++「冷たい海」1−1++






 コズミック・イラ71。


 『血のバレンタイン』から本格化したザフトと地球軍との戦いは、一年という長い激闘の末、終結した。


 それは『オペレーション・スピットブレイク』と呼ばれる計画の結果。


 もたらされた結果―――――それは、ザフトの圧倒的勝利。





 アークエンジェルは捕獲され、その乗務員は全員A級戦犯として査問にかけられ、重い刑が架せられた。…特にストライクのパイロット は特A級戦犯と位置付けられ、銃殺刑に処される事は確実と思われていた。








 それが第一世代のコーディネイターで、しかも―――女性でさえなければ。








冷たい海

エピソード1・裏切りものの人形
(1)









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 モニターに母親が映った瞬間、彼は遠慮なく怒鳴っていた。
「母上!! 一体これはどういうことですか!!」
「………イザーク。仕事中の私を至急呼び出しておいて、第一声がそれですか?」
 やれやれと溜息をつくエザリアに、しかしイザークは食い下がる。
「一体どうしてオレが、ストライクパイロットの身元引受人兼後見人にならなければならないんです!?」
「貴方が最も適任だからでしょう」
「適任!?」
「私が委員会で、法務委員長の任にある事は解っていますね? その息子の貴方なら最も適任だと、評議会の賛同を得たわ」
「そんな一方的な話がありますか!!」
 激情を抑えない息子に、エザリアはまた一つ溜息をついた。
「よろしい? イザーク。問題となっているキラ・ヤマトは、あなたと同年代としては貴重な、女性のコーディネイター。その事実は どうしようもないの。それに一方的というけれど、私はあなたに何度もこの件に関する臨時議会への傍聴を勧めたはずよ? その上で 意見書の一つでも提出すればよかったのに」
「私はその間、デュエルの今後の処遇について軍で」
「たったの一日、一時間でもいいから、こちらを優先させられる事もできなかったのですか?」
 ぐっ、と詰まってしまう。
 そんな息子に更に溜息をついて、エザリアは続けた。
「詳しくは明日、こちらへ出向いて説明を受けなさい。分かっていると思いますが、最高評議会からの召喚状が発行されている以上、 正式な理由なくこれを拒否することはできません。…いいわね、イザーク」
「…っ、わかりました…」
 わなわなと拳を震わせながら、イザークは通信を切った。

 …冗談じゃない。
 散々屈辱を味わわされたストライクのパイロットが、よりによってコーディネイターだったなどと。そして、女だったなどという事実を 突き付けられた上に、その面倒を見ろ?
 相手が尊敬する母でなければ、最高評議会の議員だろうが何だろうが、ふざけるなと怒鳴りつけてやるところだ。
 ぎりっと奥歯を噛み締め、イザークは身を翻した。


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 その足でイザークは、病院へ向かう。
「…え…イザーク!? 来てくれるとは思いませんでした」
「オレだってそこまで薄情じゃない。…見舞いだ。こんなもんでも気晴らしくらいにはなるだろう」
「わあ…! ありがとうございます」
 目を輝かせるニコル。
 その手の中には、ノートパソコンくらいのサイズの、小さな電子キーボードが。
「けど、一時は両足切断とまで言われてたのに、良かったじゃないか」
「ええ、本当に。手も無事でしたし…」
 言いながら、その鍵盤の上で指を滑らせる。
 嬉しそうなその微笑みに、イザークの頬も少し緩むが。
「あの時、ヤマトさんが剣をそらしてくれたおかげです。ほんと、命があっただけでも感謝しなくちゃ」
「………」
 僅かにイザークの眉間に皺が寄る。
 同時に、今だ残る傷跡が歪んだ。




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 ―――――あの時。

『アスランっ! 下がって!!』
 PSダウンしたイージスを守ろうと、片腕しか残らぬブリッツは、ミラージュコロイドを解き、己の存在をストライクに示しながら、 文字通り特攻した。
『!!』
 咄嗟に振り翳していたソードを横に払おうとするストライク。
 その刃が、コクピットに迫った。

『っ、だめだぁぁぁっ!!!』

 絶叫と共に、その切っ先は僅かにそれて。

 コクピットの下部すれすれに楔は撃ち込まれた。



 それは本当に一瞬のこと。



『………ニコルっ、脱出しろ!! イザーク、ディアッカ、ニコルを回収次第撤退!』
 荒い息のキラ。その目の前のモニターが、立ち上がるイージスを映し出す。
 咄嗟に脱出したニコル。その直後、ブリッツはばりばりと電撃を放ち、爆発した。
 爆風に煽られたニコルを回収したバスターは、デュエルと共に去ってゆく。
『キラ…!! 何故、俺を殺さない!!』
『………アスラン……』
『…次は、俺がお前を討つ。必ず。…倒すなら今だ』
 睨み合う。ストライクと、PSダウンしたイージスが。
『ぼ……くは………、…殺したくなんか…ない……………!!』
 嗚咽の混じった声に、アスランの表情が歪む。
『今更何を言う!! 同朋を、コーディネイターを、…俺を裏切っておいて今更!!』
『………………っ』
 裏切り。
 この言葉がどれだけキラの傷を抉るか、この時のアスランは知らなかった。
『アスランっ、何をボーッとしている! 退却だろうが!!』
 イザークの激に、アスランは無言でイージスを発進させた。



