+-短編「月光浴」-+

月光浴












 満月を見上げ、空になった杯に手酌で酒を足す。
 ただ静かな時間。じっとこうしているだけで飽きない。
 月見の趣味があるわけではない。膝に、暖かな温もりがあるからだ。
 月明かりに淡く照らされた寝顔は、まだまだ幼い。戦場での夜叉の如き戦ぶりが嘘のような、穏やかで安心しきった表情。
 ふ、と顔が笑む。その気配を察したわけではないだろうが、うう、と小さく唸って顔を顰め、薄く目が開いた。
「………ん……?」
「目ェ覚めたか、幸村」
「…うぅ…」
 頭が重いのだろう。のろのろと元親の膝を抱えるような仕草で、うつ伏せになってしまう。
 微笑して、頭を撫でてやる。
「あー、寝てろ寝てろ。もうちょっとしたら床に運んでやっからよ」
「………」
 うぅ、ともう一度唸る。聞こえているのかいないのか、分かっているのかいないのか。こうしていると本当に只の可愛い子供だ。
 酒は苦手な様子だったので、甘酒にほんの少し元親の酒を混ぜてやった。それがかえって悪かったのだろう、幸村は普通に酒を飲ませる よりも悪酔いしてしまった。立ち上がる事も出来ずに座ったままぐらりと体を傾げ、倒れ込んだのである。
 それを機に酒席をお開きとし、元親は自分の部屋へ幸村を運んだ。無論客人に部屋は用意してあるが、様子が心配でもあったし、 限られた時間しか会えないのだから、少しでも傍に居たかった。
「…………………う…ん、……あ…もとちかどの…?」
 結局意識が浮上してしまったのだろう。幸村は目を擦りながら、のろのろと体を起こした。
「…あ…、それがし、大変な失礼を…」
「気にすんな。酒混ぜたこっちも悪ィんだから」
 ふらつく体を支える為に肩に手を回し、ついでだとばかりに抱き寄せる。いつもならうろたえる幸村だが、本気で調子が悪いのだろう。 大人しく体重を預けてきた。
「…元親殿」
「ん?」
「月明かりとは…思いの他心地良いものにござりまするな…」
 幸村はぼんやりとした様子でそう言うと、また瞼を閉じた。
 やれやれ、本当に子供だ。元親はその背中を撫でて、杯の酒をぐいと飲み干した。

「…どうせなら俺の傍が気持ち良いって言って欲しいね」




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