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第十章
『出航』

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 平和を愛し、最後までオーブの理念を貫きし先人達の魂、我等、永遠に忘れじ。
 石碑に刻まれた文字をゆっくりと心の中で読み上げ、カガリはぎゅっと両の拳を握り締め、目を閉じた。天頂から西へ傾いた太陽が、 じりじりと瞼を焼く。
 自分はこれから、命を賭してオーブの理念を貫いた彼らを、父を、裏切る行為へと足を踏み入れる。いや、もう膝あたりまでは踏み 込んでしまっただろう。
 地球連合との条約締結。
 だが、黙って屈服するわけではない。派兵はしない、有事の際はあくまで後方支援に徹する。その条件を飲ませるため、セイラン家や 他の首長達に断りなく、独断で連合国大統領コープランドへの首脳会談を申し入れた。ウナトがそれを知れば、黙ってはいないだろう。 ここからが勝負だ。

――――申し訳ありません、お父様。…いずれすべてを成し終えたら、そちらへいって謝りますから………。

 思いを継ぐ者なくば、すべては無意味ぞ。
 誇り高い父の声が、鮮やかに甦る。
 あの日父から継いだ思いは、今度はヒロト達が受け継いでくれる。愛するオーブの民達が、きっと。

 だから、あなたと同じ道を選ぶ私を、許して下さい。



 すっと開いた瞳。その琥珀の瞳には、譲れない決意の光が宿っていた。
「相変わらずだなァ、ここは」
 背後から無遠慮に近づく気配。声を聞かずとも、振り返らずともわかる。ユウナだ。
 悠然と構えてはいるが、ウナトから話を聞いて飛んできたに違いない。自分を懐柔するために。
 そう。ここからが、正念場だ。
 無言で振り返ると、優しげににっこりと微笑まれる。だが彼の笑顔は、どこか相手を馬鹿にしているようで、誰も彼もが自分の思い通り になると侮っているようで、斜め上から見下ろされてるような不快感を感じる。…昔から欲しいものは何でも手に入って当たり前という 態度のワガママお坊ちゃまではあったけれど、子供の頃はこんなニヤけた嫌味な顔ではなかったと思うのだが。一体全体どこでどうして ここまで捻くれてしまったのだろうか、と最近よく思う。
「ここだと思った。でも、ダメじゃないか。護衛の一人も連れずに歩き回っちゃァ。オーブ国内は安全とはいえ、今は情勢が情勢なんだよ?」
 護衛。そう、アスランの姿はもはやカガリの隣にはない。カガリは今、独りだ。
 今はこれ以上のショックを与えるべきではないというヒロトとメイの判断によって、アスラン復隊の情報はカガリには伏せられている。 ただ、彼はもう少し昔のつてを使ってザフトの動向を探りたいと言ってプラントに残っている、と告げられただけ。
 だが、既にカガリの中でアスランを頼る気持ちはなかった。いや、彼を頼ってはいけないと、つい助けを求めたくなる心を必死に抑えて いるというべきか。
「君に万が一のことがあったら、ボクはおじさまに顔向けできない」
 にこりと…いや、カガリの受け取った感覚ではニヤリと笑い、それから真面目な顔に変えて、慰霊碑に対して祈るように頭を垂れる。
 実際はカガリを遠隔護衛監視するチームが密かに彼女を狙う輩がいないかどうか綿密に警護しているため、彼らを信頼しているカガリは ちっとも心配などしていないし、むしろユウナの上っ面の心配が滑稽にさえ見える。警護対象であるカガリ本人以外には、連携を取って いるヒロトとアスラン、そしてキラ、ラクス、マリュー、バルトフェルドの六人だけしか、このチームの存在を知らない。
「…さァ、帰ろう、カガリ」
 ふっと向けられる、当然自分の車に乗るものと決めつけているユウナの笑顔。カガリはただ「わかった」とだけ返して、ひとまず待たせて いたアスハ家の車に歩み寄り、運転手に先に邸へ戻るよう伝える。その車が去るのを見送ってから、黒塗りのリムジンへ向かった。
 エスコートするかのように自ら後部座席の扉を開くユウナ。大人しく乗り込むと、続いてユウナが乗り込んで来て、扉を閉めた。
「出してくれ」
「はい」
 従順にユウナに従う運転手。リムジンは海岸沿いの道を滑り出し、行政府へと戻り始める。

