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第一章
『港』






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「ザフトの最新鋭艦、ミネルバ、か…。まったく、姫君も厄介な時に厄介なもので帰国してくれる」
「仕方ありませんよ、父上。カガリだって、よもやこんなことになるとは思ってもいなかったでしょうし? 第一、アーモリーワンに 取り残されて万が一のことでもあったら、それこそ一大事ですからネ」
 苦々しく零すタヌキ親父と、甘ったれてねっとりした独特の口調のお坊ちゃま。
 前者は名をウナト・エマ・セイラン。後者はユウナ・ロマ・セイランという。この親子は、再興した現在のオーブにおいて、崩壊以前の 五大氏族に当たる“新氏族”と呼ばれる一族のひとつ。中でも彼らセイラン家は、そのリーダー格である。
 地球連合との太いパイプを持つセイラン家は、ミネルバのオーブ入国を快く思わない。その事は、二人の様子を後方からそっと伺う 青年には容易に想像がついた。
「国家元首を送り届けてくれた艦を、ぞんざいに扱うわけにもいかないでしょう。今は」
「…ああ。今は、な」
 政治家独特の含みある口調でひそひそと話すセイラン親子。彼らの目につかないようにそっと、プラットフォームに固まっている 宰相達に先んじて、一人の青年がドックへと降りて行った。


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 やっとオーブに帰って来ることができた。それはカガリに大きな安堵をもたらす筈だった。だが、実際は気が重くてたまらない。
 混乱しているであろう地球各国のことを考えると、…いや、本音を言えば、気が重い原因はセイラン家以外の何者でもない。
 彼らは今回の極秘かつ緊急のプラント訪問を快く思っておらず、最後まで反対していた。結局は強引に押し切って、アスランと二人で 飛び出したようなものだ。急を要したとはいえ、返す返すもあの出国の仕方はまずかった。
 その上、このユニウスセブン破片落下。
 彼らが小言や苦言をちくちく刺してくることは目に見えているのだ。批難するならはっきり言えばいいものを、政治家というのは…特に ウナトとユウナは、まるで世間知らずの駄々っ子をあやすような物言いをしてくるものだから、正直言って不必要に苛々させられる。 皮肉と嫌味の応酬になることを想像すれば、憂鬱にもなるというもの。
 しかし、だからこそカガリはぴんと背筋を伸ばした。
 気持ちで負けていては、それこそ抵抗らしい抵抗もできない内に丸め込まれてしまう。
 例え虚勢でもいい。せめて凛とした姿勢だけは示さなくてはと、俯かずに視線を上げてタラップを降りてゆく。
 そんな彼女の背中をアスラン越しに見やったタリアは、好感を抱いた。
 確かに代表としては力不足、それに判断も甘い。だが、個人として彼女をどう思うかは、また別の話だ。


