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フランスの農畜産品品質マークの現況

農業情報研究所(WAPIC)

03.5.27

 フランス農民が農産物価格の周期的・長期的下落傾向に喘いでいる。グローバリゼーション・国際競争の激化による価格低下の傾向が、もともと不安定な農産物価格の変動を一層激しいものにしている。価格低下傾向は収入増加を目指す増産と一層の規模拡大の誘因としてはたらく。それがますます市場を不安定にする。1999年農業基本法の提案理由説明で、当時のルイ・ル・パンセック農相は、フランス農業政策が「最も競争力が強い世界の競争者と同じ価格」での競争を唯一の目標として定めるならば、「フランスの少なくとも30万の経営を破壊するような価格でのみ可能なこと」であると述べた。この恐れが現実のものになりつつある。1988年に102万を数えた農業経営数は、2000年には66万にまで減ってしまった。

 ル・パンセック農相は、「高付加価値産品」にのみフランス農業の生きる道はあるとして、「雇用の維持・自然資源の保全・食料の品質の改善」を優先する農業政策の手段としての「経営国土契約(CTE)」を提起した。この路線は、右派勢力の抵抗もあり、決して順調に進んでいるわけではない。しかし、価格低迷のなか、高付加価値製品に活路を求める農民は着実に増加している。

 その一つの現われが、統制原産地呼称(AOC、EUレベルではPDO)、赤レベル(Label rouge)、産品適合認証(CCP)(後の二者はEUレベルではPGI)の認証の下での経営数の増加である。これら産品には、フランスでは「品質マーク」(signe de qualité)と呼ばれる公認のラベル(下図参照)が付され、その真正性が保証される。品質マークは農産物または食料品の品質や原産地、あるいは生産方法の「識別マーク」として機能する。

 なお、フランスには、これら三つのマークに加え、有機生産方法の生産物であることを認証する有機産品マーク、山地(法的に区域を指定された)が原産地であることを認証する山地マークも存在する。99年農業基本法は、このようなマークの取得を農業の「多面的機能」の維持と発展の重要な手段と位置付け、奨励策を講じたのである。その「生産物の品質・識別・安全保障」に関する第X章は、冒頭(第75条)で、この政策の目標を次のように定めている。

 「農産物、海産物、もしくは食料品の品質並びに原産地の分野で推進される政策は次の目標に包括的かつ均衡の取れた方法で応えねばならない。

 −消費者情報を強化し、その期待に応えるために、生産物の多様性、その特徴並びにその生産方法もしくは原産地の識別を促進すること、

 −明確な市場の分割により農業食料部門を強化し、生産物の品質を向上させること、

 −ノウ・ハウと産地の開発により、農業・食料生産を地域に定着させ、特に条件不利な農村地域での経済活動の維持を確保すること

 −農産物、海産物、もしくは食料品の増加価値を農業者及び漁業者、加工業者、販売企業の間で均等に配分すること。」

 続く第76条は、「農産物もしくは食料品の品質並びに原産地は行政当局による識別マークの交付の理由をなすことができる。これら識別マークには統制原産地呼称、ラベル、適合認証、有機的生産方法認証、”山地”呼称が含まれる」と定めたのである(注1)。

 この小レポートは、AOC、ラベル、適合認証に限定して、このような政策に対応する「高付加価値化」の進展状況の概要を報告しようとするものである。ただし、ワイン生産に関係したこのような動きは別に紹介したので(フランス:ブドウ・ワイン産業の構造変化ー国際競争激化で「品質」に賭け,02.11.19)、ここではそれ以外の部門での動きを報告する。

品質マーク産品の増加

 これらマークの取得は決して容易なことではない。しかし、それだけに、これら産品の価格は標準的な大量生産品を上回る、比較的安定した価格で販売される。

 AOCは国立原産地呼称機関(INAO)の提案に基づいて国が承認するもので、生産地は厳しく限定され、詳細な生産条件を守り、高い世評を確立したものでなければならない。(赤)レベル産品は品質が高級で、基準書に定められた特徴に対応する産品でなければならない。CCP産品は生産・加工・調整に関する基準書の条件を満たさねばならない。ラベルとCCPの基準書は農産物・食料品ラベル・認証全国委員会(CNLC)が有効性を承認、その提案に基づいて国が承認する。AOC、ラベルの認証を受けた産品は、同時に、ほとんどがEUレベルのPDO(AOCのみ)ないしIGPの認証を受けている。

 AOCやラベルの認証制度は決して新しいものではない。しかし、この認証を受けるための条件は厳しく、マーク取得者は極めて限定されてきた。特に、AOCは、大部分がワインにかかわるものであった。ワインを除けば、1995年まで、29のチーズ等乳製品と他の二つの製品にAOC認証が与えられたにすぎなかった。それにもかかわらず、90年代後半以降、これらマークの取得への動きが強まった。2000年のAOC乳製品は42に、その他のAOC産品は16にまで増えた。現在のEUレベルでのPDO、IGPへの登録状況は下の第1表のとおりである。

 第1表 フランスの保護原産地呼称(PDO)・保護地理表示産品(PGI)数

 

