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for DREAMING-EDEN

第十章
『出航』

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 ミネルバ出航の朝。
 奇しくもその日、早朝の緊急会見でオーブ政府は大西洋連邦との条約締結を正式に決定したことを発表した。調印はカガリ・ユラ・ アスハ代表首長とユウナ・ロマ・セイラン宰相の結婚式の後に執り行われ、日取りは一週間後。
 その情報は当然、シンの耳にも入っている。夜勤だったヨウランが緊急政見放送に気付いて慌てて部屋に通信をかけてきた、というのが 実際だが。
 すぐに覚醒したレイとは対照的に寝惚け眼を擦りながらテレビのチャンネルに合わせると、あのいけすかないアスハの女が、二年前オーブ を蹂躙し自分から総てを奪っていった地球連合と軍事同盟を結ぶことを決定した、と淡々と発表していた。その目はまっすぐにカメラを 見据えており、原稿に目を落とすこともない。
 つまり、それがあの女の意志だということだ。彼女にとっても愛する祖国だろうに、その祖国を焼け野原にした連中に庇護を乞い、 支配に頭を垂れるのだと……。
――――違う…あいつは最初っから、そういうヤツだったんだ!! あの時だって、自分が英雄の名声を得るために、オレ達を見殺しにして、 そのまま放ったらかしだったじゃないか!! あいつにオーブを本当に愛する心なんてないんだ!!
 しかも、よりによって同時に結婚だと!?
 てっきりアスラン・ザラと恋仲なのだと思っていたのに、あっさり別の男と結婚するというのか!?
 わなわなと握った拳が震え、そしてそれは憤慨のままに枕へ振り下ろされた。

