介護における口腔ケア

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このページの目次

1.介護のレベルは口を見れば分かる
.経済大国・長寿大国Nippon!要介護者の口は・・・

3.何年も猛烈な痛みを抱えて最期を待つ

.床ずれ対策の次は口腔ケア  
.口腔ケアの大切さ@〜H

.介護者のストレス

.なぜ口腔ケアは難しいのか

.吸引機を使う

.口腔ケアの方法 10.介護について

11.もしあなたの大切な人が寝たきりならば

1.介護のレベルは口を見れば分かる
 半世紀も前に、看護教育の母 バージニア・ヘンダーソンさんが
「看護の基本となるもの」という看護師のバイブル的な本の中に
「患者の口腔内の状態は看護ケアの質を最もよく表すものの一つである」
という一節を残されています。

大熊由紀子さんは
「介護のレベルは、要介護者の口を見ればわかる」と表現しておられます。
そして介護先進国では口腔ケアはとても大切にされています。

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2.経済大国・長寿大国Nippon!要介護者の口は・・・
残念ながら日本の場合、介護認定のアセスメントに口腔衛生の項目すらありません。
近年ようやく口腔衛生の重要性が語られ始めたばかりで、
施設や病院の入り口をはいると床は大理石、天井にはシャンデリアと、
とても豪華なつくりで塵一つなくピカピカですが入院患者や入居者の口の中は、
口腔清掃はおろか口の中を覗かれていないケースも珍しくありません。
歯科の訪問診療においても、入れ歯や虫歯の治療のみで終わってしまい、
その後の口腔ケアまでに至らないケースがほとんどです。
(かつての私もそうでした)

3.何年も猛烈な痛みを抱えて最期を待つ
なかには、意識がはっきりしているのに体の自由が利かず自ら唇を噛みちぎったり
破折した歯の鋭利な先端によって舌や粘膜を傷つけたりの状態で
猛烈な痛みを抱えながらも訴えることすらできない方がたくさんおられます。
 私は、このような患者さんに出会う度に
「もし、自分だったら・・・」と身震いを感じてきました。
そして「歯を診せてもらいに来ましたよ」という言葉に瞳の奥でほっとされます。
私は過去にもこのような身震いを感じた事がありました。
それは大学時代、遺体の解剖をしている時でした。
我々が解剖する御遺体は高齢者の方でしたが、そのほとんどは床ずれの為、
皮膚にほっかりと開いた穴から擦り切れて平らになった腰骨が露出していました。
なかには後頭部の骨まで露出して磨耗している御遺体もありました。
 長い人生を生き抜いた末に猛烈な痛みに何年も耐えて死を待つ・・・
誰がそんな最期を望んだでしょうか。
 私は床ずれを見るたびに生前の地獄の苦しみと無念を思い、
「もし、自分だったら・・・」と身震いを感じずにいられませんでした。
しかしこれほどのひどい床ずれは体位変換とエアーマット、
薬の進歩などの床ずれ対策が進み、今では消えつつあります。
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4.床ずれ対策の次は口腔ケア
床ずれ地獄から寝たきりの人々を救った床ずれ対策は介護の偉大な革命だと思います。
そして次は介口ケア(要介護者の口腔ケア)の番です。
介口ケアを行う事は要介護者にとって床ずれ対策に引けを取らないくらい大切です。
床ずれは猛烈な痛みとともにひどい悪臭が伴います。
床ずれ対策も口腔ケアも決して難しくなく介護者の努力次第です。

床ずれ対策と口腔ケアはよく似ています。


5.―口腔ケアの大切さー
@身体の入り口にバイキンの巣

 口の中は細菌の宝庫で、歯垢 1グラム中に100〜1000億、
唾液1mlには10億もの細菌が生殖していると言われています。
細菌の付着面積は人によってそれぞれで、健康な人では5〜10平方センチメートル、
重度の歯周病の人に至っては70〜100平方センチメートルにもなります。
  身体の入り口に、手のひら位のバイ菌の巣があると考えるとぞっとしますね。
 しかしこれは、重度の歯周病といっても普通の生活をされている人の場合です。
 人は、話をしたり口を動かしたりしているうちに、舌や頬、唇の内側で
汚れを拭き唾液によって洗い流す自浄作用をもっていますので、
会話などの日常の動作によって自然に口の掃除をしています。
ですから、虫歯や歯周病は主に口の動きや唾液の分泌の少ない睡眠中に進行します。
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A寝たきりの方の自浄作用
 自浄作用が活発な健常者に比べ、
口の動きや唾液の分泌が極めて少ない寝たきりの方の口の中は、
不潔になり易く抵抗力が低下しているために
非常に細菌による影響を受けやすい状態にあります。
これは健常者の手のひらほどのバイ菌の巣よりもずっと深刻です。