PDO

PGI

チーズ

37

4

41

生食用オリーブ

3

 

3

肉ベースの製品

 

4

4

野菜・果実・穀物

7

11

18

生鮮肉(内臓含む)

3

45

48

砂糖菓子

 

1

1

ホタテ貝

 

1

1

生クリーム

1

1

2

蜂蜜

2

 

2

飲料

2

2

4

バター

2

 

2

オリーブ油

4

 

4

芳香油(ラベンダー)

1

 

1

乾草

1

 

1

63

69

132

 適合認証(CCP)マークは1990年に制定された比較的新しい制度である。上の二つに比べると、この取得は多少容易なようである。90年代後半以降増加が目覚しく、95年までの63から現在は318にまで増えた(下の第2表参照)。

第2表 適合認証産品(03.5.19現在、http://www.cepral.com/による)

 

-1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

動物飼料

1

 

1

1

 

 

 

 

 

3

豚肉製品

3

2

1

2

1

3

 

 

 

11

穀物

1

 

1

1

2

1

2

 

 

8

雑産品

4

6

 

3

1

1

1

 

 

16

果実

7

4

9

11

 

 

1

1

 

33

うさぎ

1

1

2

 

 

6

 

 

 

10

野菜

4

4

5

12

3

6

3

 

 

37

2

 

 

2

 

 

 

 

 

4

海産物

3

2

 

2

1

 

 

 

 

8

酪農品

1

2

1

 

1

 

1

 

 

6

牛肉

8

7

16

1

3

4

1

 

 

39

牛挽肉

2

3

3

 

 

 

 

 

 

8

子羊肉

3

1

 

4

2

2

 

 

 

12

牧草飼子牛肉

 

 

 

 

 

 

 

 

1

豚肉

5

2

 

31

子牛肉

7

1

1

3

1

3

3

 

1

21

家禽肉

10

5

2

13

17

16

5

1

 

69

累計

63

103

151

210

243

291

314

317

318

318

品質マーク産品の経営・経済上の比重

 こうして、これら産品の生産にかかわる農業経営の比重は無視できない高さになっている。

 2000年農業センサスによれば、66万4千の農業経営の14%に相当する9万3千500の経営がAOC産品にかかわっている。その圧倒的部分はブドウ経営であるが、果実の2千500経営、シードルまたはオリーブ油の1千500経営も目立つ。ただ、経済規模でみたAOC産品の比重は、ブドウ栽培で85%に達するのに対し、酪農では5%、果実で1%にすぎず、その他では1%にも達しない。

 ラベル産品経営は、特に畜産部門で多い。牛では1万7千500、家禽で6千300、羊・山羊で4千100の経営がこれにかかわる。経済規模でみると、ラベルの比重は牛肉と家禽で17%、羊と山羊で13%に達する。豚肉でも7%と無視できない比重を占めている。

 急増している適合認証制度の下での経営は、牛で8千200、豚で2千700、家禽で2千と、やはり畜産経営が多い。経済規模の面でみると、豚で21%に達する。次いで家禽13%、果実11%となっている。

 品質マーク産品全体でみれば、経済的比重が最も高いのは、(ブドウ部門を除き)家禽部門(30%)、豚肉部門(28%)である。これら部門の価格変動は最も激しい。品質マークが価格変動の影響を遮る防波堤となっている。次いで比重が高いのは繁殖母牛(23%)であり、これは中央山塊など山岳条件不利地域の中心産業をなす。羊・山羊(17%)、果実(15%)は南部の乾燥条件不利地域の中心作物をなす。酪農における品質マーク産品の比重は低いが(9%)、特にAOCチーズ(5%)は、牛乳のほとんどをチーズに加工する多くの山岳地域の農牧業の活性の維持に不可欠の存在となっている。品質マークが多様な農業と農村の維持に極めて重要な役割を演じていることが知られる。

販売促進活動と価格差

 しかしながら、ただ品質マークを取得するだけで成功が保証されるわけではない。品質マーク産品がこれだけ増えれば、とりわけ新たに認証されたほとんど無名の産品はもちろん、AOC産品でさえマーク取得と生産のコストを償う市場の獲得は容易なことではない。消費者に産品を売り込む販促活動が不可欠である。その政策的支援がなされてきたし、EU共通農業政策(CAP)の新たな改革案もこれを強化しようとしている。販促活動の実態や成果は研究されてこなかったが、最近、フランス農水省統計局の調査がその一端を明らかにした(AOC, labels et CCP se différencient par leurs prix et leurs actions de promotionÀ chaque produit son signe de qualité ,Agreste Primeur,n° 128 - mai 2003)。

 それによると、AOC産品の宣伝は、言わずもがなの原産地や美味を強調することなく、製品の独特な性質と伝統的品質を売り込んでいる。環境保護や耕作・飼育条件は無視している。出版物・小冊子・メディアを通して、外国向けを中心に、国内・地域内向けの活動も行なっている。

 ラベル産品は地方名を連想させることを優先している(ラベルはもともとの地方的ラベルを国家レベルに昇格させたものである)。その品質は呼称そのもので表現されている。それは産品の伝統的性格も売り込む。地域内向け宣伝を優先し、販売所・出版物・小冊子を使っている。