 オーブは、コーディネイターを否定する地球連合の属国になり下がった。つまり、自分達ザフトにとって敵性国家になったのだ。当然もう、 コーディネイターが住める場所ではなくなってしまう。
――――こんなところに、あの人を置いていけない。
 脳裏に浮かんだのは、フィラの姿。彼女を連れていかなくては。救わなくては。またも自分達を見放したアスハから、この国から。
 ミネルバの出航はもう数時間後に迫っている。二度寝などしていられない。早く彼女と連絡を取って、ミネルバへ来るように言わなくては。 ああ、いや迎えに行ったほうが早いだろうか? 道は覚えている。サッと身の回りのものだけ整えてもらって、バイクで移動するのが一番早いか。
 焦りながら顔を洗い髪にブラシを当て、最低限の朝の身支度をして携帯電話を手に取る。マユの形見ではなく、自分が使っているほうの電話を。
 フィラ個人のアドレスは教えてもらえなかったが、導きの家のアドレスは教えてもらった。電話をするには少々早朝すぎるということは、 シンの頭にはない。バイクのキーをデスクから乱暴に取り出し、怪訝な顔を向けてくるレイを置いて部屋を飛び出した。
 ドッグへと走りながら電話をかける。早く、早くと焦る心に応えるように、目的の人物が応答した。
『はい、こちらは導きの…』
「フィラさん!? オレ、シンです!」
 ぎくっ、と受話器の向こうで彼女が息を飲む。墓碑の前での気まずい別れなど忘れたかのように、シンは畳みかけた。
「フィラさん、さっきのテレビ見ました? オーブは連合の属国になったんだ! もうここはコーディネイターのオレ達が居られる場所じゃない!」
『あ…、え?』
「だから!! 避難しないとヤバいんですって! ミネルバが出航する前に、早く来て下さい!! 今すぐ迎えに行きますから!!」
『…え…っと………? え、な、なに? 何の話?』
 天然ボケというよりは怪訝な様子で、そう問い返すフィラ。ああもう、とシンは足を止め、通路に誰もいないのをいいことに、遠慮なく 怒鳴った。
「このままじゃフィラさんが巻き込まれるって言ってるんです!! 避難しないとだめだろ!? オレが守るから、だからミネルバに来てって!!」
『……………』
 息を飲んで押し黙るフィラ。ふっと微笑んだ気配が電話越しに伝わり、彼女はやはり穏やかに会話を続ける。
『…心配してくれてるのは、わかったよ。とにかく落ち着いて、シン』
「落ち着いてられませんよ!! 早くしないと、ミネルバが出航しちゃうんですよ!! そしたらもう」
『シン。ねえ、頼むから落ち着いて。これじゃ話ができないよ』
「………っ」
 そんな悠長なことを言っている暇はないというのに。もどかしく息を飲むと、受話器の向こうでフィラがクスッと微笑んだ。
『…まず、ひとつ訂正ね。正式な調印はまだなんだから、オーブは今はまだ中立国だよ。条約がきちんと成立するまでにはまだ一週間ある』
「っ、そんな暢気なこと言ってる場合じゃないでしょう!?」
『ミネルバの出航が迫ってる、って言ってたよね。でも、部外者の僕を軍艦に乗せるのは、ちょっとマズいと思うよ?』
「緊急避難に、軍艦とか民間とか言ってる場合じゃないですってば!!」
 ああもう、穏やかなのはいいけどちょっとのんびりしすぎだ、と焦るシンの耳元で、困ったような微笑が囁かれる。
『それにね。…僕はマルキオ導師の元で働いているんだから、勝手に一人だけ動くわけにはいかないよ。移動するなら、導師や子供達も 一緒に。だから……………ごめんね』
「…えっ」
 シンと一緒にはいけないよ。…宥めるようにそう告げられて、再び走りだそうとしていたシンは勢いを失う。
 そしてそれきり、彼女は押し黙った。
「…………で、でも、このままじゃ…」
『心配してくれて、ありがとう。だけど、大丈夫だよ。連合と同盟を結んだからって、すぐにコーディネイターが排斥されるってわけじゃ ない。今カガリがちゃんと、プラントへの移転を希望する人たちへの対応を考えてくれてる。それに僕らはいざとなれば、マルキオ様の つてもあるし、僕自身のつてもあるから』
「…っ」
 だったらどうして、今自分と一緒に来てはくれないのか。自分を頼りにしてはくれないのか。そう叫びそうになるのをどうにか飲み込む。
 これ以上言っても、きっとフィラを困らせてしまう。それに、さっきすぐには動けない理由をきちんと説明された。
「……………わかり…ました………」
『…シンは優しいね』
 いきなりそんな事を言われて、カッと頬に熱が集まる。
『その優しさを、忘れないでね。…なくしてしまわないで』
「………フィラさん」
『それから、僕が言ったことも』
 え? と尋ねようとして、ハッとする。
 彼女が言ったこと―――今動けない理由などではない。あの、慰霊碑の前でのやりとり。
「………」
『それから、………どうか、無事で。あまり無茶をしないで』
――――地球軍………あの時戦っていた………キラ・ヤマトの名前で………―――
「……………」
『…シン?』
 気遣わしげな声に、はっと我に返る。あの時の彼女の言葉を思い出し反芻している内に、すっかり自分の思考に没頭してしまった。
「あっ、はい」
『大丈夫?』
「は、はい。すみません、いきなりボーッとして…」
『…疲れてるんじゃない? 大変だったんでしょう、ミネルバ。ちゃんと休息の時に休んでる?』
「大丈夫ですって。すみません、なんか逆に心配させちゃいましたね」
『ううん。…良かった。もう落ち着いたね』
「あ…」
 そういえば、嵐のように渦巻いていた怒りや焦りが消えている。彼女の言葉を思い出してしまったせいか、それが鎮静剤の役割を果たして くれたようだ。
 それに、声。
 彼女の声は、とても心地いい。いつまでも聴いていたい。
『それじゃ、そろそろ朝の仕度が始まるから…』
「あ………、はい、すみません」
『気を付けてね』
「フィラさんこそ」
『…ありがとう。……………じゃあ、ね』
「………はい」
 間があって、そっと切られた。
 盛大なため息をついて、通路の壁に寄りかかるシン。

 ふと時計を見ると、朝の仕度をするにはちょっと早過ぎる気がした。自分のほうから切れずにいたので、通話を終わらせるための方便を 使われたのだろうか。そう思うとちょっと悲しいような、情けないような気分になった。
 ああ、けれどあそこにいるのは幼い子供達ばかりだから、実際朝は早いのかもしれない。

 なんだか、何を考えていいのかよくわからなくなってしまった。
 オーブのこと、あのいけすかない女のこと、フィラのこと、フィラの言葉の意味。これからのミネルバ。これからの世界。
 とりとめもなく浮かんでは、けれど表層を滑るばかりでまとまらない。
 コーヒーでも飲んで落ち着こうと、シンはそのままレクルームへ向かった。



