--「1・復活」--

「1・復活」









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 一言だけルーティに恨み言を言いたい。
 ………どうして息子じゃなく、娘を産んだんだ。



 スタンとルーティに子供が産まれたと知って、必ず護ると心に誓った。
 スタンの娘。そして僕の姪。…僕を復活させたヤツの思惑など知ったことじゃない。必ず守ると、そう決めた。
 女の子は父親に似ると幸せになると云うが、カイルはまさに少女版スタンといった様子で、天然だわ、能天気だわ、馴れ馴れしいわ、 …僕の大嫌いなところばかり、しっかり受け継いでいる。まったく。

『じゃあ、ジューダス!』
 無邪気に微笑む。
『なあなあ、ジューダス!』
 何の遠慮も躊躇もなく、僕の袖を引く。
『ジューダス聞いてよ、オレさ!』
 この光を護るためなら、影に徹し、闇に屈さず、どんな苦しみにも耐えよう。

 だから。
『いやだ…消えるなんて…そんなのいやだよ、ジューダス』
 …お前が泣く必要はない。僕は使命を果たすことができた。それで充分だ。
 だからどうか、幸せに。





『………本当に、それで良いのか?』
 カイルを想い返す心地良いまどろみの底から、声がする。
『本当にそれで良いと申すのか? ならば何故、お前の意識はまだそこに存在する? リオン・マグナス』
(!?)
 はっ、と緊張が走る。バカな、この声は…この二重に重なった女の声は、エルレインとフォルトゥナ!!
(貴様ら、まだ!)
『我らは、リアラの選んだ道に…いや、神による統制の要らぬ世界を望む声に敗けた。だが我らは、確かに人々の望みによって生まれた神だ』
(だから滅びを拒むというのか…そうはさせん!)
『逸るな…争うつもりはない…』
(なに…?)
 咄嗟にシャルティエを探すが、落ち着いてみれば二人の声は穏やかだった。あの冷たい無機質な抑揚は相変わらずだが、敵意や覇気がない。
『…我らが人に望まれた証を、ここに…!』
(っ…!!)
 眩しい。肉体のない僕には眼などないのに、強い眩しさを感じる。
『リアラ…リオン・マグナス…。人に叶えること適わぬ望みを、今…! これぞ我らが人に望まれし証…!!』
 烈しい光に包まれ、そして。





「…リ…アラ………? …リアラ…!!」
「カイル!!」

 視える。
 人間の少女として生まれ変わったリアラが、もう一度カイルと出会った瞬間が。
 ああ、傍らにロニもいる。呆然としているが、それはリアラが突然現れたことに対してだけではないようだ。
「………そうだ…俺達、ここで巨大レンズを…!? 違う、スタンさんは今も孤児院に…あれは……」
「…長かったね…」
「………うん。…オレはこれからもずっと、リアラの英雄だよ」
「うん…! カイル…!!」
 正統な歴史の流れに生きる二人の中に、歪まされた歴史を生きた時の記憶が甦ったらしい。
 時代を跳躍しながら旅をした、あの時の記憶が。
(…これもお前たちの仕業か?)
 見上げると、エルレインとフォルトゥナが微笑んでいた。その姿はほとんど透明で、空の青がすけて見える。
 二人は勝ち誇った笑みを浮かべていたが、何故か穏やかで満足気だった。どうだ、これが神の力だ…とでも言っているかのように。
 その姿は、すぐに溶けて消えた。今度こそ完全に消滅したのだろう。
『坊ちゃん』
「シャル…お前まで」
 ふと我が身を見れば、最後にカイルと別れた、あの時のままの出で立ちだ。仮面もある。だが、その前に失ったはずのシャルティエが、 しっかり腰に携えられていた。
 歪んだ歴史の中をカイル達と旅した中で神の眼に突き立てたはずのシャルティエが、何故この正規の歴史に存在するのだ。正規の歴史では、 僕の死と共にシャルティエも水底に沈んだはず。
 …いや、そうすると神の眼の破壊が完全でなかった事になる。一体どうなっている?
『大丈夫ですよ。本来の僕は“ヒューゴによって回収されていたのをスタン達が発見し、ディムロス達と共に神の眼に突き立てられた” ってことになってますから。今の僕は坊ちゃんと同じ、あの二人によって再生された存在です』
「そうなのか…。…いや、しかし…回収だと? そんなはずは…」
『歴史の歪みを矯正するために、新たに歪んだ部分もあるってことです。ま、深くは考えないことにしましょうよ。僕だって頭がこんがら がりそうなんですから』
 ふふっと笑う声に、僕もつられて小さく笑った。
 あの根性曲がりの女神どもめ。こんな粋なはからいができるくらいなら、最初から歴史改変だの何だのとややこしいことをせず、世界も 時間も巻き込んだ戦いなど起こさずに、時折人々の小さくささやかな願いを叶えてやる神でいればいいものを。
 …だが。
『…甦るべきじゃなかった、って思ってるんですね。坊ちゃん』
「………」
 シャルティエに隠し事は無駄だ。僕の沈黙は、肯定の沈黙。