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 命は助かったものの、ニコルの足は使い物にならなくなってしまった。
 一時は最悪の場合根元から切断とまで宣告されたものの、神経細胞の移植と再生が成功し、幸いそれは免れることができた。
 未だに自力で立つ事はできないが、根気強くリハビリを続ければ、時間はかかるがいずれはちゃんと歩けるようになる。
 彼は今リハビリを頑張っているが、まだ移動する時には車椅子が不可欠。

 その原因であるストライクのパイロットを、自分が後見人として保護する事になった。


「………そうなんですか」
 やはり穏やかに、ニコルはそう呟いた。
「ったく…冗談じゃない。女だろうが何だろうが、裏切り者など処刑してしまえばいいんだ」
 過激なイザークの物言いに困り笑いを浮かべてしまう。
「………イザーク。ヤマトさんは、アスランの幼馴染なんだそうですよ」
「何?」
「とても仲が良くて、…アカデミーに来るまで、アスランにはその方しか友達がいなかったって言ってました」
「……」
 ますます眉を寄せてしまう。
「何だってそんな奴が、裏切ったりするんだ」
「さあ…そこまでは」
 首を傾げるニコルに、イザークは今度は溜息をついてしまう。
「お前、どうしてそんなに冷静なんだ。お前の足をだめにした張本人だぞ?」
「…イザーク。僕、あの時、死を覚悟したんです」
「………」
「ビームソードがモニターいっぱいに迫ってきて…。ああ、これでおしまいなんだ、…そう思いました。怖かったです。とても。彼女は そのまま僕にとどめをさす事ができました。なのに、必死にその刃先を変えようと…」
 だめだ、と叫んだ彼女の声を聞いた。通信回線から、確かに。
「そんなのは偽善だ」
「でも、その偽善のおかげで、僕はここにこうして生きていられます」
「……………」
「僕は感謝したいんです。その、彼女の偽善に。…命あってこそ、ですから」
「………」
 命あってこそ。健康あってこそ。
 それはわかる。

 …だが、だからといってストライクのパイロットを赦す気には、到底なれない。



 ふっ、と不意に微笑むニコル。
「聞いて下さいよ。アスランったら、ヤマトさんをどうにか助けようと躍起になってて、ろくにお見舞いに来てくれないんですよ? ディアッカ の方がよっぽどこまめに顔出してくれるんですから」
「…」
 大きく溜息をついてしまう。
「ばかばかしい…だったらアスランが後見人になればいいじゃないか」
「………イザーク、これは父さんから聞いたんですけど…」
 真剣な顔になって、声を潜める。
「ザラ議長や彼の派閥の方たちは、ヤマトさんを処刑しようとしていたらしいんです。それを、クライン元議長派の方たちやラクスさん、 アスランが、必死で食いとめたって」
「止めなくていい、そんなもん。まったく…」
「ただ、その…ザラ議長派の方たちは、ヤマトさんを保護するかわりに、何か…それが何かまでは教えてくれなかったんですけど、彼女に 何かをさせたとか、要求したとか、利用したとか…なにかそういったことがあったらしいんです」
「はぁ? なんだそりゃ。さっぱり要領得ないじゃないか」
「そうなんですよ。なんだか曖昧な話で…」
 やれやれと肩を竦めてしまう。

 そういったところでニコルの母親が現れたため、話は強制中断。
 イザークは帰路についた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

本格イザ×キラは初、かな。改稿中の短編は学園パラレルの単発でしたし。
それでもアスランがキラキラ言ってるのは変わらないらしい、という感じです。
『俺達を』、じゃなくて『俺を』裏切っておいて、の発言が何とも…。ねぇ。(ねぇって言われてもね、って感じですが)
…さて、そんなわけで最終回直前(明日ですよ…)になってポコポコ連載始めます(^^;)
なんていうか、映画の噂もありますが、とにかく「本編」は終わってしまう…ということで…。
そっちが終わるんならこっちは始まってやるわよ!!!
…という意味不明な対抗意識だったり。(なんじゃそりゃ。)
そんなわけでかなり見切り発車なので、更新スピードは遅めです。
手元のストック分が殆ど書けてないので…。……すみませんッッ!!! m(_ _;)m