Promise in Spiral
キラ復活
(1)
「そう難しい顔をするなアデス」
「は。…あ…いや、しかし……」
クス、と仮面の下で微笑する上官に、アデスはまだ不服そうだ。
「これだけのデータで、総統が納得されるとはとても…」
ちらりとモニターを振り返る。
そこには、数枚の星の画像と、降下させた無人偵察機による現地の写真。一部クレーターと砂だらけの写真もあるが、大半は美しい惑星
のものだ。ただ、そこにヒトや、それに近い意志疎通が可能な知的生命体は確認できない。
そして添付された文章は、報告書としてはあまりにもシンプルすぎる。
<第九星系第三惑星・衛星カオス>
<既に星としての生命が死滅しており、活性化装置再設置は不適当>
<同星系第三惑星ティラー>
<緑生い茂る豊かな惑星として自然成長するも、星としてまだ若く、新たな母星とするには不適当>
<また、かねてより懸念されている知的生命体の存在は確認できず>
「納得できずとも、もはや何もできはしないさ。何しろ我らがパトリック総統閣下は、戦力の大半をもぎ取られたばかり。我々ヴェサリウス
艦隊には情報局の息がかかっていることを承知で、他ならぬこの第九星系の視察を我らに命じねばならぬ程、もう余裕はないのだからな」
「………」
その、戦力の大半をもぎ取られた戦闘で、彼らコーディネイターの母星は破壊された。
アデスは悔しさを隠しきれず眉間に皺を寄せるが、仮面の男は口元に笑みさえ浮かべて悠然と艦長のポジションに立っている。
「クルーゼ艦長」
不意に、オペレーターの少女が振り返る。
「情報局局長から極秘通信が入っております」
「繋げ」
「はっ」
それをこそ待っていた、とばかりに即答すると、心臓の上に右拳を置いて腕を水平にし、敬礼を取る。ザ、と一瞬ノイズが入り、すぐに
メインモニターに局長の姿が現れた。
『ご苦労様です。そちらは如何ですか』
「問題ありません。それより、局長のほうは」
『………』
瞳を伏せ、ゆっくりと左右に首を振る。
そんな局長の姿に、ブリッジにいる数名のコーディネイターの間に動揺が走った。
「…では…」
『事態は加速しています。もはや彼らの母星もありません』
「! で、では…撃ったのですか、こちらも!」
思わず口を挟んだアデスへの問いは、静かな頷き。
『惑星破壊砲……。既に互いにトリガーを引いている以上、彼らも、総統も、当然躊躇いはしないでしょう』
「……………では」
『いいえ』
硬い声で終わりを覚悟しようとしたクルーゼの言葉を打ち消す。
『総統は、シグマ・ナース太陽系を背水の陣に選んだようです。おそらく、全友軍はシグマ・ナースへ集結するよう、いずれ指示が出される
でしょう。…あの場所ならば、まだわたくし達にも道は残されています』
「シグマ・ナース…」
クルーゼは何かを察したように呟くが、アデスは戸惑った顔を隠せない。
『時間がありません。わたくしも、すぐにそちらへ向かいます』
「了解しました。無事の航路を」
『ありがとう。皆も武運を』
優しく微笑んだ局長の映像にノイズが混じり、電子音を残して通信は切れた。
「…どうされるのですか、艦長」
「我々にはまだ何の指示も出ていない。このままグングニール艦隊と合流するしかなかろう」
「は…」
そうだ。先の通信は非公式な極秘通信であって、総統母艦から正式に通達されたわけではない。敵母星消滅の事実も、彼らはまだ知らない
はずのこと。
すっとクルーゼの視線が、目の前のメインモニターへ戻される。
「ヴェサリウス艦隊は現時刻をもって、第九星系における調査任務を完了。これよりグングニール艦隊との合流ポイントへ移動する。
全艦光速圏突入用意」
「はっ!」
重苦しく淀んでいた空気が、凛とした声によって吹き飛ばされた。
「全艦に通達、光速圏突入用意。目標ポイントは旗艦ヴェサリウスに准じよ」
「Gキャンセラー起動。進路クリア、異常なし。各艦目標ポイント入力」
「ヴェサリウス艦隊、全艦光速圏突入準備完了」
「突入タイミング、〇.一五。光速航行」
指示が飛び、艦隊は全て、光速による移動を開始する。
「……光速航行より離脱します。ヴェサリウス艦隊全艦、グングニール艦隊との合流ポイントに到着。合流予定時刻まで、あと〇五一六」
「〇五一六か…。もう暫く第九星系でのんびりしてもよかったかなアデス」
さすがに光速での移動だけあって、あっという間に到着したのはいいのだが、待ち時間がかなり長い。
「しかし先程、局長が時間がないと…」
「タイムリミットを知っているのは我々だけだ。グングニール艦隊は、それを知らぬ。彼らには急いでくれる義理はなかろう」
それもそうだ。ううむ、と唸ってしまうアデス。こうなってくると気だけが焦ってしまっていけない。