 正規の歴史では、僕はヒューゴに手を貸した大罪人ということになっている。確かにこれから生きてゆくには少々息苦しいが、 そんなことはどうでもいい。
 僕はカイルの未来にとって、もはや必要のない人間だ。
 神を敵に回す厳しい戦い。その中でカイルを護り抜くことが、それだけが僕の使命だったのに。

『オレ、ジューダスのこと好きなんだ! …その…ロニとか、リアラとは…違う意味で、なんだけど…』

 スタンに生き写しの、彼の血を引いた娘。
 絶対に口になど出してやらないが、僕が惹かれるのは当たり前といえば当たり前だ。
 だが、まさかカイル自身から僕に、好意を寄せられるなど。予想もしていなかった。
 応えられないとはっきり告げた。僕は過去から来たただの亡霊、役目が終われば消える定め。お前には共に未来を生きることができる パートナーが必要だ、と。
 だが最後までカイルは納得しなかった。
『こういう気持ちって、はいそうですかって、簡単に変えられるものじゃないだろ! オレ、諦めないから。ジューダスがジューダスの 意志でオレを護ってくれるように、オレはオレの意志で、ジューダスのこと想い続けるから』
 …頑固さまで、スタン譲りか。

 あの戦いの後、エルレインの力で復活した僕は、消滅するはずだった。
 カイルは正規の歴史の中で僕を知らずに成長し、いずれ誰かと恋を育み…ナナリーと出会うことがなければ恐らくロニになるだろう。 そして、スタンとルーティのように家庭を持ち、幸せな一生を過ごす。
 それでいい。いや、それこそが僕の望みだ。
 スタンとルーティに穏やかな幸せを。…カイルに、幸福な一生を。

 なのにこうして、甦ってしまった。
「チッ…あいつら、親切のふりして実はいやがらせなんじゃないのか」
『坊ちゃん…』
 恨めしく空を見上げる。と、そこにカイルとリアラ、ロニの姿が重なった。こうして遠視ができるのは、まだあの二人の力の余韻が 残っているのだろうか。

