Promise in Spiral
種族融合計画
(2)
「第九星系遠征隊クサナギ艦隊所属艦アークエンジェル……。お前の乗っていたこの艦が、種族融合計画の重要なファクターを搭載していた
ことは判ってる。アタッカーズの『キラ』、君がその中心にいたこともな」
「えっ!?」
アスラン達から驚きの言葉が上がる。
「そ…そんなことまで把握していたのか!? 上層部は!!」
「情報局の上層部、そして一部のクルーに限って、ですわ」
「なんなんだよそれ!! それでなんで今までオレ達に調査なんかさせてたんだよ! ほとんど全部わかってるんじゃねェか!!」
「いや。肝心なところがすっぽり抜けてるんだよ」
今度はミゲルが半卵型の入力デバイスキーを叩く。
キラと、キラと同じ顔をした少女の立体映像が投影された。
「っ!!」
「? …キラ?」
ぎく、と震えるキラ。アスランはその様子にただならぬものを感じて振り返るが、キラは切ない瞳で映像に見入っている。勿論自分の
映像にではない。隣にいる、キラと同じ顔をした、金髪の少女のことを。
「キラ。お前から説明してくれるよな」
促すミゲルの視線に、キラは複雑な表情で頷いた。
「………僕の隣の子は…アークエンジェル所属戦闘要員『カガリ』…。僕達は、種族融合計画の柱になる存在として特別な調整を受けて
産み出された、特殊なコーディネイターなんだ。僕とカガリの間に産まれた子供達が、コーディネイターとナチュラルを超えた新たな種
として、カオスに根付くはずだった」
淡々と語り出す。
「多分、このヴェサリウス艦隊も近い状態だと思うんだけど…クサナギ艦隊は、すべてのクルーが情報局の局員だった。本当の姿は、
『ミッション21』を遂行するための箱舟。表向きの任務は、まだ生まれたての若い星系である第九星系を、ナチュラルよりも先に
コーディネイターの領域として確保すること。だけど本当の任務は、僕達を乗せたアークエンジェルを、第六十八次スタービルド計画に
よって活性化された、第三惑星ティラーの衛星カオスへと降下させることだったんだ。残りのクサナギ艦隊は、新しい存在を守るため、
第九星系を侵そうとするもの全てを排除する任務へと移行する予定だった」
「惑星活性化装置で創り出した新天地に、種族融合計画によって産み出された新しい存在を定住させ、コーディネイターからもナチュラル
からも手出しができないように守る。それがクサナギ艦隊の本当の使命。そのために旗艦クサナギには、陽電子破壊砲ローエングリンが
八門も装備されていた。そうだな」
「はい」
「げっっ」
ディアッカが眉を顰めた。艦ひとつにローエングリン八門という装備は、当時から百年経過した現在でも充分すぎるほど過激といえる。
「ところが、それだけの装備を備えていたクサナギが、当時の親衛隊によって撃沈されている」
「…ええっ!?」
「………ちょ、ちょっと待てミゲル、…どういうことなんだ!?」
驚いて立ち上がるキラと、戸惑うアスラン達。
「確かにあの空域でクサナギが消息を絶ち、親衛艦隊も消えましたけど、でもそれは…!」
「そうだ。公式な発表では、第九星系に辿り着いたクサナギ艦隊はナチュラルの惑星破壊砲試作機を発見し、援護に駆け付けた親衛隊と
共に身を呈してそれを破壊したことになっている。だがそれは、総統の指示によって歪められた情報だ。実際には今言ったとおり、
クサナギは親衛艦隊によって撃沈されたんだ。第九星系に、ナチュラルの惑星破壊砲試作機なんてモンは、存在しなかったんだよ」
「…そんな…!! 一体どうして、そんなことに…!?」
厳しい表情で語るミゲルに、思わず声を荒げてしまうニコル。
「百年前といえば、まだ情報局が親衛隊直属機関だった頃じゃないですか。それなのに、どうして…!!」
「そうだよ、それじゃまるっきり同士討ちじゃねえか!」
「それがオレ達にも謎なんだよ。キラ、心当たりはないか」
「………心当たり…と言われても…」
動揺で視線を泳がせながら、かくんと膝の力が抜けて、再びシートに座った。
「…あの時…第九星系に向かっていたクサナギ艦隊は、ナチュラルの艦隊から攻撃を受けて…。先行して第九星系へ向かうように旗艦
クサナギから指示されたアークエンジェルは、戦闘状態の中で光速圏突入を強行したんです」
当時の記憶を手繰りながら話し始めたキラを、アスランやラクス達が見守り、或いは注目する。
「その時に、何らかの要因で過負荷が掛かって…予定進路をそれてしまったんだ。すぐに光速圏へ突入し直そうとしたんだけど、
Gキャンセラーにトラブルが発生して、それもままならなくて…。そこにまたナチュラルの襲撃が」
「またかよ!? なんかそれ、先回りされてるっぽくねェ?」