B口のバイ菌が命取り
 
口腔内細菌が身体に進入する経路として気管、血管、食道があります。
気管から肺へ入って誤嚥性肺炎を、血管からの進入による敗血症、
心臓弁膜での増殖により心内膜炎を引き起こしますます。
また、大半の細菌は胃に落とし込まれることになります。
 
高齢者の三大死因が、肺炎、心筋梗塞、胃ガン、ですので、
口腔細菌は、高齢者の健康に少なからず関与し,
生命に深く関わるもだと考えられます。
口腔内細菌は糖尿病、肥満等全身疾患の原因にもなり、
それに伴う合併症とも大きな関わりがあります。
[To Be or Not to Be]
「生きるべきか死ぬべきか」
17世紀、ハムレットに書かれていましたが、
20世紀のNYタイムズに
[Floss or Die]
「口をきれいにするか死ぬか」
と書かれていました。


C寝たきりの方の異臭
汗もかかない寝たきりの方の異臭の原因で
主に考えられるのは排便と口臭です。
かつては床ずれの臭いもその一つでしたが今では改善されました。

またオムツが進化したため排便の臭いはオムツ交換時に限定されます。
やはり最大の原因は何と言っても口臭です。

D強烈な口臭は人を近づけない
口臭の成分はどぶから湧き上がってくる泡と同じものです。
ひどい口臭はマスクが無ければ近づけないほど強烈です。
幼いお孫さんが強い口臭を経験したなら
二度とおじいちゃんおばあちゃんの顔に近づこうとはしないでしょう。
誰もが顔を遠ざけて接するようになります。

E口臭は部屋の臭い、家の臭い
愛煙家の部屋や車はいくら換気をしてもタバコに臭いが染み込んでいます。
ヘビースモーカーの家は玄関に入った瞬間に既に匂います。
口臭も同じ・・いやそれ以上です。
布団に壁に床にカーテンに・・あらゆる物に染み込んで悪臭の原因になります。
口臭の強い寝たきりの方のいる家や病院や施設は少なくともその階に行けば分かります。

F食事
栄養を計算し味付けを工夫して心を込めて作ったせっかくの御馳走も、
カビがこびりついた舌や歯と歯肉の間に
何日も前の発酵しかけた白身の魚が押し込まれた状態では台無しです。
お口や入れ歯にカビが生えている方もおられます。
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Gこれからの高齢者
8020運動(80歳までに自分の歯を20本残そう)のおかげで
高齢者は総入れ歯・・という時代でなくどんどん歯が残ってきています。
ますます、口腔ケアが重要になってきています。
H近くに顔がある
介口ケアをしていて感じるのですが患者さんは自分の顔に近くに顔がある事が
とても嬉しく安心されるのではないでしょうか。
首の後ろ、付け根、耳の前から顎の下、口の周り
ほんの20秒ほどの間、近くで話をしながらのマッサージも
とても心地良さそうです。
介口ケアによって要介護者と介護者の心の距離も近くなります。

6.介護者のストレス
これまで介護者は要介護者の口の汚れに気付かずにいた訳ではありません。
しかし決して怠けていたわけでもありません。
ただどうしていいか分からなかっただけだと思います。
私のように何度も歯磨きを試みては挫折した経験がお有りかもしれません。
他の仕事が完璧でも一つやり残した仕事があればそれはストレスになります。
それまで多くの心ある介護者が口の汚れを解決できずにストレスを感じてきたと思います。

7.なぜ口腔ケアは難しいのか
特に自分で口をゆすげない寝たきりの人の口腔ケアは、
多くの手間と高い技術を要しリスクを伴います。
それは水の処理が口腔ケアを難しくしているからです。
口さえ開いてもらえば歯磨きは出来るのですが、残渣やブラシを湿らせた水が
口の中に少しでも溜まると、患者さんは苦しくて誤嚥を起こしひどくむせます。
 そして口をゆすいでもらうことになります。
 この口をゆすいでもらうための、
起きあがらせる、水を含ませる、出させる、
という作業が大きな手間と時間をとり、
術者にとっても患者さんにとっても大きな負担となります。
 万一、衣類や布団が濡れるようなことがあれば、
着替えやシーツ交換も必要となってしまいます。
 
また、このような苦労をしても、口を「クチュクチュ」ゆすぐ行為が十分できないので
汚れをきれいに洗い流せずに、思うような結果を得る事ができません。
 労多くして益少なし・・・これが口腔ケアでした。


