for DREAMING-EDEN
序章
『星』
炎を上げて、希望の星が降ってくる。
他者より上へ、他者より先へ、誰よりも早く。
進化を望む、妄執にも似た強烈な希望。
憑りつかれれば逃れられない、呪いにも似た壮絶な希望。
母なる大地から離れ、もっともっと上へ、遠くへ。誰よりも先に、空の彼方へ。
宇宙空間でヒトが生活できるプラントは、そんな夢の結晶であると言えるのではないだろうか。
大地を離れ、大地を模し、人が造った希望の星。
生命を内包する命無き闇の星。反射ミラーに太陽の力を受けて輝く光の星。
それは時に、地上から見上げれば形作られる筈の星座の線を狂わせて、所詮自然界にとって異物であることを地上の人々に示し、彼らの
心を惑わす。
幻想的な砂時計。どこまでも現実を教える厚い金属の境界線。夢の結晶たる人造の星。
砕かれて、美しい光を撒き散らしながら、星はその形を失ってゆく。
壊された砂時計から、砂がさらさらと零れ落ちてゆく。
静かな闇夜を切り裂いて、砂は地上へ降り注ぐ。
希望へとすり変えられたヒトの業を、絶望に彩りながら。
どんなにどんなに離れようと、ヒトはいずれ地球へ還ってくるのだと、まるでその戒めのように。
ああ、と唇が動いても、声になることはない。
言葉にならない、この焦燥感。
あの光の中に行きたい。
理屈では説明できない、この感覚。
今すぐあの光と一体になって、流星のように地上に墜ちてしまいたい。
地上の人々の命を奪いたいわけではない。誰かを傷つけたいわけでもない。ただ、そうしたらきれいになれるような気がするから。
罪にまみれた自分の命が、少しでも洗われるような気がするから。
ヒトの業によって産まれた罪の結晶。
あの降り注ぐ星達は、自分に似ている。
『さあ…見せてもらおうか。ヒトの業が生み出した、“完全なる存在”とやらを! キラくん、君の本当の姿を!!』
耳の奥で、今も鮮明に甦る声。
『数多の兄弟達…そして私という闇と引き換えに創り出された君という究極の光、その真の姿をね。君はその姿を、私に示す義務がある
………他ならぬこの私には!! 私はいわば、君の影なのだから!』
そっと首筋に手を添える。
あの時の注射の痕は、すっかり消えてしまったけれど。
でも、憶えている。
無理矢理押さえ付けられ刺し込まれた特殊な針の痛みも、突き落とされたポッドに満たされていた冷たい液体の感覚も、纏い付く電流の
ような何かの力の流れも。
あの時起こった事の全てを、体が憶えている。
ラウの言葉。傷を負った身で必死に助け出してくれたムウの声。彼らとの他愛ない小さなやりとりさえも、すべて憶えている。
夢であってほしい。けれど、夢ではない。
変わってしまった自分の肉体が、有無を言わさず示している。
あれは間違いなく現実なのだと。
…忘れることなど、できはしない。
ふ、と首筋に置いていた手を前に戻し、その手のひらを見つめる。
これが、“完全なる存在”。最高のコーディネイター。
更に、同じ“完全なる存在”を産み落とすことのできる、“女性体”でもある。
「トリィ」
優しい合成音が、はっと“彼女”を我に返した。
大切な幼馴染がくれたペットロボが肩にとまる。振り返ると、ピンク色の歌姫が、優しく微笑みかけていた。
「………わたくし達も、シェルターに避難しなくては」
「…うん」
微笑み返して、もう一度、空を見上げる。
「……………また………沢山の人達が………」
「…ええ」
もう、吸い込まれそうな、あの苦しく切ない感覚はない。
今この胸を締め付けるのは、希望が絶望へ転じた後の世界を憂う想い。
「……きっと……………また……………」
戦いは起こるのだろう。
撃たれたから撃ち、撃ったからまた撃たれ。
繰り返す。何度でも繰り返す。
断ち切った筈のメビウスの輪は、平然とまたキラを取り込んでゆく。
キラだけではない。周囲にいる大切な人達を、守りたい人達をも、容赦なく飲み込んでゆく。
いつになったら終わるのだろう。
何度繰り返せば終われるのだろう。
答えの出ない問いを胸の内で繰り返しながら、キラはラクスの手を握った。