村長の額に浮かぶ汗は、決して健康的の種類のものではなかった。
「や、止めてくれ!アンタら一体…!」
「動くな。作戦の遂行を妨害するなら、排除も辞さんぞ」
肉厚の短剣を突きつけられ、村長は言葉に詰まった。鋭利な刀身…人間の首など、簡単に落とすだろう。
恐怖に縛られた体は動かず、逆らう間もなく後ろ手を取られてしまう。
もう夜だというのに、村の広場には、ほとんどの村人が強制的に集められていた。皆一様に刃物を突きつけられ、動けないでいる…女子供も、例外ではない。
数刻前、突然村に現れた数十人の男たち。
対弾耐刃繊維が幾重にも編み込まれた戦闘服に身を包み、小型望遠鏡に似た暗視鏡を装着し、特殊加工された武具をいくつも携帯した、特殊部隊。
どう見ても、旅行客とは思えない。たとえ経歴や装備の詳細を知らなくとも、そのくらいの判断はできる。
それほど、剣呑で物騒な集団だった。
そんな黒い人垣の後方から、一人の男が進み出てきた。
ひときわ発達した体躯と〈王国連合〉軍所属指揮官にのみ着用が許される深緑色の戦闘服。
村長がもう少し国際情勢に詳しければ、その男がこの部隊の隊長であると理解できただろう。
「ここに、今日…聖装束を着た少女が訪れたはずだ。ここに連れてこい」
「そ、そんな奴は…いない」
「そうか」
うなずくと、隊長はおもむろに胸元を探り、拳大の、丸く黒い果物のようなものを取り出した。
その先端に接続されていた金具を取り去り…軽い動作で、近くに建っている小屋に向け、放った。
ころころと、少し地面を転がった後…炸裂。
あり得ない位置、場面での発火だった。村人は一様に伏せ、手で頭を押さえた。
その様子を、男たちは低い声音で嘲笑しながら、爆発の勢いで燃えだした小屋を見つめている。
「…さて。聞きたいことがある。ここに、今日…聖装束を着た少女が訪れたはずだ。ここに連れてこい」
同じ質問。しかし。村長のもとには、同じ答えしかない。うろたえることしか、できない。
「早くしろ。これ以上寝場所を少なくしたいのか?」
「や、やめろ!いない!本当にいないんだ!ここには!」
「…よほど、野宿が好きと見えるな」
胸元から、もう一つ、炸裂する黒き果実を取り出そうとした、そのとき。
「レナスお姉ちゃんなら、いないもん!」
一人の、少年。恐れるだけだった村人たちの中から転げるようにして、広場に駆け込んできた。
「ティ、ティム!なにしてるの…こっちに、もどってらっしゃい!」
母親らしき女性が悲鳴を上げたが、少年は昂奮しきっているのか、聞こうとしない。
「レナスお姉ちゃんは、いちりゅーのあんさつしゃだから、おまえたちなんか、やっつけちゃうんだもん!」
「…そうか。それは、楽しみだな。それで、その一流の暗殺者は、一体今、どこにいる?」
隊長の声音はことさらに冷たく、固い。子供を尋問して真実を得られるなどとは思っていない…ただ、
村人への効果的な心理重圧をかけられる。
「どうした…いないのか、暗殺者は?」
「…っ!」
少年の脳裏に…昼間教わった、あの技がよぎる。
お姉ちゃんの技だ…きっと、こいつだって!
