+-「Promise in Spiral」プロローグ-+

Promise in Spiral
プロローグ








『戻れ!! まだ間に合う!』
『Gキャンセラー起動まで、あと三十五! 急いで!!』
「いいから行って下さい! ここは僕が押さえます!」
 ぐっとグリップを握り、さっと視線を走らせてエネルギー残量を確認する。
 白亜の艦に、ついさっきまで共に敵を薙ぎ倒していた僚機達が着艦してゆく。何としても守るべきその方舟に、敵の目標が向いた。
「させるかぁぁ!!!」
 咆哮。同時に、彼のからだの奥で、意識の底で、何かが強く弾けた。
 愛機の限界性能ぎりぎりにまで、そのポテンシャルを余すことなく引き出して、あれよという間に敵MAを壊滅状態へ追い込んでゆく。
『Gキャンセラー起動まで、あと二十!! お願い早く戻って!!』
「艦長、二人は!?」
 涙混じりの悲鳴で訴える友の声。痛む胸を加速した意識で抑え込んで、彼は尋ねた。
『二人は大丈夫だ、無事収容した。お前も早く!!』
「…彼女を、頼みます」
『馬鹿者! 我々の使命には、お前も!!』
『貸せッ! おい、あたしは許さないぞこんなの!! 戻れったら戻れ!!』
 自分の名を繰り返し叫ぶ、太陽のような少女。

――――傍にいられなくて、ごめん。でも、必ず守るから。………最後まで。

 Gキャンセラーの起動に合わせて、艦が高速航行の準備に入る。それを阻止せんと、敵艦がその艦首を向けてきた。
 艦首砲で狙うつもりだ。だが、やらせはしない! 彼は研ぎ澄まされた意識を更に鋭く集中させると、たった二発のアグニ砲撃によって 残るMA部隊を全滅させた。そこに一拍も置かず、敵艦へ直進する。最大最高の推進力で。
 体に激しいGのかかる急停止で、敵艦首前に踊り出る。ブリッジクルー達が恐れをなして動揺する様子がモニターに映る。
 この人々に憎悪を抱いているわけではない。ただ敵同士と定められた勢力同士に別れて生を受けただけ。けれど今は、彼女達を無事 往かせるためならば。

 彼はがむしゃらに叫び、アグニの砲口をブリッジへ突き立て、引鉄を引いた。
 その背後で、白亜の船は光速圏へと突入していった。
















 静かだ。

「…僕らだけになっちゃったね…ストライク」

 麻痺したように痺れた意識で、愛機の名を呼ぶ。
 ピピ、と答えるようにモニターが反応し、残りエネルギーが僅かであることを報せてきた。

 MS単機で光速航行を行っている艦に追いつくことなど、できはしない。それどころか、たったこれっぽっちのエネルギーでは、味方の 艦と合流することも難しい。救援信号を出したところで、察知して向かってきてくれそうな近場に友軍が展開していない事はわかりきって いる。
 あれだけ派手な戦闘があっても尚、救助艇のひとつも接近してこないのがその証拠。

 それでも彼は、何故か安堵を覚えていた。
 やはり思考が正常に働いていないのだろうか。

「………僕は…もう………今度こそ、もう…誰も殺さなくていいんだ………。…誰も………」

 解放される。
 もう、殺さなくていい。
 それを実感して目を閉じた。その瞬間、熱いものが頬を伝って落ちてゆく。



「みんな…大丈夫だよね…。今度こそ、無事に行けたよね………?」

 今は、ただそれだけが気がかり。

 ピ、という信号音と共に、モニターやランプが次々と消えてゆく。最後まで残ったメインモニターには、「エネルギー残量、危険域に 突入 救命モードへ移行」と文字が浮かぶ。

 目を開いた彼は、小さく微笑んで、キーボードを引き出す。普段ならあっという間に終えてしまう操作に、数分かかった。
 その操作とは、救援信号のカット。

 だが彼は、そこで疲れ切った意識を途切れさせてしまった。







 ストライクは、内包したパイロットの命が尽きているとは知らず、生命維持システムを働かせたままで永い間漂い続けることになる。それは彼を ほぼ完全な状態で保存し続ける事を意味していた。
 そのおかげで、彼は後に約束の再会を果たすことができた。
 遥か過去に交わした、大切な大切な人との再会の約束を、思わぬ形で。

 その再会までには、ここから更に百年の時を要することになる。




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