 畜産にかかわることが多い適合認証(CCP)は、衛生・安全性を前面に押し出している。味や環境保護の売り込みは滅多にない。国内・地域内向けに宣伝している。宣伝方法はラベルと同様である。

 この調査は、こうした宣伝活動の特徴の違いは価格差を反映していると結論している。価格はAOC産品が最も高く、CCP産品が最も低い。調査報告が掲げる2001年の平均価格は次の通りである。

第3表 品質マーク産品の価格差(CCP産品=100

 

CCP

ラベル

AOC

家禽肉

100

147

440

生鮮牛肉

100

127

生鮮豚肉

100

114

牛乳チーズ

100

119

123

品質マークの利益の維持

 マークの増大は、その利益に与ろうとする類似品や消費者の誤認につながる類似マークの氾濫によるマークの利益の蚕食への対抗措置の強化も要請する。マークは、もともとこうした行為を誘発する性質をもっていた。原産地呼称チーズ・「サン・ネクテール」の例をあげよう。

 中央山塊ドーム山地の「サン・ネクテール」は牛乳生産者が1935年以来改良を重ねてきた独創的な名産チーズである。しかし、1950年代、品質だけでは競争力が維持できなくなる。このチーズは、一般的には農家や手工業組織を通ずる生産者による第一段階の加工の統制、古くから地方に住む小商人による仕上げと販売の統制によって高い品質を維持してきた。ところが、1950年代前半、数人の仕上工が伝統的山地外で外観がほとんど区別のつかない低品質のチーズを製造、安く販売するようになった。これによって、サン・ネクテールの価格は低下した。この危機は、チーズの原産地呼称を制定し、生産物の地理的範囲と製造・仕上の条件を定める法律の制定(1955年11月28日)で切り抜けることができた。1959年には、生産者の識別が可能なマークを付けることが義務付けられた。こうして高価格が維持されることになったのであるが、1960年代に入ると、同じ中央山塊の「カンタル」チーズの価格低下に見舞われた酪農工場がサン・ネクテールの高価格に目をつけ、1963年にその製造の技術的条件の一部の廃止を勝ち取る。こうして1964年にはサン・ネクテールの「工場生産」が始まった。工場の集乳網は広がり、新たな工場が立地、その工場生産が急増した。

サン・ネクテール農家加工場

 この工場生産増大はドーム山地の酪農経営の生産技術も変えることになった。頑健であるが泌乳量の少ない従来品種がフリージアン、モンテベラードに置き換えられ、この品種の転換が飼料生産や飼養技術の変化を不可避にした(窒素肥料の利用、濃厚飼料購入、サイレージ利用)。この変化は、同時に大きな投資を伴う(機械化、畜舎、搾乳施設、サイロ)。ドーム山地の酪農が平地並みの「集約化」、規模拡大の道を歩み始めたのである。しかし、山地の自然条件・地理的条件の下でのこのような「近代化」は、平地に比べて多大なコストを伴い、その経済的成果は限られる。

 ともあれ、牛乳生産の増加は、労力面から、早晩、チーズの自家加工の維持を難しくする。自家加工する牛乳生産者は急減した。1961年に2千200を数えた自家加工生産者は、現在では300に足りない。牛乳を工場生産のサン・ネクテールの原料として出荷する生産者は1千近い。現在の原産地呼称サン・ネクテールには、これら自家加工生産者と工場生産者、新たに加わった有機生産者が生産する3種類がある。原産地呼称のお陰でチーズの価格は比較的高く維持されているとしても、「垂直統合」に組み込まれた多くの牛乳生産者に払われる乳価は全国市場の価格に縛られることになる(注2)。

 このような事態は中央山塊だけではなく、他の多くの山地でも進行した。アルプス山地のエメンタールは、原料乳価の安いブルターニュで生産されさえする。原産地呼称カマンベールとしてはノルマンジー・カマンベールしかないが、それとは似てもつかないカマンベールが氾濫している。

 99年農業基本法は、原産地呼称の詐称だけでなく、それと誤認させるような表示を使用する者にも刑事罰を適用することを規定するなど、不正行為の防止措置を強化した。しかし、マーク承認条件の一層の厳格化がなければ、マークの利益の蚕食は避けられないように思われる。他方、こうしたマークは、今や、これを隠れた保護主義とする国際的批判にも曝されている。最近、米国は、フランスの品質マークが依拠するEUの「地理的表示」を国際ルール違反としてWTOに提訴した(EU食品品質政策の危機、米国が地理的表示をWTO提訴,03.5.17)。品質マークの防衛はEU全体の重要課題となってきた。

 注1)北林寿信「フランスの新農業基本法[資料]」、『レファレンス』 1999年12月号、87-88頁。

 注2)サン・ネクテールに関する記述は、Gilles BAZIN,Quelles perspectives pour les agricultures montagnardes?:exemples du Massif Central Nord et des Alpes du Sud,INRA,Grinon,1986及び筆者の現地調査による。