「…で、何の用だ? 私に用があるから来たんだろ? お前がお父様達の慰霊碑に用があるわけがないからな」
「やれやれ…。キミはまずその言葉遣いから」
「はっきり言ったらどうなんだ。コープランド大統領との首脳会談は中止、もしくは我々を同席させろ、だろ?」
 ユウナの言葉を遮ってずばり本題を突き付けると、彼は一瞬ムッとした表情を隠せなかった。だが、すぐにあの相手をなめきった笑顔に 変わり、穏やかに続けた。
「オーブを争いに巻き込みたくないという、キミの気持ちはわかるよ。だけど、それを大統領にわかってもらうには、やはり外交のプロが 必要だ。キミはオーブの母であることに専念していればいい。ボクが公私共に、キミを支えてあげるから。…式の準備のこともあるし、 正式な条約締結は早いほうがいい」
「式?」
「最近の情勢には、さすがに国民も皆動揺しているからねェ。『我々首長は皆思いを同じくし、一丸となって国を護る』という意味もあるし。 だから式は同盟条約締結に合わせて」
「この際はっきりさせておくが、私にお前と結婚する気はない」
 気持ち良く喋るユウナを、カガリらしくない冷たい声が切り捨てる。
「そもそもお前との婚約の話は、当人である私達がまだ子供の時に、親同士の世間話で、しかも酒宴の席で交わされた冗談半分の口約束だ。 私がそれに従う義理はないし、それはお前も同じだろう?」
「何を言うんだいカガリ、ボクは」
「お前にとって魅力的なのは私自身じゃなく、アスハの名前…最高首長アスハ家当主という、私の血と肩書きだ」
 冷ややかな目でずばり言い当ててやると、ユウナはやはり、一瞬顔が不快に歪んだことを隠し切れなかった。やれやれ、こんなに コロコロと心情を顔に出してくれるこの男が、一体どの面をさげて外交が得意だ敏腕だなどと抜かすのだろう。
「カガリ…誰に何を吹き込まれたのか知らないケド、とんでもない誤解だよ。ボクは本心からキミを愛しているし、キミの力になりたいンだ」
「なら、結婚したら共に首長を降り、オーブの一市民として二人で穏やかに暮らしてほしいと言ったら、私の願いを叶えてくれるのか?」
 扱いあぐねたのか、ユウナはやれやれと呆れたようなため息をついた。
「…どうしたの。そんなに拗ねて。ザンネンだけど、ボクに当たっても、連合は条約の話を取り下げてはくれないよ?」
 駄々っ子をあやし、宥めて言う事をきかそうとするように、カガリの髪を撫でるユウナ。だが、その手のぬくもりの生暖かさには、 嫌悪感しか感じなることができない。
 カガリはその手をパシッと音を立てて払い、彼をまっすぐに睨みつけた。
「………愛だ何だとごたくを並べずに、はっきり政略結婚だと言ったらどうだ。…そういうことを割り切れないほど、私は子供じゃない」
「エッ?」
 きょとんとユウナの顔が緩んだ。カガリは眼力を緩めずに続ける。
「お前と結婚してもいい。但し…政略結婚であるからには、こちらにも条件がある」

 琥珀の瞳は希望の輝きを失い、代わりに暗い決意の炎が生まれていた。






「ユウナ様! おお、代表もご一緒でしたか! 大変です!!」
 行政府に戻った二人を、血相を変えたタツキ・マシマが秘書官も連れずに出迎える。セイラン家の車が戻ったことを知らされ、 議場から飛び出してきた様子。
「プ、プラントが、いえ、ザフトが!! とにかく早くお戻り下さい!!」
 カガリもセイラン家も独自のルートを使って得た情報。それが、やっとオーブ行政府の情報網にかかったのだ。
 プラントが積極的自衛権の行使を決定したという、その知らせが。