幼き純真は、己を、そして他を疑うことを知らない。拳を握りしめる。
決心が固まる、その、寸前。
『…隊長!』
耳元に当てられた、小型の通信機が振動した。この交信パターンは、空挺機からのものだろう。
少年から視線を外し、応える。
『こちら空挺部隊機…街道上で、馬車にて逃亡中の〈ヴァルキリー〉を発見!現在交戦中です!』
「了解した。可能であればそのまま撃滅せよ。不可能ならば、我々の待機地点まで誘導しろ」
『空挺機了解!よし、接近するぞ!各員姿勢を固定しろ!』
隊長は、そのまま事態を静聴することにした。あの機体は、最近配備されたばかりの最新鋭型。
崖の高さから地上の獣を射抜く精度と機動性を備えている…逃げ切れる人間など、いない。
その証拠に、耳元の通信機からは、順調に接近中との声が頻繁に聞かれる。
『…たしは!…ーナ・ロレン…です!過ちがあったな…謝罪しま…!償いも…す!主の御名において…だから…!!』
雑音に混じった声。〈ヴァルキリー〉だろうか。
『隊長、〈ヴァルキリー〉と同行している民間人が、何事か叫んでいますが…』
「かまうな。支障になるようであれば、排除しても構わん」
にべもない声。通信機の向こうの兵士も、反論はない。
『はは…了解!爆撃手!次でケリをつけるぞ!』
終わったか…目を閉じた、瞬間。
『…うわぁぁっ!!』
隊員の一人の悲鳴が、ゆるみかけた隊長の鼓膜と精神をしたたかに打ち付けた。
こちらまで悲鳴を上げそうになりながら、その代わりに大声を上げる。
「こちら地上部隊!なにがあった?報告しろ!」
『た、隊長!そ、それが…ぁあっ!』
なおも止まぬ悲鳴…その後ろから聞こえる、何か争うような衝突音。
『ばかなっ…どうやってここに!』
『は、早く追い出せ!外に落とすんだ!』
『この、小娘っ…ぐ?!ぁ…』
機内の混乱は、聞く限りでも尋常ではない…何があったのか、問う声は自然と荒くなる。
「空挺機!状況を冷静に説明しろ!〈ヴァルキリー〉はどうした!」
『そ、それが…〈ヴァルキリー〉が、き、機内にっ!』
『や、やめろ!それに触れるな…ぐぉっ!が…は』
『このままじゃ墜落…!隊長!こちら空挺機、緊急事態…!!』
「どうした!空挺部隊、応答せよ!応答…」
返事はなかった。その、代わりに――
大爆音…昼夜逆行したかと思わせる閃光と、肌を焦がす熱風と…村人は悲鳴を上げ、瞬く間に森の中で上がった火の手を、倒れ伏しながら凝視していた。
二度の未知の発火にさらされ、表情は恐怖に満ちている。青ざめた顔に囲まれながら、隊長の顔は、逆に紅潮していった。
「空挺機!応答しろ!空挺機ッ!!」
「隊長…空挺機、反応消失。恐らく、今のは…」
悲観的な報告だが、受け入れざるを得なかった。〈教会〉文化圏に、あれほどの大爆発を起こす物質は珍しい…さらにそれが、森の中に放置されている可能性など無いに等しい。
炎と、煙と、光と、熱と。
赤く、白く、視界を埋め尽くす炎の壁。
その、向こうから、一人の、少女が、歩いて…きた。
熱風に、赤々と照らされてなお鮮やかな銀髪と、傷ひとつ、すすのひとかけらすらも負わぬ、純白の聖装束…張り付いたような無表情は、自らの行いに対する徹底した無自覚と無感動からのもの。
報告通りの外見、所作…凶暴性。
間違いない。あれが、そうだ。
「〈ヴァルキリー〉を、肉眼で確認…」
状況から、冷静に分析…私情を挟まない判断を下すとすれば。
落とされたのだ。〈王国連合〉技術の粋が…たった、一人の人間に。
信じられない事態だが、考えられない話ではない。確かにあの機体、外殻は頑丈だが、操作を担当するのは、人間。
そこを叩かれたか。そこを叩けばいいと、気付いたのか…。
闘争本能は、鉄より固い。
誰かが言った根拠のない精神論を、今さら信じる気にはなれなかったが…。
「部隊を、展開。部隊長権限において最高危険度を認定、すべての兵装の解放を許可する」
宣言すると、隊長は、さきほど食ってかかってきた子供を、後ろから強引に引き寄せた。
喉元に刃を突きつける…同じように他の兵士たちも、村人への牽制を忘れない。
心理的優位を整え、隊長は、口火を切った。

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