「ラスティ、ちょっと待ってくれ。…それで?」
そっと促すアスランの優しい瞳に促されて、キラは左手を耳のあたりへ添えて更に懐かしい光景を呼び起こしていく。
「Gキャンセラーを修理している間、敵を阻む為に、僕と…カガリと…フラガさんが出撃して………それで………………」
『ここは僕が抑える!! フラガさんとカガリは早くアークエンジェルへ!!』
『馬鹿!! 何言ってんだ! お前とカガリがセットじゃなきゃ意味ねぇだろうが!! いいからお前も戻れ!!』
『Gキャンセラー起動カウントダウン、停止できません! 起動まであと四十を切りました!』
『総員直ちに帰艦! キラ! 帰艦だ!!』
『無理です! アグニの火力があるストライクでないと、この物量差は埋められない!! それに今モビルスーツが全て帰艦したら、
アークエンジェルが狙い撃ちにされてしまう!!』
『……っ、しかし…!』
『お前っ…お前っ!! それじゃ囮じゃないか!! バカ言うな!!』
『そうよキラ、お願い、戻って!!』
「…そ、れで…………」
『カガリだけでも無事なら、何とかなります。だから! …フラガさん!』
『く…っ』
『ここでアークエンジェルを沈めるわけにはいかない! だから!! 早く!!』
『…キラ…!! ええい、畜生っ!!!』
『うわっ! バカ野郎、離せ!!! キラ!! 戻れキラ!! お前がいないとだめなんだよ!!』
『カガリ…』
『艦が無事だって、お前が居なきゃ意味がない! 一緒にカオスに行こうって約束しただろ!? 戻って来いキラ! キラ!!』
『…ごめん…カガリ…』
『嫌だ!! キラ!! キラ!! キラぁぁぁっ!!!』
『……カガリ……………』
最後に、彼女に伝えた言葉は。
「………僕は…アークエンジェルを見送って…敵と戦って………そのまま…………」
揺れる紫の双眸に、誰も何も言えなくなる。
「…そうか」
ミゲルも神妙な様子でそう零すと、ラクスと顔を見合わせた。
彼女も複雑な表情をしていたが、静かに小さく首を左右に振る。
「…キラ」
「待てよ」
意を決したように口を開いたラクスを、しかしミゲルが遮った。手元のデバイスを操作して、スクリーンの表示を変更する。
そこには、美しい青い惑星と、枯れ果てた衛星が現れた。
「……キラ。これが現在の第三惑星ティラーと、衛星カオスだ」
「……!?」
身を乗り出し、見開いた瞳でその姿を焼き付けるように凝視するキラ。
「…カ…カオスが…こんな、どうして…」
キラの知っているカオスは、スタービルド計画によって水と緑の星となった、美しい自然の星だ。だが、そんな面影は欠片も残って
いない。大気も雲もなく、大地はクレーターだらけ。命を全て拒むかのような静けさに包まれた、完全な廃墟。
「現在知的生命体が確認されているのは、こっちのティラーのほう。カオスは今や死んだ星だ」
「…え…っ………!?」
「お前がアークエンジェルとはぐれた後、アークエンジェルは第九星系でクサナギ艦隊と合流する前に自力でカオスに降下しているが、
さっき言ったようにクサナギ艦隊は親衛隊に撃墜され、全滅。親衛隊はその後カオスに降下しようとして失敗、やはり全滅した」
「……………降下に失敗……、………まさか」
聡明なキラは、それを告げられるよりも先に予測してしまう。ミゲルとラクスにはそれが痛々しい。
「カオスに降下を開始していた親衛艦隊を巻き込み、惑星活性化装置が限界突破出力で起動したものとしか、考えられない」
要するに、人の住める星にするための装置が暴走し、逆に死の星に変えてしまったのだ。
星の命をも断つ程の、想像を絶する超高温に包まれた衛星カオス。親衛艦隊はその炎に飲まれて燃え尽くされたのだろう。
ずるり、とキラがシートから滑り落ち、床に膝を突いた。
「……そ……んな………そんな……!!」
がくがくと震え、涙が溢れ出す。
「…キラ、大丈夫だ。ティラーに知的生命体が存在すると言っただろう? 寸前に脱出して、ティラーに降りたんだ」
「違う!!」
力づけようとしてキラの肩に手を置くアスランだが、彼はかぶりを振って叫び、涙がぽたぽたと床に落ちた。
「違う……カオスにある…活性化装置の制御コードは、僕と……カガリだけしか………」
「……アスラン。カオスの活性化装置に、制御コンピューターは設置されていなかった。キラの言うことが本当なら、………」
「…そんな」
ミゲルの言葉に、安易に慰めようとした自分の言葉は完全に失言だったと悟る。
惑星活性化装置は誤作動防止のため、遠隔操作ができない。メインターミナルとなる装置に直接制御コードを入力するか、或いは地下に
制御コンピューターが設置されているはずだ。通常出力の範囲内であれば、ターミナルがシェルターの代わりになって守ってくれる。