 ミネルバの出航まで、あと十五時間。


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 『マリア・ベルネス』は本日非番。休日の午後特有のゆったりした時間を味わっていた。
 テラスから浜辺を見下ろしていると、海風がふわりと栗色の柔らかい髪をなびかせてゆく。
 静かだ。後ろからサイフォンの起こす独特の水音が聞こえる以外は、それこそ波の声しか聞こえない。子供たちの声が聞こえないのは、 皆お昼寝の時間だからだろう。
「よォし!」
 何やら会心の出来といった声が背後から聞こえ、マリューはクスッと笑ってしまった。まったく、あの男ときたら心底楽しそうなのだから。
 男はいくつになっても子供だと言うけれど、確かにそうかもしれない。こと、彼に関しては。
「う〜ん。いい風だねぇ」
「ええ」
「昨日よりも、ちょいとローストを深くしてみた。どうかな?」
 両手にカップを持って、隻眼の男がテラスへ出てくる。差し出されたほうのカップを「ありがとう」と受け取って、鼻腔をくすぐる 香りを楽しんでから一口。
「んー……昨日のほうが好き」
 おや、と片方の眉を上げ、淹れた本人も一口。
「ふーん。…君の好みがだんだん分かってきたぞ」
 ニヤリと悪戯っ子のように笑う。つられてマリューも笑った。
 ローストの具合は戻して、そうだブレンドの比率を少し変えてみるか、…なんて。『砂漠の虎』の二つ名を持つ名将バルトフェルドが、 子供の顔をして思いきり趣味に没頭している姿など、二年前には想像もつかなかった。…こうして、彼の隣で穏やかに自分が立っている事さえ。
 隣にいるのは、『エンデュミオンの鷹』であったはずなのに。
 今も面影を思い出すとちくりと胸が痛む。そして、痛みよりも遥かに優しく暖かい気持ちが溢れてくる。
 例え傍にはいなくとも、私は彼を愛している。今も、そしてこれからも愛し続けられる。
 愛とは、不滅なのだ。………どこかの戯曲か小説で読んだそんなフレーズが、今実感をもってマリューの心に浮かぶ。
 海風に吹かれながら、しばしコーヒーブレイク。

「でも…」
「それで…」
 心地良い時間を破ることを決めたのは、どうやら両者同時だったようだ。完全に声が重なって、お互いにふっと笑ってしまった。
「どうぞ。レディーファーストだ」
「いえ、こういう時は男性からでしょう?」
 お互いに冗談めかして譲り合ってから、バルトフェルドは小さなため息で空気を切り換えた。
「まあ、…オーブの決定はな…。残念だが、仕方のないことだろうとも思うよ」
 現実、という重みをずっしりと感じるような彼の言葉に、マリューも同じ重みを感じながら頷く。
「ええ…。カガリさんも頑張っていたけれど…実際問題、現宰相陣を掌握しているセイラン家が、どうしても実権を握ってしまう形になるわね…」
「そもそも、代表首長とはいえまだ十八の女の子に、この情勢の中での政治は難しすぎる。大の大人でも難しいっていうのに、そんな中で 彼女はよくやっていると思うよ。だから、彼女を責める気はないがね………。問題は、こっちだ」
「…ええ」
 カップへ目を落とすと、浜辺へ出てきたキラの後姿が目に入った。子供たちの添い寝はラクスに任せ、一人起き出して来たのだろう。
 弔いを連想させる漆黒の服を身に纏い、海風に吹かれて遥か水平線を見つめる彼女も、同じ事を憂えているのだろうか。それとも、未だ 宇宙から戻らぬ友を心配しているのだろうか。そう、彼は一人で思い詰めてしまうタイプだから。
 キラの後姿を見下ろしながら、バルトフェルドも難しい顔をして続けた。
「君らはともかく、俺やラクスは…引っ越しの準備をしたほうがいいかもしれんな」
 カガリが大西洋連邦との同盟条約を結ぶ決意をしたということは、少し前に彼女の警護監視ネットワークを介してヒロトから伝えられた。 いよいよオーブ政府の情報網にもザフト動くの報が届いたとの事で、彼は慌しい様子でそれだけを伝えると、すみませんが詳細はまた 後ほど、と言って通信を切ってしまった。正式な調印がいつか、という突っ込んだ話は出来なかったが、連邦やセイラン家にとっては 早いほうがいいに決まっている。
 恐らく近日中には、この南海の楽園は、コーディネイターの住めぬ土地となってしまうだろう。
 オーブが地球連合に与するということは、プラントはオーブにとって敵性国家になるということ。コーディネイターは、オーブの敵となる。
「…プラントへ?」
「………そこしかなくなっちまいそうだねェ、このままだと。俺達コーディネイターの住める場所は」
 視線を上げて尋ねたマリューに、バルトフェルドは肩をすくめて答える。大きな傷痕の走る顔に、やりきれなさを浮かべながら。
 やはりそういうことになるだろう、と諦めに似た気分で再び視線を落とすマリュー。