「カイル、孤児院に戻ろう。リアラもそれでいいよな?」
 固く抱き合うカイルとリアラの肩に、そっとロニの手が触れた。
「一緒に行こう、リアラ。父さんと母さんに紹介するよ」
「ええ。私の帰るところは、カイルだもの。…そうだわカイル、私、声を聴いたの。エルレインとフォルトゥナの声よ」
「えっ?」
 はっとカイルの表情が変わる。ロニもぎくりと肩を強張らせた。
「二人は最後の力で、私を人間として生まれ変わらせて…そして、ジューダスを甦らせていたわ」
「!!」
(…リアラ、余計なことを…)
 悪意がないだけにたちが悪い。お前もカイルのことを考えるなら、何故僕とは会わせないほうがいいと分からない?
「ジューダス…ジューダスも…?」
「ええ! 彼もどこかにいるはずよ」
「…リアラ…リアラ、オレっ…」
 感極まったようにリアラの肩を掴むカイル。リアラも、優しく微笑み返した。
「ええ。行きましょう、迎えに! 私も一緒に行くわ!」
「おいおい、ちょっと待てよ! 気持ちはわかるけど、どこにいるかもわかんねえんだろ? 時間かかる旅になるかもしれないんだし、 ルーティさん達に言ってから」
「駄目だ、待ってられない!」
「今ならまだ、私にも気配が追える。私と彼は一緒に甦ったんだもの。…ダリルシェイドよ!」
「すぐ近くじゃないか! よし、行こう!!」
「おい、カイル! リアラ! ええい、結局こうなるんじゃねぇか!」
 駆け出すカイルとリアラ、そして追うロニ。
 そこで、遠視はふっと途切れた。

「…行くぞシャル」
『え? でも、どこに…』
「ハイデルベルグに行って、ウッドロウに匿わせる。ヤツなら嫌とは言わんだろう。僕のことをカイルには会わせたくないはずだからな」
『…』
 妃を取らない賢王・ウッドロウ。かつての仲間であり、恋敵…と言って差し支えない相手だ。
 ヤツのスタンへの構い方は、仲間の域を超えていた。認めたくないが、当時の僕はそれを嫉妬していたりもした。
 そして今…といっても歪んだ歴史の中での現代という意味だが、カイル達と共に訪れた時にヤツは、懐かしさだけではない眼差しで カイルを見つめていた。
 カイルはかつてウッドロウの同志であり、共に世界を救った英雄であるスタンとルーティの一人娘。彼女が年頃にさえなれば、ウッドロウが 妃に娶っても誰も文句は言わないだろう。どんな高名な貴族よりも最もウッドロウに相応しい血筋だと、頭の硬い臣下がいたとしても納得 できる出自だ。恐らくウッドロウ自身、その頃合を待っているのだろう。となれば、甦った僕は邪魔者以外の何者でもない。カイルの目から 逃れるために匿えと言えば嫌とは言わないだろうし、お互いの利害は一致するはずだ。
 …ついこうして計算してしまうのは悪い癖だ。いつもスタンに言われていたのに、まだ変われない。利害があろうがなかろうが、仲間の 頼みを無碍にするような男ではないと、僕は知っているはずなのに。
『…坊ちゃん』
 ハイデルベルグへ向かい始めた僕に、意を決したようにシャルティエが語りかけて来た。
『確かに以前の、エルレインにかりそめの命を吹き込まれて甦らされた時の坊ちゃんならわかります。でも今の坊ちゃんはリアラと同じ、 生まれ変わった人間なんですよ』
「…」
『今の坊ちゃんは、カイルと同じ時を生きられる、同じ人間なんです。そんなふうに自分を戒める必要は、ないんじゃないんですか?  坊ちゃんにだって、幸せになれる権利が』
「シャル。………それでも僕は、過去の人間だ」
『…坊ちゃん…』
 やりきれないような声を出したシャルティエだが、船に見えて来た頃には『…わかりました』と呟いた。
『いいですよ。坊ちゃんには、僕がついてますもんね』
「ああ」
『僕の存在は、坊ちゃんの命とリンクしてます。本当に、最後まで一緒ですからね』
「そうか…。わかった。もうしばらく付き合ってもらうぞ、シャル」
 頷きながらダリルシェイド港に入り、そしてまず、仮面を海へ投げた。
 この仮面は目立つ。骨の仮面をした男がスノーフリア行きの船に乗った、などという目撃証言は、僕を追うカイルにとって格好の目印に なってしまう。
 以前は戒めだった仮面だが、今はそうも言っていられない。

