EU共通農業政策(CAP)の改革とフランス農業の対応−「生産主義」克服の視点から−

@本稿の課題は、1992年のCAP改革へのフランス農業の対応の努力を、戦後のフランス農業開発を支配した「生産主義」(フォ−ド主義)と呼ばれるモデルの克服という観点から検討することである。

Aフランス農業は1970年代半ば以降、農業所得・農業投資の低迷に表現される構造的「危機」に見舞われている。多くの識者は、この危機を、新たな社会・経済的環境に不適合な「生産主義」的農業の危機と捉え、構造的危機から脱出するためには、それに代わる新たな農業開発モデルの開発と普及が必要と考えている。

B戦争直後のフランスの国家・経済の再建のために、農業は国民と輸出のための食糧需要を満たし、工業に向けて大量の労働力を解放することを要請された。この役割を果すために、「集約化」・「専門化」・「(経営の)拡大と集中」を柱として最大限の労働・土地生産性を追求する「生産主義」農業が開発され、普及された。それは非常な成功を納めるが、それを支えたのが1960年−62年に形成された農業基本法体制であり、ただただ増産を目指す農民の生産物に販路と価格を保証するCAPの市場・価格政策であった。

C次第に明確になってくる生産主義の限界、あるいは諸問題は、生産過剰に起因する主要穀物輸出国との貿易摩擦の激化や補助金つきでの食糧の大量輸出による途上国の農業破壊(自給力強化の阻害)などの国際関係の緊張、この農業が大量の生産資材の購入や土地の拡大のために多額の負担を要することからくる農業所得の圧迫、農業人口の減少による国土(土地・資源)の管理と有効利用に関して生じる諸問題、農業に起因する環境汚染や自然破壊などのエコロジ−面での諸問題、必ずしも改善されない農業者の労働・生活条件などに要約される。しかし、農業政策を政府と「共同管理」し・強力な影響力をもつ多数派農民組合(FNSEA、CNJA)の生産主義への固執などから、従来の農業政策のこうした問題への取り組みは極めて消極的であった。1992年のCAP改革は、こうした態度に修正を迫る。

D92年改革は、上記のような諸問題を解決するために、極めて多面的な目標を掲げていたが、実際に取られた中心的措置は、牛肉および大規模経営による大量生産品目である穀物・油料作物・蛋白作物の生産過剰とそれを処理するための財政費用を削減し、競争力を強化するために保証価格を大幅に引き下げ、この価格引き下げによる農業者の所得減少を節約された財源で直接に補償するというものであった。副次的に1985年以来の農業・環境政策が強化された。この政策は、特別な自然の性質を有する区域に限定して、自発的に環境汚染や自然破壊を減らす農法を採用することを約束する農業者に、このような方法の採用により減少する所得を補償するというものであった。こうした措置を取るかどうかをEU構成国の自由であったが、改革はこれを義務とした。地理的限定を要しない措置も導入された。

E改革の最大の問題点は、所得補償の目的あるいは根拠が不明確なことにある。上記の耕種作物に関する補償を受け取るための条件は一定の減反を行うだけである。畜産に関しては、所得補償は粗放的畜産の維持、場合によっては粗放化の促進を目指しているが、改革措置そのものの矛盾から、却って集約的酪農を利するような問題が生じている。総じて、こうした所得補償は農業者を無責任にし、「奨励金漁り」に駆り立てるという批判が強く、現実にもそうした事態が生じている。

Fそれにもかかわらず、改革は根本的である。生産主義の支柱である価格保証が当てにできなくなることにより、農業者は農業のやり方の根本的反省を要求されよう。従来「タブ−」とされたきた農業の「多様化」・「多角化」が政策的にも追求されるようになった。従来、極めて不熱心であった農業・環境政策も、不十分ながら強化されている。「経済的に存続可能で、エコロジ−的に健全で、社会的に公正で、自然資源を破壊することなく人の欲求を満足させる」「持続可能な発展プラン」が官民を巻き込んで探究され、この農業を実行する農業者と国との契約が結ばれるにまで発展している。

Gしかし、新しい農業の開発と普及には多くの困難がある。技術革新の必要性については本稿では触れないが、従来の生産主義をささえた新しい農業にとってはまったく不適切な制度は、基本的には変わっていない。最大の問題は、農業者自身のアイデンティティが変わらねばならないことにある。新たな農業は上から与えられた技術を実施する単なる「技術者」としての能力ではなく、「企業家」としての能力を要する。「技術者」から「企業家」への転換は、「パラダイムの転換」に相当する課題である。とりわけ、生産機能と分離して(デカップリング)環境サ−ビスのような非商品サ−ビスに社会的に報酬を与えようするEUの政策は、農業者に「農民なのか、公務員なのか」という問いをつきつける。こうしたサ−ビスを引き受けることで経営を存続させようとする農業者は少数派である。新しい農業の普及のためには、こうした問題を解決しなければならない。

H所得直接補償についてはわが国でも関心が高まっている。しかし、それに関するフランスの現実は様々な矛盾・問題を抱えている。論議の参考に資するために、こうした問題に焦点を当てた、「CAP改革の」改革の一提案を付録として掲げた。