+-短編「日向ぼっこ」-+

日向ぼっこ












 斬り合うことしか知らないと思っていた。
 斬り合うことしか出来ないと思っていた。

 紅蓮の鬼と恐れられた宿敵が、まさか仔犬のように膝に甘えてくるようになろうとは。

「…まァ、アンタも似たような事考えてんだろうけどな」
 戦場の蒼い稲妻と呼ばれた男の傍で、自分が無防備に昼寝などしているとは、夢にも思っていなかっただろう。
 小さく苦笑を零す。だが、それは苦々しいものではなく、困り笑いと表した方が近い。慕われているのは喜ばしいが、このあまりの 危機感のなさはどうにかならないものか。
 上杉・武田・伊達の三者同盟が成され、一先ず奥州近辺は落ち着いている。西のほうで織田・豊臣・徳川がやりあっているが、そこに 明智の謀反やら何処ぞの新興宗教の進出やらが絡まって、同盟を組んだこちらにまでは手を出す余裕がないらしい。
こちらはこちらで彼らに下手に手を出されるのは厄介なので、今回の同盟は事の他強固だ。だからこそこうして、上田城を預かる身である 信玄の懐刀が、客将として奥州に長期滞在することができる。
 その事についても、政宗は困っている。
 戦場ではない場所で相対した真田幸村は、たった二つしか年齢の違わない政宗が、敬愛する信玄と肩を並べる人物であることに…つまり 一国を治め人心を集めていることを大変に尊敬し、無邪気に、だが礼儀正しく懐いてきた。
 政宗も政宗で、炎の化身のようだった戦場での彼と、平素の彼との強烈なギャップを大いに気に入り、もっと新しい一面はないかと あれこれ構ってしまう。
 使者として訪問してくるくらいで丁度よかった。こんなに長い間この腕の中に居られると、勘違いしてしまう。
 彼を、手に入れてしまったと。
 幸村の忠誠は信玄に捧げられたもの。いずれ必ず離れていく。分かっている筈の事を、忘れてしまいそうになる。
 栗色の柔らかい癖っ毛をふわりと指先で遊ぶ。んん、とむずがって、ぼんやりと幸村が目を開けた。
「…ん〜」
 子供のように喉を鳴らしてごろりと仰向けになり、目を擦る。
「おい。腫れるぞ」
 その手首を取って、幸村の肩を抱える。足を崩して、彼を抱え込むようにして自分もごろりと横になった。
「…まさむねどの…?」
 ぽやんとした声に、ぷっと笑ってしまう。これは絶対にまだ寝ている。
 ぽんぽんと頭を撫でて額にキスを落とすと、むにゃむにゃと素直に政宗に身を預けて目を閉じ、寝息を立て始めた。
 手放したくない。どうすれば奥州へ足止めできる。そんなことを今から考えてしまう自分の独占欲にまた苦笑を零して、幸村の頭を胸の 上に抱え直し、自分の腕を枕にして目を閉じる。

 暖かいのは陽の光か、それとも幸村の子供体温か。




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