「カガ…」
「アスハ代表!」
 鼻につく甘ったるいユウナの声をものともせず、毅然とした青年の真っ直ぐな声がドックに響いた。
 それはまるでカガリの気性のような、一本筋の通った、それでいて爽やかな声。
 駆け寄って抱き締めて感動の再会を披露する筈だった男はムッとして声の主を振り返る。だが、彼は逆にその隙を突いて、ユウナよりも 先にカガリに駆け寄った。
「無事のご帰国、何よりです」
「ありがとう、ヒロト。心配をかけたな。…皆も、大事の時に不在にしてすまなかった。留守の間の采配、ありがたく思う」
 親しげにヒロトと呼び捨てで語りかけ、それから宰相服を着た一団へ視線を向けるカガリの様子に、おや、とタリアは内心だけで首を 傾げる。決して実際には動かずに。
 すぐにアスランへ視線を移すと、どうにも複雑そうに視線を外していた。
 ぴんと来る。これは女の直感。
「カガリ! まったく、本当にキミは…! 心配したんだよ。無事で良かった」
「ユウナ様。お気持ちはお察し致しますが、お客人の前ですので」
 少々オーバーアクションでカガリを抱き締めんばかりに歩み寄ってきた、長髪を後ろで一つにまとめた青年…ユウナを制するように、 ヒロトが一歩あゆみ出る。礼儀を忘れぬ口調ではあるが、ユウナの進路を妨害するその行動は、完全に二人の対立を示していた。
 不愉快な表情を一瞬で引っ込めると同時に、ウナトが後ろからユウナの肩に手を置く。
「婚約者が心配なのは当然だ。後でゆっくり、二人で話をするといい」
「父上……。…ボクとしたことが、取り乱してしまって、申し訳ありません」
 おやおや、とタリアは完全にアスランに同情してしまった。
 政治的な意味合いであることは傍目にも明白な婚約者と、行政府の中で彼女を守るナイト。そして、蚊帳の外の、彼。
 こうして冷静に関係を整理すると、失礼な物言いにはなるが、あまりにも可愛そうとしか言いようがない。
 が、ちらりと色眼鏡の宰相がこちらへ投げかけた冷たい視線を察して、タリアは敬礼を返した。後ろでアーサーもそれに倣う。
「ザフト軍ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります」
「同じく、副長のアーサー・トラインであります」
「オーブ連合首長国宰相、ウナト・エマ・セイランだ。代表を無事送り届けて下さった事、御礼申し上げる」
「いえ。我々こそ不測の事態とはいえ、代表にまで多大なご迷惑をお掛けすることとなってしまい、大変遺憾に思っております。また、 この度の災害につきましても…心よりお見舞い申し上げます」
「お心遣い痛み入る」
 表面上は温和な、笑顔で交わされる会話。だが、眼鏡の奥の目は笑っていない。
 平和の国にとんだ狸がいたものだと、咄嗟に自分のよく知る長身細身の狸とどちらが腹黒そうか比べてみる。だが、あまり愉快な想像 ではなかった。
「グラディス艦長、ミネルバの事情は承知しております」
 今度は代わって、清潔感のある爽やかな青年が話しかけてくる。そう、ヒロトと呼ばれていた彼だ。
「クルーの皆様も、さぞお疲れでしょう。すぐにというわけにはいきませんが、皆様が快適に過ごされるよう、手配させて頂きます。また 補給や船体の修理等、モルゲンレーテで対応致します。勿論、そちらに不都合のない範囲内で…ということになりますが。資材も可能な 限り用意させて頂きますので、ご自由にお使い下さい」
 ミネルバは戦艦、しかも最新鋭の艦だ。インパルスは勿論、奪取された三機の母艦となることを前提として建造されただけに、ザフトの 機密の集大成と言っても過言ではない。そのあたりを考慮して、彼はそう言葉を選んだのだろう。
 助けの手は差し延べるが、必要ないところには触らない。見られて困るところがあるなら見ない。そう断言した彼に、アーサーは困惑し、 タリアは正直、助かったと安堵した。ここから一番近いザフト軍基地といえばカーペンタリアになるが、すぐに向かうにしても、こうまで 艦がボロボロでは心許ない。
 どうやら彼はカガリの側近のようだし、いかに頼りない元首といっても、彼女の気性からして、一度約束した事は守りとおしてくれる だろう。
「それでは代表、早速で申し訳ありませんが、行政府のほうへ」
 ウナトの言葉に、感慨深げに傷だらけのミネルバの船体を見ていたカガリは、視線をそちらへ移した。
「ああ、分かっている。では艦長、後程改めて挨拶に伺わせてもらう」
「我々のことはどうかお気遣いなく。代表のご好意、有り難く頂戴させて頂きますわ」
「そう言ってもらえると、私も助かる」
 一瞬、カガリの顔が綻んだ。それは代表の顔ではなく、まだ十八の少女の顔だった。
「アス…アレックスも来てく」
「あァあ、キミもご苦労だったね」
 やっと僕の出番が来たとばかりに、カガリの肩を抱くユウナ。同行を頼もうとしていたカガリは、その言葉の出鼻を挫かれてしまった。
「ちょ、おいユウナ!」
「よくカガリを守ってくれた。ボクからも礼を言うよ」
「………いえ……」
 低い声、俯く顔。
「報告書などは後でいいから、キミもゆっくり休んでくれたまえ」
「ちょっと待て! アレックスには、まだ」
「さァ、カガリ。行こう」
「あ………っ」
 有無を言わせず、勝ち誇ったような笑みをアスランに残して、悠然と去って行くユウナ・ロマ。当然のようにカガリを連れて。
 カガリはアスランに視線を投げるが、タリアへ会釈をしに前へ進み出たウナトによって視界を塞がれてしまう。彼女はそのまま、ドック から連れ出されてしまった。
 苦しげな表情をサングラスで隠すアスラン。タリアだけでなくアーサーも、彼が気の毒でならない。彼とカガリの絆の強さは、ほんの 短い時間彼らが艦内に滞在していただけでも、ひしと感じられた。なのに、あんな狸と狐に大切な人を連れていかれては、心穏やかでは いられないだろう。
 だが確かに、地球国家の代表元首と、コーディネイターであり亡命者であり、あのパトリック・ザラの一人息子である彼とでは、 あまりにも障害が高過ぎる。
 気の毒には思っても、二人には何の援護もしてやれない。ただ、見守ることだけしか。
 ぎりっと奥歯を噛み締めるアスランの元へ、ヒロキがそっと歩み寄った。
「お疲れ様でした。向こうでは僕が目を光らせていますから、どうかご心配なく」
「…ああ、いや…俺は」
「それと、早急にお耳に入れたいことが………」
 そこまではタリアにも聞こえたが、あとは完全にアスランにしか聞こえないところにまで、声量を抑えられてしまう。だが、何事か 囁かれた彼は、途端に目を見開いて驚愕した。
「…カガリ様のことはお任せ下さい。何かあったらすぐにご連絡します」
「………あ、ああ…すまない。頼む」
 ニコリと人好きのする優しい笑顔を向けるヒロト。
 それから、タリアとアーサーにさっと向き直る。
「申し遅れました。私はアスハ代表の政策秘書を務めております、ヒロト・エル・スズカと申します。何かありましたら、私のほうへ ご連絡下さい。代表はしばらく、多忙になると思いますので」
「スズカ殿、ですわね。了解しましたわ」
「では、失礼致します」
 会釈をして、ヒロトは足早に去って行った。携帯電話を取り出し、なにやらどこかへ連絡しながら。



 その後、早速作業にかかるためにモルゲンレーテの主任が現れる。かつて数奇な運命を辿り戦場を駆けた大天使、その艦長であるとは 知らず、タリアはマリア・ベルネスと名乗った女性と固い握手を交わすことになる。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

小説第一巻が手元にあって助かりました………。
いや、ビデオ見返せばいいんでしょうけど…。
…正直、この頃の運命は見ているとストレスを感じるんです…いろんな意味で。