+-mix「プロローグ」【一万年前】(短縮版)-+

プロローグ〜ルーク&アッシュ
【一万年前】
(短縮版・後半のみ)









line


 暖かい。
 とても暖かくて優しいものに包まれている。
 ああ、このぬくもりがずっと恋しかった。こうして包まれてみたかった。
 幸せににんまりと微笑んで、頬を摺り寄せる。

『気がついたのか』

 え? と顔を上げる。そこには半透明のアッシュの顔があった。

『…あれ、アッシュ?』
『あれ、じゃねぇこの屑が!! 何をいきなり勝手に消えようとしてやがる!!』
 途端に怒鳴りつけられ、肩を竦めてしまう。
『ごっ、ごめん! ごめんなさい!!』
 はー、と今度は呆れたような溜息。
『…ったく…。お前の構成『音素(フォニム)』かき集めるのにどれだけ手間がかかったと思ってるんだ』
『ごめん………。…って、あれ?』
 今更に気付いて顔を上げる。どうやら自分はアッシュに抱き締められているようだが、そのアッシュも半透明。自分の手を掲げて見て みれば、それもまた半透明。
『消えかけたお前をもう一度構成し直すのに、『音素(フォニム)』を消費し過ぎちまったんだよ。今俺達は両方とも、実体を保つ力がねぇ』
『ええっ!? な、なんで!?』
『…。てっめぇ、俺の話をどう聞いていやがった!? お前を再構成するのに』
『いやそれは分かった分かってる!! だから、そうじゃなくて!』
 実体がないのに叩かれそうな気がして、思わず頭を抱えてしまったルーク。だが、きゅっと唇を引き結んでアッシュの目を見つめ返した。
『…お前、俺のことずっとうざがってたろ。勝手に作られたレプリカって、自分のレプリカのくせに出来損ないだって、すげぇ嫌われてるっ て分かってたし…。ガイがいなかったら俺、口も聞いてもらえてなかったと思う』
『…』
『なのに、なんで…俺のこと助けてくれたんだ?』
 真っ直ぐで純粋な視線がアッシュを囚える。
『………嫌われてるって分かってた、か』
『…』
 悲しそうに目を伏せ、俯くルーク。
 アッシュはそっと手を伸ばし、半透明のルークの短い髪先に触れた。
『だから髪も切っちまったのか』
『…だって…』
 覚えている。劣化ってのは髪の色まで劣化するのか、目障りなんだよ。何がきっかけだったのかも思い出せないような他愛ない口喧嘩の はずみ、それともたまたまアッシュの虫の居所が悪かったときだっただろうか。そう言い捨てたことがあった。
 ビロードのように深い赤であるアッシュの髪色に比べ、ルークはきらきらと光を宿す明るい赤。長い髪の毛先はオレンジで、その境目は グラデーションのように綺麗だった。けれどレプリカの存在に納得いかず、己の置かれた環境に納得いかず、とにかく不満を燻らせていた 当時のアッシュがそれをぶつけることができる相手は、ルークだけしかいなかったのだ。
 今にも泣きそうな顔をしたルークに、しまったと思った。だが口から出た言葉は取り消せない。居心地悪く舌打ちをして立ち去った アッシュが次に見た時には、ルークの髪はもう短くなっていた。幼い頃はアッシュもそうだったのか、襟足で外側に跳ねる癖っ毛。そして、 オレンジ色だった毛先は勿論、グラデーションの部分も全部切り落とされて失われてしまっていた。彼はそれ以来、髪を伸ばそうとしない。
 やるせない気持ちになって、アッシュはそっとルークの頭を抱きこむ。
『七歳児に察しろっていうのは、無理な注文だったか』
『…今度はいきなり子供扱いかよ』
『実際ガキだろうが。…俺は別に、お前を嫌ってたわけじゃねぇ』
『…でも、レプリカとか屑とか愚図とかばっかりで、今まで一度だって名前呼んでくれたことねぇし』
『呼んだぞ』
『え、嘘! いつ!?』
『さっきお前が消える直前』
 しれっと答えられて、ルークはちょっと呆れてしまった。
『………聞こえてねーよそんなの…俺ほとんど消えてたのに』
『フン。俺に断りなく勝手に消えようとするからだ』
『だってあのままじゃお前、ヴァン師匠(せんせい)の言うこと聞いてクリスタル消しちまってただろ!? …あっ』
 やっと思い至って、がばっと顔を上げる。
『王国は!? ジラート王国はどうなったんだ!?』
 くいっと顎で下を示すアッシュ。アッシュが展開した『音素(フォニム)』の球状バリアに守られていた二人は、王都の上空を漂っていたのだ。
 眼下に広がる光景に、ルークは息を飲む。
『……………そんな』
 そこはもはや、王都と呼べる場所ではなかった。
 破壊の限りを尽くされた廃墟。
 都も、街も、見渡せば近隣の町まで、なにもかもが焼け落ち、砕かれ、陸地であった場所さえ削られて地形を変えていた。千年王国と 称えられたジラート王国の栄光の面影は、唯一大地を走るクリスタルラインだけ。それも所々で瓦解し、完全に寸断されてしまっている。
『この様子じゃ…生き残った民はいねぇだろうな。いたとしても、獣人やアンデッドに襲われる前にどこかに落ち延びられてるかどうか…』
『…なんで…? 俺を助けてくれたんなら、アッシュは結局…何もしてないんだよな? なのに、なんで、こんなことに…』
『さぁな。…俺も『音素(フォニム)』だけの状態になっていたし、言ったとおりお前を再構成するのに必死だったんだ。 その間に何があったかまで知るか』
 あれほど必死に守ろうとしたのに。
 ガイがあの廃墟の地下で眠っているのに。
 それでも二人は、悲しい、とは感じられなかった。
『………ただ………どうやらセフィロスの仕業らしいってのは、分かったけどな』
『……知っちまったのかな。『プロジェクトジェノバ』のこと』
『そうじゃなければここまでブチ切れねぇだろうよ。ヴァンもここまでやる気はなかっただろうからな。…プロジェクトを潰したかった だけで、ジラートの民を根こそぎ滅ぼすつもりじゃなかったはずだ』
 二人の間に流れるのは、空虚感。
 ただひたすらに空しい。
 プロジェクトジェノバも、そしてヴァン将軍の企みも、王国の繁栄と存続、そして世界の平和を思えばこそだったはずなのに。
 それともこれが、自らの力で神をも創り出そうとした人間達への、天罰なのだろうか。