だが、艦隊を滅ぼすほどの超高温となれば話は違う。現にカオスには、活性化装置があった痕跡さえ残っていない。
つまり、唯一制御コードを知っていたという『カガリ』は、一人現地に残って活性化装置を暴走させ、…自分も破滅に巻き込まれた
ことになる。
「そんな…! そんなことって…!!」
だん、と床に拳を打ち付け、涙をとめどなく流すキラに、もう誰も声をかけられない。
「…カガリ………!!!」
用意された存在だ、という以上に。
強い絆が、結びつきが、そして想いがあったのだろう。
痛々しい姿に、胸を打たれるミゲル達。
だが、違う意味で胸の痛みを感じている人物が、一人。
「………キラ…」
呆然と呟くアスラン。
こんなにも強く、キラが想いを寄せている存在がいたということを、認めたくなかった。
アスランにとっては百年前の人間でも、キラにとってはそうではない。
ついさっきまで一緒にいた、最期まで守り抜いた、大切な存在。
最後にキラが彼女に伝えた言葉は、…きっと。
ふらりと立ち上がって、ラクスが念入りに施したロックをさらりと解除して扉を開き、部屋から出て行ってしまうキラ。
「あ、おい………」
止めようとしたラスティだが、しかし言葉だけで足が伴わない。
「…アスラン」
ラクスに名を呼ばれ、はっと顔を上げる。
行って差し上げて下さい、と促す薄青色の瞳。
アスランは頷いて、キラを追って部屋を出る。アスランには、今キラの傍で彼を支えてやれるのは自分しかいないという、揺るぎ無い
自信があった。
何の根拠もないけれど、それでも。
「……ん? 待てよ」
撤収準備を始めようとしていたミゲルとラクス。だが、ディアッカがふと気付いて眉間に軽くしわを寄せた。
「ってことは、種族融合計画の要であるキラもカガリって子も、ティラーに降りる前に死んじまったことになるんだろ? それでなんで
ティラーに新種の知的生命体が存在してるんだ?」
「あ…」
そういえば、と顔を見合わせるニコルとイザーク。
「カオス降下の前にアークエンジェルん中で産んだんじゃねェの? で、他のクルーがその子を連れてティラーに降りた」
「…お前さぁ。コーディネイターの自然妊娠出産率、把握してる?」
簡単に言うラスティに呆れるディアッカだが、ラスティはムッとして反論。
「それを覆すための特殊調整だってことなんじゃねェの!?」
「ってか、キラとカガリの間に産まれた子が新生命体になるんだったら、片割れのキラがいなくなっちまった時点でおじゃんになるんじゃ
ねえのかよ」
「だから! キラがはぐれた時点でもう妊娠してたんだって!」
今度はディアッカが反論するが、ラスティはあくまでカガリ艦内出産説を取り下げようとしない。
「だったらなんでキラはあんなにショック受けてたワケ?」
「恋人が死んだからだろ」
「それにしたってさァ。…ああ、そうか。…けど、そもそもなんで成功してたんなら総統から隠す必要があるんだよ」
「親衛隊とモメたからじゃねェのかよ」
「言われてみれば…なんだか矛盾点というか、納得がいかない部分が多いですね」
散々言い合ったディアッカとラスティの舌戦を、さらりとニコルがまとめた。
自然、全員の視線は訳知り組のミゲルとラクスへ向けられる。
「とりあえずキラが行っちまったから、この場は解散。後でまた召集かけるからな」
しかし、あまりにもあっさりと終了宣言。当然イザーク達は不満顔だが。
「そのあたりは後ほど、局長がいらして直に説明して下さるはずですわ」
続きを引きうけたラクスの言葉に、ぴきっと固まってしまう。
「…きょ……きょきょきょ局長!? マジ!?」
「……オレ、局長に会うの初めて…」
「僕だって! お顔を拝見するのも初めてですよ」
「オレもそうだ。そもそも情報局長は簡単に人前に出ないという話だっただろう。実際、情報局員でさえ局長の素性を知っている人物は
ほとんどいない筈だ」
「ほらほら、焦んなくたってグングニール艦隊と合流する頃には会えるって」
だからさっさと撤収しろ、とジェスチャーで示すミゲル。まだ話し足りない様子だったディアッカとラスティも、渋々ドアに向かった。
他の四人が退出したことを確認すると、ミゲルとラクスは目を合わせ、肩から力を抜いた。文字通り肩の荷が下りたとばかりに。
「………あー、ホッとすんの早いか。まだ残ってるからな、色々と」
「…カオスの末路は…わたくしの口から申し上げるつもりでしたのに…」
「いいんだよ。ラクスにだけ何でもかんでも背負わせるわけにいかないからな。…それより、どうすればラスティの機嫌が直るか考えてくれよ」
くす、と微笑むラクス。この後ミゲルがラスティの部屋を訪れ、臍を曲げているラスティにひたすら理解を求める姿が目に見えるようだ。