8.吸引機を使う事によってクリア
私自身、寝たきりの方の口腔ケアはとても苦労しました。

試行錯誤を繰り返して吸引機を使う事によってクリアしました。
昔歯科の大手メーカーが
「患者に口をゆすいでもらわずに治療をしよう」というふれこみで
背もたれが起き上がらないベットのような診療台を開発しました。
この製品は、今では姿を消してしまいましたが
この原理を元に吸引機と噴霧器を使った口腔ケアを思いつきました。
詳しくは左MENUにある吸引機による口腔ケアをご覧下さい。

 



9.口腔ケアの方法
 口腔ケアは要介護のレベルや口の中の状態によって異なります。
 例えば、寝たきりで歯牙が多く残っている方は、日常のブラッシングに加えて
週一回の歯科衛生士による口腔清掃や月一回の歯科医による検診が理想です。
 ご自分で歯磨きができる方は、動機付けを行って、月一回、
点検と評価をしてあげると、それを励みにしっかり歯磨きをしてくださいます。
 ご自分で歯ブラシを操ることや歯ブラシによる口への刺激は、
細胞の活性を促しリハビリやぼけ防止にも役に立ちます。
 しかし、時として歯ブラシによって歯肉や粘膜を傷つけていることもあります。
 まずは、歯科医による検診と歯科医や歯科衛生士による
TBI
(歯磨き指導)PTB(専門家による歯磨き)
を受けて、その方に合った方法で歯磨きをしてもらいましょう。
 どの先生が往診をしてくださるかが分からないようでしたなら、
市役所や保健所、地元の歯科医師会に相談しましょう。
地域や担当の先生に差し障りなく都合が合うようでしたなら、
お話や歯磨きに伺います。
(費用は必要ありません。メールにてご連絡下さい)

 

10.介護について 
 えらい人、強い人、声の大きな人の要求は、よく通りますし叶えられます。
(「叶」という字の由来は口で十回言ったら現実になる・・・というところからでしょうか?)
そして要求に応えると誉めてもらったり見返りがあったりします。
介護は、自分の努力が自分ともの言えぬ患者さんにしか分からない評価されにくい仕事です。
だからからこそやりがいがあるのではないでしょうか。  
  幾千幾万の感謝の言葉より、物言えぬ人に瞳の奥で感謝されるほうが
嬉しいですよね。
 特に私は単純なものですから、 当たり前のことを当たり前にするだけで、
なにかいいことをしたような気持ちになってしまいます。
 私は、介口ケアによって要介護の方にそんな幸せをもらっています。
介護職に限らず、身内の介護をされる家族や親戚においても
  要介護者を支えながら必ず要介護者に支えられエネルギーを与えてもらっています。
私はこれが介護の基本だと思います。
  前述しましたように、病院や施設等のプロが行う介護の現場でも、
口の中への関心が薄く、放置されたままの状態があまりにも多いようです。
介護される方はきっと気付いておられるはずです。
幾度かはなんとかしようと試みられたはずです。
しかし、介口ケアの難しさ大変さに患者さんの負担も考えた上で
あきらめざるをえないのだと思います。
是非、吸引をしながらの介口ケアを試してください。
 この瞬間も寝たきりの方は、汚れた口で食事をしバイキンを体の中に垂れ流し、
猛烈な口臭を吐きながら生活されています。
 介口ケアに目覚めて、要介護者、特に自分で口をゆすげない重度の障害を持つ皆さんに、
より快適な生活を提供してあげてください。

11.もしあなたの大切な人が寝たきりなら
お見舞いに行った時に楽しい話題で笑ってもらってください。
そして口を意識して見てください。
もし、歯が汚れていたり、歯が無かったなら口の手入れや入れ歯の管理を
誰かがしているのか、本人や家族にたずねてください。
特別なにもしていないようなら、
「病人は特に口の手入れが大事だと聞いたから、一度歯医者さんに診てもらったら?」
と薦めてあげてください。
近所の歯科医院でも本人やかかりつけの歯科医院でも診てくれると思います。
だめなら地域の歯科医師会に相談されると確実です。
お困りならば私にメールをください。
口の健康はとりわけ寝たきりの方には大切です。
歯科医や歯科衛生士は必ず大切な人のお役に立つと思います。

歯学博士・ケアマネージャー 山中善樹

りん落感に苛まれ、無味乾燥な闘病生活。
それでも、お風呂上がりは皆さん穏やかな表情で幸せそう。
口腔ケアも同じです。
窓から望む青空も口腔清掃を終えて
スッキリした気持ちで眺めれば気分も晴れます。