『………なぁ…これからどうする?』
『とりあえず、落ち着ける場所で足りない『音素(フォニム)』が蓄えられるまで大人しくしてるしかねぇな』
『落ち着ける場所ったって…そこらへんじゃ絶対獣人に見つかるぜ。まぁ、実体ねーんだからダメージも受けないだろうけど』
『馬鹿。一日二日で済む話じゃねぇんだ。そんな日向ぼっこみたいな場所で適当にぼけっとしてられるかよ。…デルクフの塔、だな』
 ふわり、と球状バリアが揺れる。
 ルークとアッシュは、廃墟と化した王都に背を向けて、デルクフの塔へと飛んだ。



 デルクフの塔。
 元は獣人との大規模な戦闘を想定して作られた前線基地であったが、戦線の変化と共に要塞としての役割は薄れ、やがて放置されて 魔物や巨人族の徘徊する危険な場所となってしまった。だが、この塔には他にもう一つ役割があった。
『さすがにクリスタルラインの独立予備回線だけあって、ここらは無事みたいだな』
『うん、ほんとだ』
 通常の方法では入り込めない完全な独立ブロックとなっている地下フロア。ここにまでは魔物も入って来れない。魔物には入る方法が ないというのも一因だが、何より魔物が入ろうという気にならないからである。ここには魔物達の嫌う、生命力溢れるクリスタルがあるからだ。
 ここは二人がヴァンと宝条に脅されていた部屋と似たつくりになっており、中央にクリスタルが鎮座しているところまで同じである。
 正、副、予備、独立緊急予備と四回線あるクリスタルラインのなかで唯一、王都の外に配置した別の中枢クリスタルからエネルギー供給を 行なうラインだ。但しこちらのクリスタルはかなり小さいもので、二人と同じくらいのサイズでしかない。
 小さいとはいえ、クリスタルの傍ほど安全な場所はないだろう。
 二人はここで、しばらく冬眠することに決めた。

『…あのさ、アッシュ』
 二人の意識がまどろみはじめた頃、ふとルークが話し掛けた。
 眠りに入ろうとしていたアッシュは、ぼんやりと目を開ける。
『さっきさ、俺のこと、嫌ってたわけじゃないって言ってくれたじゃん?』
『…それがどうした』
『すっげー嬉しかった。俺、嫌われてるってばっかり思ってたから』
『…』
 そこまで徹底的に通じていなかったのか。確かに名前をまともに呼んだことはない…いやそれどころか屑呼ばわりし続け、他にも散々な 扱いをしてはきたが、それでも時折好意を示したこともあったのに。
 …いや、好意を示すと言うにはひねくれすぎていたか、と思い直すアッシュ。愛情の裏返しとはよく言うが、アッシュの場合、裏返した 上に封を剥がして出てきたものをためつすがめつして検分しなければ分からないくらい分かりにくかったに違いない。特に受け取る相手が 七歳のお子様であれば。
 レプリカなのだから見た目は完全に同じ、同い年に見えるのに、ルークはこの世に誕生してからまだ七年しか経っていないのだ。ガイが 根気強く一から育てているのを間近で見てきたのに、時々そのことを失念してしまう。
『…だから…嫌ってるわけじゃないと言ってるだろう』
『うん。…すげー嬉しい』
 ふわ、とほんのり微笑むルーク。

『大好き』

 咄嗟にどんな顔をしてしまったのかは分からない。だがルークはアッシュを見つめ、更に幸せそうに笑顔を深めた。
『俺は大好きだよ。アッシュのこと。アッシュが好き。一番大好き』
 臆面なく好意を伝えられるのは、逆に七歳児の強みだろう。
『…ああ』
 ゆっくりと睡魔の波がやってくる。
 分かりやすく想いを示すチャンスは、多分今しかない。アッシュがルークを抱き寄せると、ルークもアッシュの背中に手を回して体を 寄せた。

『俺も、お前が好きだ。ルーク』

 半透明の唇を重ねたのは、ほんのひととき。



 そのまま二人は、一万年の眠りについた。




NEXT
RETURNRETURN TO itc TOP

UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 えー…宝条博士の出番はここでオシマイです(笑)
 やってることはともかく、存在感とかキャラ的にはおいしい人なので勿体無い気もするんですが。