 停戦後、クルー達は皆思い思いに散って行った。ほとんどの者は新たな人生を歩み始める新天地にオーブを選んだが、故郷へ戻った者も 少なくない。停戦当初のまだ情勢が混乱している間は、アークエンジェル隠蔽の都合もあってブリッジクルー達とマードックはマルキオの家 で皆一緒に過ごしており、その中にはカガリの姿もあった。
 彼女はアスハ家当主として、ウズミの遺志を受け継ぐ者として、終戦後すぐにでも行政府に入るつもりでいた。が、当時まだ傷心を抱えた ままだったキラを放っておけず、マルキオの家からオノゴロへ通って復興作業を手伝っていたのだ。その隙をセイラン家に突かれてしまい、 同じ頃キラが子供達の母になるという道を見出して生きる力を取り戻したため、本来のオーブを取り戻すためにマルキオの家を出て オノゴロへ戻った。
 それを皮切りに、彼女を守るためにアスランもアスハ家へ入り、彼女を支援するためキサカは軍に戻り、そろそろ自立しないとと言って ノイマンが去り、カメラマンという夢を見つけたミリアリアが去り―――――。
 気付けば、マリューとバルトフェルド、そしてラクスの三人だけになってしまった。
 皆とは連絡こそ取り合っているものの、やはり一つ屋根の下にいるのといないのとでは随分違う。

 二人は暗黙の内に、同じ事を考えていたことをお互いなんとなく気付いていた。大戦で心に大きな傷を負ったキラを見守り、遠くから でもカガリを支援できるよう独自のネットワークを築き、万一の事態に備えてフリーダムを復活させアークエンジェルにもパワーアップを 施し、その封印をラクスと共に守る。
 まるでそれが自然な流れのように、マリューとバルトフェルドはお互いをパートナーとして意識していた。男と女で、しかも両者とも 大戦中に恋人を亡くしている。傷付いた心の隙間を埋め合える、癒し合える存在。同じ痛みを知っているからこそ。
 胸を熱くさせて鼓動を乱すような、恋愛的なものではない。けれど、そこにあるのは確かに愛情だ。
 マリュー、バルトフェルド、キラ、ラクス。四人は、不思議と家族のような感覚でお互いを見ている。
 平和で平穏な時間が守られると、信じたかったけれど。…今また世界は、混乱したまま戦いへとなだれ込もうとしている…。


 考え込んでいたマリューを我に返らせたのは、隣から聞こえるわざとらしい咳払い。
「あー…、いや、よければ…君も一緒に」
「えっ?」
 おもわずきょとんと目を見開いてしまう。彼は、クスッと微笑んで続けた。
「まあ、あんな宣戦布告を受けた直後だ。今はまだプラントの市民感情も荒れているだろうが、デュランダル議長ってのは、まあ少々 腹黒そうではあるが、一応はまともな人物のようだからな。馬鹿みたいなナチュラル排斥、なんてことはしないだろう」
 腹黒そう、一応まとも、と来たか。彼の言い様に、思わずぷっと小さく笑ってしまうマリュー。
「それじゃ褒めてるのかけなしてるのか分からないわ」
「純粋に、僕が感じたままの人物評を述べたつもりなんだがね」
 ニッと笑ったバルトフェルドは、その話題をこう締め括った。
「まあ、いざとなったらジュール隊長殿がまとめて面倒見てくれるそうだから? お言葉に甘えて、みんなで押し掛ける事にしようじゃないか」




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 キラさん後姿だけの登場………す、すみません……;;;
 でも、マリューさんと虎さんの会話はちょっと好きだったりします。
 マリューさんはお母さん、虎さんはパパ。キラはお姉ちゃんで、ラクスは歌のお姉さん。
 …贅沢だなマルキオ家!!
 そしてマルキオ導師は若いおじいちゃん、かな? おじいちゃんにしては若すぎるけど、あの家の子供たちが孫なら無理のある年齢では …ない、か??

 ええとタリアさんが出航を決意したのが朝で、その日の昼にカガリが慰霊碑に来て、…いかん、仔細思い出さねば;;