 幸い、スノーフリア行きの船は、すぐに出航となった。
 空を移動する手段のないカイル達には、これ以上は追えない筈だ。万一リアラの追跡がまだ有効で、ファンダリアへ向かったことを 気付かれたとしても、次の船が出るまでの時間が必要になる。
 それだけタイムロスを作ることができれば、先にウッドロウに話をつけることができるだろう。


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「驚いたな…。本当にリオン君なのか」
 ウッドロウは目を丸くしていた。当然だろう。
「ああ。説明すると長くなるが、僕はこうして、ここにいる」
「そうか…。いや、よく来てくれた。座ってくれ」
 国王の私室に備えられているものにしては質素な、だが暖かそうな毛皮のソファに進められる。腰を下ろしてシャルティエをテーブルに 置くと、やはり懐かしそうに目を細めた。
「イクティノスがいれば、さぞ喜んだだろうに。…惜しいことだ」
『…』
 複雑なシャルティエの想いが、こちらの気持ちとシンクロしそうだ。

 ハイデルベルグ城は開かれた城だ。国民は勿論、旅人にもある程度の範囲ではあるが自由な入城が許可されている。
 見覚えのある顔の兵士を捕まえて、急を要する用件でウッドロウと内々に会いたいと告げると、およそ十五年も前と同じ姿の僕に何かを 感じ取ったのか、あっという間に面会が叶った。しかも謁見の間ではなく、ウッドロウの私室に、まさに二人きりで。

「会いにきてくれて嬉しいよ。スタン君やルーティ君とは、もう会って来たのか?」
「いや。あの二人と会うつもりはない」
 怪訝そうなウッドロウ。一体どうして、と問われそうな気配を察し、その前に話を続けた。
「頼みがある、ウッドロウ。僕を匿ってくれ」
「匿う?」
「カイルが僕を追っている。だが僕に会うつもりはないし、会わないほうがカイルのためだ」
「……………。わけを、説明してくれるね。リオン君」
 確かに解せないだろう。今の、このウッドロウには。
 匿えと頼むからには、身を隠す理由も、自分がこの姿でここにいる理由も、示さないわけにはいかないだろう。僕はできるだけ簡潔に、 エルレインとフォルトゥナのこと、彼女達が行った歴史改変のことを説明した。
「なるほど…。それでカイル君の前から、姿を消そうというわけか」
 かなり突飛な話のはずだが、ウッドロウは一片の疑問も抱く様子はない。現に僕がここにあの時の姿のままこうして存在していることが 何よりの証拠、とでも納得したのだろうか。
「ふむ………」
 僕はすぐに了承されると踏んでいたが、予想に反して、彼はなにやら思案顔。
「大罪人リオン・マグナスを城内に置いていることがお前にとって不利になるなら、誰にも知られないように地下牢にでも幽閉してくれればいい」
「馬鹿な。大事な仲間を牢に幽閉など、できるわけがなかろう。それに、君は罪人などではない。自分で自分をそんなふうに貶める物言いは やめるんだ」
「世間でそういう風評だということは事実だ。お前は国のことを考えなければならない立場だろう。…いや、そんなことを議論しに来た わけじゃない。…リオン・マグナスを匿うことが問題じゃないなら、一体どこに不都合がある」
「…わからないかな。リオン君」
「見当がつかん」
 やれやれとでも言いたげなウッドロウ。そこに、ノックの音が控えめに響いた。
「国王陛下、謁見の申し込みが来ております。至急にとのことですが…」
「少し失礼」
 ウッドロウはそう言って立ち上がり、扉を細く開く。外の兵士と二言三言会話すると、一旦扉を閉じた。
「今日は意外な来客の多い日だ。…すまないが少し中座させてもらうよ。好きに寛いでいてくれ」
「ああ」
 頷いて了承を示すと、ウッドロウは微笑を残して去って行った。

 静かだ。
 さすがにウッドロウの治める国。寒さは厳しいが、ここは良い国だと思う。
 新たな命を授かった僕の骨を埋めるには、良い場所だとも。


―――――……fragmentary period.




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