要旨 

方向転換目指すフランス農政―新農業基本法制定に向けて

@1996年3月、シラク大統領の発議で始まったフランスの新農業基本法の制定作業が大詰めを迎えている。前保守中道政権の構想は大方の賛同が得られず、大統領自ら打って出た国民議会解散が裏目に出て与党が敗北、この作業は一時中断していたが、新政権の手により練り直された法律案が昨年10月に国民議会を通過、本年1月の元老院審議を経て、この3月には成立の見通しとなっている。しかし、本稿では昨年12月までの動きしかをフォローできない。

A新農業基本法の基本的特徴は、経済・社会・環境にかかわる農業の多様な機能を確認し、この多様な機能の実現を農業政策の基本的目標に据え、さらにそのための手段として「地方経営契約」という斬新な手段を創設しようとするところにある。それは、とりわけウルグァイ・ラウウンド交渉、WTOの創設と次期多国間交渉、EUの中東欧への拡大により促迫されるEU共通農業政策(CAP)の改革によって危機的状況に追い込まれるフランスの農業と農村を守るための確たる足場を築くことを目的としている。

B92年CAP改革は、国際競争力強化のために補償価格を引き下げ、それによって生じる農業者の所得損失を直接支払によって補償することを主眼とした。しかし、それは、もともと競争力をもつ肥沃なパリ盆地地方の大規模耕種経営は別として、山岳地域を始めとする広大な地域に広がる中小経営の存続を著しく困難にした。フランスの農業経営減少は加速され、農村空間の維持がますます困難になる一方、大規模経営のみが急増、経営と土地の集中に拍車がかかっている。公的援助の大半が豊かな大規模経営に注ぎ込まれる機構は変わっていないし、面積・生産を基準とする直接援助が「援助への権利」を求める経営拡大を助長している。この傾向はEUの中東欧への拡大、WTO交渉をにらんで欧州委員会が提案した「アジェンダ2000」の枠内でのさらなる改革により、一層強まることが予想される。

Cこのような状況のなかで、新農業基本法策定を主導したルイ・ル・パンセック農相は、競争力強化のために補償価格を引き下げ、その代償として直接支払を強化するという方向は、農業者・都市民(納税者)・他のEU構成国・米国等EUの世界におけるパートナーの批判に耐えられず、農業政策の存続そのものが難しくなるとして、新たな正当化理由の上に農業者への公的援助を再構築する道を模索した。良質な食料品や工業原料の供給・雇用(目下の欧州の最優先課題)への貢献・環境保全、市民が期待するこのような農業の多様な機能の実現をめざし、そのために目的と効果を透明にする「契約」的手段を導入する、それが農相の選んだ道であった。

D新農業基本法が導入しようとしている「地方経営契約」は、生産の条件や方法、自然資源の保全、定住の確保、雇用への貢献、公益的サービスの実現など農業経営活動全体に関する一定の約束をする農業者に対し、その代価として公的援助を支払うものである。契約政策は、従来も農業環境政策の領域を中心になかったわけではないが、新たな契約は高品質の産品の生産・商品化のような経済的分野にも拡張され、公的援助の中心的手段に据えられようとしている点で革新的である。

Eしかし、その実現には難題が残されており、特に財源の確保は大きな課題である。農相がとりわけ期待するのは、CAPにおける価格引き下げに伴う直接援助を減らし、こうして浮いたEU予算を契約援助に回すことである。生産や面積に結びついた援助は将来のWTO交渉でも問題化する恐れがあるのだから、その意味でもこのような形でのデカップリングを強化すべきだと言う。かねてからCAP改革による直接援助を批判してきたイギリス等のEU北部諸国は歓迎するであろうし、EU予算への拠出の均等化を強硬に主張するドイツ・オランダにも受け入れやすい。しかし、CAP改革の帰趨は未だ定まっていない。

Fフランスに僅かに遅れて新基本法制定作業が進む日本も、置かれている状況はフランスと酷似している。しかし、食糧自給率100%以上のフランスと、この点では言うも惨めな日本では、選択される戦略的目標は当然異なるであろう。そのための手段も農業・農村、社会全体の歴史的・社会的に規定された特質の相違により、同一ではあり得ないだろう。しかし、フランスも日本も、単なる価格競争では生き残れない多数の経営を抱えており、様々な理由でその存続が求められている。このとき、何らかの直接援助は不可欠であり、それをいかなる理由(名目)で、どのように、どれほど行うべきなのか。このような選択に際して「契約化」が提起した問題と精神は顧慮されねばならないであろう。