「あら、シン!」
「よっ」
 ルナマリアとヴィーノの二人が先客としてそこにいた。
「珍しいじゃない、あんたがこんな時間に身だしなみ整えてるなんて」
「ヨウランに起こされたんだよな〜!」
「ああ、そっか。…あたしたち、ここで見てたのよ。さっきの緊急発表」
「………ああ」
 その事を思い出すとどうしても眉間にシワが寄る。しかめっ面のまま自販機の前に近づいて、ポケットを探る。有料道路を使う時のことを 考えて、財布は持ったはずだ。
 だがそれを取り出す前に、横からルナマリアがコインを投入した。
「え?」
「いーから」
 更にそのまま、ひょいといつも飲んでいるコーヒーのボタンを押すルナマリア。すっかり好みを把握されているらしい。いつの間に。
「二度寝しようにも落ち着いて寝てなんていられなくて、起きてきたんでしょ?」
「え? …あ…ああ、うん」
 まさかフィラのところに行こうとしていたとは言えず、曖昧に頷きながら差し出されたコーヒーを受け取るシン。どうやらこれは、 再び祖国に裏切られた自分への労いの品ということらしい。
「けどほんと、まっさかオーブが連合と同盟結ぶなんて思わないよなフツー! 前の大戦の時にもあんな目に遭わされてるってのに」
 ヴィーノはまるで自分のことのように憤慨している。ルナマリアも渋い顔だ。
「ほんと。いくら連合には借りがあるって言ったって、それ以前の貸しのほうが大きい筈だと思うんだけど」
「…」
 込み上げて来る複雑な思いに、シンはコーヒーの缶を開けることも忘れて、ぎゅっと握り込んだ。
「あーあ。なんだかガッカリして気が抜けちゃった」
 はぁ〜、と息を吐きながら、ルナマリアは背もたれに体重をかけ、つまらなさそうに頭の後ろで手を組む。
「あたし、結構好きだったんだけどなァ。カガリ・ユラ・アスハ」
「えぇ!? ちょっ、ルナ!」
 ヴィーノが慌ててルナマリアとシンの顔を交互に見るが、ルナマリアはけろりと続ける。
「シンがあの人のこと嫌ってるのは知ってるし、無理ないと思うわよ。無理に見方変える必要、ないと思うし。だけど、私がどう思うかって いうのは、また別の話でしょ?」
「そうかもしれないけどさ〜、何もこんな時に〜!」
「あの人さ、アーモリーワンでミネルバに乗った時、コンディションレッドになって出撃するってわかって、咄嗟にアスランのことアスラン って呼んじゃったのよ。あたしの目の前で」
「はぁ?」
「あの時アスラン、まだ偽名使ってたのによ? はっきりアスランって言い切って、あっしまった、って顔したのね。なんだか思ってた イメージと違って、ちょっと可愛いなこの人って思ったのよ。それに、ナチュラルなのにクライン派と一緒に戦って、一国の皇女様なのに MSに乗って、ザフトとも連合とも張り合ってさ。まあ、このへんはお付きの人達が付けた尾ひれ背びれかなぁって思ってたけど、あの アスランがあれだけの乗り手なんだもの。少なくともお荷物じゃなかったんだと思うわ。歳も私とほとんど変わらないくらいなのに、 すごいなって。でもちょっと天然入ってるっぽいとこ、可愛いなって。なのに、コレだもの」
 はっ、と片手をぴらぴらと振って見せる。
「地球に降りてきてすぐの時も、一国の為政者とは思えないような綺麗事、バカみたいに真面目な顔で真剣に言うじゃない? シンがいる 前で失言だったとは思うけど、けどあの時私ちょっと期待したんだ。この人だったら、何か変えてくれるかもしれないって。けーど、 結局現実なんて、こんなものなのかしらね〜」
 やれやれだわ、と肩を竦めるルナマリア。
 険しくなってしまった顔を友人に向けたくなくて、シンは缶のプルタブを睨みつける。
「これでルナにもよくわかっただろ。あのカガリ・ユラ・アスハっていうのは、そういうヤツなんだよ」
 腹立たしさをぶつけるように、乱暴にプルタブを引いた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 こ、今度はキラさん電話だけ…!! 声のみ…!
 うーんでもシンと会話しただけまだマシかなぁ。前回は誰とも絡んでなかったし;; 姿のみ;;
 この後またしばらく出番ないです。多分次はラクス襲撃のところまで。
 アスランはもっと出番ないです;; あの人まだプラントですからー! 残念!!(ネタが古い)
 ずっとシンのターン! 的な状態に。そういえばうちのルナは意外とカガリを好意的に見てたんだなぁとちょっと驚きました。
 ずーっと先々のことを考えればそのほうが有り難いかもしれない…。