的な安全性は証明されている。こうした見地(?)に限れば危険を訴える人びとの主張にはすでに勝ち目がない状況だ。・・・

  Aじつは国内でも家畜用の飼料や食用油では、ほとんどが遺伝子組換え作物が使用されている。・・・日本に流通してから一〇年が経過したが、環境や健康に関して特に問題は起きていない。・・・

  Bむしろ、遺伝子組換え作物のほうが『環境に優しい』という見方も定着しつつある。実際に農薬や除草剤の使用量が大幅に削減され、散布用トラクタの燃料や排ガスも削減されているからだ」(39頁、番号と?は筆者が付けた)。

 @には、せいぜい今までに商品化されたGM食品については「安全」という科学界を含めた国際的コンセンサスが、あたかもGM製品一般に関するコンセンサスであるかのように思い込ませる悪意が見て取れる。

 2000−2003年に現われた世界各国の科学アカデミーや政府、国際機関・民間組織による50ほどの遺伝子組み換え(GM)食品・生物に関するレビューを比較評価した国際科学評議会(ICSU)の2003年の報告書は、「現在利用できるGM食品は食べて安全と考えられるけれども、これは、新しい性質をもつ一層多くの食品が開発されるときにはリスクが生じないことを保証するものではない。新たに開発されつつある製品の進行中の評価は、販売される新たな食品が消費者にとって安全であることを保証する必要がある。食品安全評価はケース・バイ・ケースで行なわれねばならない」としている(国際科学評議会(ICSU)のGM食品・生物評価報告,03.7.7)。

 同じく2003年に出されたGM作物・食品に関する科学的知識を再考する当時最も包括的とされた(現在もそうであろう)イギリスGM科学レビュー委員会の報告書は、「現在市場に出ているGM作物の健康へのリスクは非常に低い」が、「開発される作物に応じ、将来のリスク管理において取り組むべき課題はもっと大きくなる可能性がある。安全性評価技術・有効なサーベイランス・監視・表示システムの開発を継続することが重要である」と結論した(英国:GM作物の安全性は不確実、政府委員会報告,03.7.22)。

 記事はこれらの報告をまったく無視しているかのようだ。

 Aについては、これ自体が”非科学的”だ。GM食品を食べることによる人の健康被害は、そもそも追跡不可能だ。悪影響はなかったかもしれないし、あったとしてもその要因は無数にあるから、GM食品が原因と特定することなど不可能だ。米国が農薬について行っているような”人体実験”をしたとしても、GM食品が原因と確認するのは至難の業だ。

 先の英国の科学レビューは、「過去7年間の人間と動物によるGM作物製品消費の拡大による検証可能な悪影響は報告されていない。一部の人々は、これは、規制をクリアするために要求される検査と併せ、安全性の重要な保証を提供すると論じる。しかし、他の人々は、疫学的調査を含む追加調査の必要性を主張する。そのような作業は追及されているとはいえ、GM食品であるとないとを問わず、食品全体については非常に困難である」と結論した。

 「日本に流通してから一〇年が経過したが、環境や健康に関して特に問題は起きていない」と言い分がいかに一面的情報に基づくものであるかは一目瞭然である。

 AとBの環境影響に関する言い分は、無数の研究が反証を示している。WTO紛争処理委員会さえも、「除草剤耐性や害虫抵抗性のGM作物の利用が植物や害虫の農薬抵抗性を発達させるリスクは実際にありそうに見えた」と言う(北林寿信 「遺伝子組み換え作物の将来 その4 WTO米欧紛争裁定の真実とその影響 農林経済 06年6月12日号 4頁)。今までの研究ではGM作物の環境影響は「不確実」というのがコンセンサスだ。その分析・評価方法さえ確立していない。

 先の英国の科学レビューは、「我々は、植物生命史におけるいかなる変化がその侵略性に影響を与えるかについての正確な知識をもたない。害虫・病気抵抗性やストレス耐性の形質をもつGM作物放出のあり得る影響に関する知識については一層のことだ」、土壌生態系への影響については、「非標的生物への有害性がないことを実証するための一層広大で、農学的に現実的な研究の必要性がある」、雑草群については、「我々は、除草剤耐性作物が雑草群に与え得る長期的影響を予測するための十分な証拠をもたない」、長期的影響については、「将来、GM作物の商品化とそのあり得る環境影響の信頼できる予測は一層困難になる」と述べる。

 そのなかで、「実験の詳細を明らかにしていない」極めて限られた実験、つまり「エセ科学」からの「組換え農作物を複数年栽培した場合であっても、@その栽培圃場及びその周辺の生物相への特段の影響は認められない、A栽培圃場に後作として別の作物を栽培した場合でも特段の影響は認められないことを確認した」という結論が一人歩きを始めようとしている(農水省 GM作物を長期栽培しても環境への特段の影響はない 根拠不確かな結論,07.7.19)。

 この特集記事にこそ、「鵜呑み」にしてはならない情報が溢れている。

 [付記:8月1日にアップした際には、松永和紀を男性と思い違いしていたが、その後女性だとのご指摘を頂いた。従って、3日、いくつかの字句を訂正した。ご指摘頂いた方、ありがとうございます。]