『…り返す。オペレーションを開始せよ…』
数人の男たちが。
その指令に、無言でうなずいた。
いかに夜とは言え、月光を照り返し、かすかに明るい砂漠において、大きめの岩陰に隠れた……その黒ずくめの集団の放つ気配は、たとえようもなく異彩だった。
…だが、それにも気付かぬ様子で、呑気に雑談など交わしながらこちらに歩み寄ってくるのは、今まで会場の警護に当たっていた衛兵たちであった。
そのうちの数人が、まるで腫れ物を扱うがごとく、肩口に抱える、細く長い何か。
王国秘蔵の宝物庫から取り出された、競り市の品……〈ダイナソア〉に違いなかった。
品見せを終え、競りにかけられる時まで、倉庫に厳重に保管される予定なのだ。
だが…その予定は、若干の変更を余儀なくされることとなる。
「…当該武具、確認。これより、実働任務を開始する」
小さく。
刹那…岩陰から、闇色の影が、躍り出た。
特殊なブーツによってかき消された足音は、砂を疾風のごとく巻き…列の先頭の衛兵に殺到した。
「…?!」
手にしていたカンテラの灯に、微かに照らし出された。黒く蠢く人影。
一人、二人…数えられたのはそこまで。
後頭部への鈍痛は、衛兵の意識を途絶させた。弛緩した手からはカンテラが落ち、一瞬だけ、
その場の光量が…包み込もうとする闇に凌駕された。
「なっ!貴様ら、一体…うわっ!」
「何奴だ!誰か!誰か、ぐ!…ぅ…あ」
声、また声。
最後は悲鳴だったか。
やがて…静寂。
その場に立っているのは、黒ずくめの男たちだけだった。
残存戦力無し。確認すると、地面に落下し、しかし未だ弱々しく灯を保つカンテラを次々に吹き消し、より完全なる闇を、空間の隅々にまで流し込んでいく。
その作業も完了した頃、ふいに、一人の男が、耳元の黒い箱を操作し、言った。
「…部隊より司令官。部隊より司令官。殲滅完了。〈聖剣〉らしき武具を確認」
『よろしい。続けて認証作業を』
唐突に流れた、誰か女性の声に応じ、男の一人が、胸元から小さな瓶を取り出し…その中の透明な液体数滴を、槍の刃の部分に音もなく落とした。
落滴の音は小さく…生じた光は、大きく。
突き上げられ、包み込まれるような、刹那の発光。
冷たい槍の表面が、滴った液体と反応し、輝きを発しているのだ。
確認し、うなずき合うと、なお止まない光を封じ込めるように、厳重に…何重にも、〈ダイナソア〉に布を巻き付けた。
それでもまだ、微かに漏れる輝きに目を細めながら、男は、
「……パターン、ポジティブ。司令官に報告、当該武具を〈聖剣〉と確認。当該武具を、〈聖剣〉と確認」
『了解。オペレーションを最終段階へ移行せよ。現場からは速やかに撤収。通信は以上』
それきり、声は途絶えた。
その後男たちは、身を包んでいた黒ずくめの衣服を脱ぎ捨て、その代わりに、すでに拘束し、〈ダイナソア〉が保管されるはずであった倉庫に放り込んである衛兵たちから剥ぎ取った貫頭衣に袖を通した。
首もとの布を目深に被れば、この闇夜、誰がそれを不審者と疑うか…。
ダイナソア…〈聖剣〉ダイナソアに、入念に布を巻き付け、二人ががりで大事に担ぎ上げ、運んでいく。持ち去るような真似はしない…衛兵たちがしようとしたように、競り市の会場へと、運び込む…
指令であり、作戦だ。
目標を、おびき寄せるための、撒き餌。
その、最高級の誘惑を…彼女が、拒む理由は、どこにもないのである。

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