「距離千二百、グリーン二十から三十七、アルファーに、小惑星群確認。……いえ、戦闘機等の残骸デブリです。友軍の識別信号パルスを
受信」
ん、とクルーゼが仮面越しに視線をやり、アデスもモニターを確認する。
「これではグングニール艦隊の進路を塞ぐ形になりますな。恐らく支障がでるほどのものではないと思われますが、回収作業を行いますか」
「…行え」
「了解。回収作業開始」
「第七デッキへ通達、回収作業開始。回収目標、グリーン・アルファーに存在する戦闘機残骸群デブリ。第六ハッチ解放と同時に、誘導重力
発生」
指示が飛び、艦内がにわかに慌しくなってくる。
「オロール班及びミゲル班、残骸群の確認作業準備」
クルー達の良い暇つぶしになるだろうと軽い気持ちで回収したその残骸群が、彼らが永く欲しがっていた情報と、そして運命の出会いを
もたらす。
「奴らの惑星破壊砲も、光速航行はできない筈だろう。何故防衛ライン直前で破壊できなかった…!?」
吐き出される言葉は怨嗟に彩られ、ぎり、と奥歯を噛み締める音が小さく響く。
「我が母星攻略のため現れた、総統母艦を含む主力艦隊クラスの規模の敵艦隊。これが囮だったわけですな。その敵艦隊との交戦中に、
こちらの方角から侵入を許したわけです」
渋い顔で状況を説明する部下に、男はフンと皮肉げに笑った。
「あのパトリックが、正面きって堂々と戦いを仕掛けてくるわけがない。…まったく…この程度の陽動作戦にひっかかるなんて、バカと
しか言いようがありませんね」
「……」
それでも必死に母星を守り奮戦した仲間だ。サザーランドはさすがに頷くことは出来ず、更に説明を続けようとした。が、総統たる男は
自らモニターの表示を切り換えてしまう。
「残存する友軍艦隊と、惑星破壊砲の位置はどうなってるんですか」
「は、は……。パナマ艦隊は、防衛艦隊の残存兵力を回収し、この第二星系へ向かっております。惑星破壊砲は三基とも、第六星系内の
小惑星群で待機中。…あとは、ご覧の通りに点在するのみです」
「……………」
何たる事態。
これでは完全に、こちらも戦力の半分近くはそぎ落とされてしまったことになる。
「…本当に…何のためにわざわざ長い間苦労して、奴らのテリトリーに恒星破壊砲を仕込んだのか…!!」
彼らナチュラルの宿敵、コーディネイター。その母星があり本拠地である第一星系最大の大きさを誇る第五惑星に、何十年もかけて密かに
建造した恒星破壊砲・サイクロプス。
惑星の内部をえぐり取り、星の命を奪って作り上げたその最悪の破壊兵器をもって、この男はコーディネイターの大半を死滅させ、
母星をその星系ごと消滅させた。
但し、母艦を仕留め損ね、また囮としてこちらも結構な戦力を犠牲にさせられたのだが。
それでも敵母星を消滅させたという成果は大きい。これで彼らの拠り所は無くなったのだから。
だが。
「こっちまで同じ目に遭わされちゃ、全くもって意味がない」
怒りと憎悪に燃え上がる瞳。
そしてその瞳は、既に次の戦いを見据えていた。
「敵母艦と惑星破壊砲の位置を出せ」
「現在、両者ともロスト中です」
「何ィ?」
「我が母星を破壊した後、総統母艦は第九星系方向へ光速離脱したことが確認されています。惑星破壊砲はガス雲の中へ入り、そのまま
ロスト。現在、広域に探査艇を飛ばして探索中です」
「遅い! 急いで情報を集めさせろ!」
「は、はっ!」
癇癪を起こして叫ぶ総統に答えて、オペレーター達がキーボードを叩き始める。
「……どちらにしろ、奴らも満身創痍…。いよいよ最終決戦というところでしょうかねェ。我々もそれに備えて、体勢を整えることに
しましょうか」
「!?」
ざわっ、とブリッジがどよめく。
「ア…アズラエル総統、それではまさか…」
「サザーランド。君にはビクトリア艦隊を率いてもらいます。一先ず第十三星系へ向かい、旧カオシュン艦隊の残存勢力と合流して下さい」
「! はっ!!」
ビクトリア艦隊に旧カオシュン艦隊の残存勢力を加えれば、余裕で主力艦隊クラスの規模になる。喜びを禁じえないサザーランドの
返答に構わず、アズラエルは思考と計略を巡らす。
もはやお互い満身創痍。こうなればもはや、総統母艦同士の対決は避けられない。その上で、宿敵コーディネイターの総統が考えるで
あろう布陣、そしてその最終対決の場所をどこに定めるか。
「………全ての友軍は、旧第三星系エリア・ポイント一○六にて集結。我々もすぐ合流ポイントへ移動を開始。いいですね」
「はっ!」
すっと水平にした手を額に翳し、ばたばたと準備が始まる。サザーランドは移動のためにシャトルデッキへ。オペレーター達は指示の
通達と、それを実行に移すための準備に取りかかる。
「…さァパトリック…今度こそ次で終わりにしましょう…」
シートに腰を下ろしたアズラエル総統は、憎しみに満ちた暗い笑みを浮かべながら呟いた。