冷たい海
エピソード1・裏切りものの人形
(2)
シャリ、と鎖が鳴る。
「……………」
思わず、目を見張ってしまった。
議場に引き出された、白いワンピース姿の少女。
両手に太い手錠がかけられ、それを繋ぐ鎖が動くたびに微かに音を立てる。
茶色の髪に、アメジストの瞳。細い手足。白い肌。
…不健康なほど白い肌。
「特A級戦犯、地球連合軍少尉キラ・ヤマトへの処分を発表する」
議長席からパトリック・ザラが固い声で告げる。
隣でアスランが息を飲むのがわかった。
「…多くの同朋を殺した裏切り者には死を与えるが当然。だが、現在のコーディネイターの状況から、女性であるキラ・ヤマトを処刑する
事は賢明ではないと判断する。よって、法務委員長エザリア・ジュールの長男、ザフト軍クルーゼ隊所属、イザーク・ジュールにその
身柄を一任し、保護と監視を徹底するよう申し付けるものである」
「イザーク・ジュール。前へ」
ポーカーフェイスが崩れないように注意しながら、イザークは立ち上がり、指示された通りに前へ。
「議決により、貴殿にキラ・ヤマトの保護監視及び身元引受後見の任を命ずる」
「イザーク・ジュール。了解致しました」
感情の篭らぬ声でそう答え、母親から命令書と書類の封筒を受け取る。
それから、鍵も。
「?」
「手錠、貴方が外しておあげなさい」
「………はい」
もはや仏頂面でそう返し、じろっとキラ・ヤマトを見る。
アスランの複雑な視線を受けながら、歩み寄って、その前に立つ。
「…聞いたな。今日からお前の身柄を預る。イザーク・ジュールだ」
「……………」
いらっ、と心が波打った。
彼女は目を開いてはいるが、何も見ていない。
時折機械的にゆっくりまばたきをするだけで、そのくすんだ瞳には何も映っていない。
―――あの、ストライクのパイロットが。
こんな女だったなんて。
殴りつけてやりたくなる衝動を抑えて、細い腕に辛うじてひっかかっている手錠を外してやる。
「拘束はないが、お前に自由はない。わかったな」
「…………」
「…聞こえてるんだろう! 返事くらいしたらどうだ!」
「……………………」
ふ、と顔が動いて。
瞳がイザークを捉えたような気がした。
何か言おうとするかのように口が開き、かすかに動くが。
…それは、動くというより、震えるといった程度のもので。
思わず一瞬眉を寄せてしまう。
「ものを言うなら、もっとはっきり言え」
「…」
つたわらない。
そう判断したのかどうかは知らないが、キラは再びふっと目の焦点をあやふやにさせてしまう。
チッと舌打ちをしてキラの手を取り、イザークは歩き出した。
引けば一応ついてはくるが、その足取りは酷く頼りないもので。
「キラ!!」
思わず立ち上がり叫んだアスランの声が議場に響く。
反応を見たくてちらりと振り返ったが。
―――――アスランの声さえ、彼女には届いていないようだった。
「………わかってる。ちゃんと保護してやるさ。……………はぁ? …アスラン…お前、何の心配してるんだ? …っ、煩い! 耳元で
喚くな!! とにかく、用件がそれだけならもう切るぞ。……………面会許可のことまでオレが知るか。オレは保護監視が仕事であって、
面会許可を出す権限はない。せいぜいザラ議長閣下に泣きつくんだな、アスラン」
最後に思いきり皮肉を言ってやって、もう聞く義理はないとばかりに電話を切る。
携帯をサイドのポケットに入れて、エレカの運転に戻った。
「……」
隣に座る少女に視線を移す。
このハイウェイの下は森林区。湖を見下ろせるポイントもあって、交通の要であると共にデートスポットとしての役割も果たしている
のだが。
彼女は相変わらずただ瞳を開いているだけで、景色を見てはいない様子。
さっきの電話の最後も、ことさらアスランという名を強調して出してやったつもりなのだが、それに対し、彼女がリアクションを起こす
気配もない。
…何なんだ一体、このマネキンみたいな女は。
硝子玉のような目も、白過ぎる肌も、無反応な表情も、まるでマネキンそのもの。
ただしこちらのマネキンは、病的に痩せ細っている上にやつれていて、ショーウィンドウに出すには値しないが。
「………」
声をかける気にもなれず、イザークは苛立ちを抑えて運転に集中する。
ジュール家の別荘の一つ。
三階建てに屋根裏部屋のついた、少し広めの一軒家。別荘というよりも、別宅といったほうが適当かもしれない。庭もイザーク好みの
程々の広さで、彼は幼いころからここが気に入っていた。
なので、戦争がおわってからはここで一人で暮らしていたのだが。
まさかそこに、裏切り者でアスランの幼なじみだったという女を踏み入れさせることになるとは。
リビングに入り、電気をつける。まだそう暗い時間ではないが、これからは迂闊にカーテンを全開にするわけにもいかない。
コーディネイターは野蛮なナチュラルとは違う。だが、今は終戦直後で人々の精神が昂揚している時期だ。裏切り者であるキラ・ヤマト
に対し、暴挙に出る者がいないとも限らない。…家の中の状態はあまり外に晒したくない。
当のそのキラ・ヤマトは、イザークに通されるままリビングに入ったものの、部屋の隅に立ったまま。
とりあえず自分の鞄を椅子にのせ、テーブルに書類や命令書を置いたイザークは、彼女の様子に怪訝そうに表情を歪めた。
こいつ、ひょっとして何も分かってないんじゃないか?
イザークはうんざりした溜息をこぼした。
「…そんなとこに突っ立ってないで、こっちに座ったらどうだ」
ぴく、と顔がこちらを向く。
じっ…と見つめられて。
だが、その瞳には感情がない。
やがてのろりとした動作でダイニングテーブルに近寄ると、頼りない手付きで椅子を引き、大人しく座った。
…これからずっと、万事この調子なのだろうか。
うんざりしたばかりなのに、今度はげんなりしてしまう。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
キラとイザークの初対面ですが。
キラ、かなり壊れてます。
なんでまた…といったところは、また後ほど。
って「後ほど」なんていうスパンじゃないんですが(^^;)かなりお待たせするかと…。すみません。