++50 title「場の勢い」1++

07・場の勢い
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「大体きみはいっつもそうじゃないか、なんでもかんでもあれはやったか、これはやったかっていちいち!!」
「お前が頼りないからだろう!! 俺が言わなきゃやらないし、言ったってやらないし、結局最後は俺に泣きついてくるのがオチじゃないか!!」
「ああもう!! いつまで幼年学校の時の話してるんだよ!! 僕もう十六だよ!?」
「三つ子の魂百まで、あてになるもんか!!」
「誰が一人で君達からアークエンジェルを守ってたと思ってるわけ!?」
「一人!? 図々しい、ムウさんもいたじゃないか!! ディアッカを落としたのだってムウさんだし、アルテミスの前でヴェサリウスを 退かせたのだって、その時俺からお前を助けたのだってムウさんだっただろ!」
「あれは僕っていう囮があったから成功したっていうか、実行に移せた作戦でっ、そもそもきみがあんな無茶苦茶やらなければムウさんは あのまま帰艦……ああもう!! ムウさんは関係ないだろ!! 僕が言ってるのは、きみが」
「キラお前、今話逸らそうとしただろう! まさかムウさんと何かあるのか!?」
「はぁ!? 何言ってんの!? ってか、話を脱線させてるのはきみだろ!?」


 ………。
 呆然と見送る、エターナルの工員達。
 これでは整備の指示も取り付けられない。

「…なあ、キラさんとアスランさん、どうしたんだ?」
「さあ…。なんか、戻るなりすぐ、コクピットから出た途端あの状態なんだけど」
「戻るなり?」
「そう、戻るなり。キャットウォークに降りてすぐお互いつかつか歩み寄って、ケンカ始めて、そのままこの状態」
「…???」

 そんなふうに言い合っている間に、もう件の二人は工員達の視界から消えてしまっていた。



 そのまま、ずんずん歩きながら口論は続く。いや、既に口論というには稚拙すぎるものになっているのだが。
「だからどうしてそんなにムウさんに固執するんだよ!! 関係ないじゃないか!!」
「ストライクだって、いつのまにか復元してムウさんに渡してるし!」
「それはモルゲンレーテがやったことで、僕がやったわけじゃないよ! 頼んだわけでもないし!」
「ストライクのOSはお前が作ったと聞いたが!?」
「だから!! 今はムウさんの話じゃなくて、きみの話をしてるんじゃないか!」
「どうしてそうやって話を逸らそうとするんだ!! そういうところが怪しいって言ってるんだ!」
「怪しい!? 怪しいって何、怪しいって!! 言っとくけど、ムウさんはマリューさんの恋人なんだからね!! そんなこと疑うなんて、 きみ一体僕のことどういう目で見てるわけ!?」
「ほら!! そうやって俺に矛先を変えようとする!! 俺と離れてる間にムウさんと何かあったんだな! そうなんだな!?」
「だから!!」
 いい加減頭にきたキラが、足を止めてキッとアスランに向き直る。だが、あっと小さく声を上げて、更に話が飛んだ。
「シャワールーム通り過ぎちゃったじゃないか!!」
 そんなことまで自分のせいにするのかと、アスランも更に頭に来てしまう。
「そんなの俺のせいじゃないだろう!! お前が勝手にづかづか進んでいくから!!」
「ああっ、もう!! 信じられないよ!! 今日のアスラン、おかしいよ!!」
「おかしいのはお前だ!! 何なんださっきの戦闘は!! 一人で敵陣に突っ込んで! いくらフリーダムが多角的な攻撃に秀でていると いっても無謀すぎる!! 大体」
「お説教は沢山だって言っただろ!! いいじゃないか、ちゃんと振り切れたんだから!! あーあ、それこそムウさんだったらこういう 時ちゃんと褒めてくれるのに! 僕アークエンジェルに戻ろうかな!!」
「っ」
 それは全くあてつけのつもりでしかなかった。
 だからキラは、その時顔色が変わったアスランのことも、してやったりとしか受けとめていなかった。
 ぷいっと顔を背けて、来た道を戻ろうとするキラ。
 ―――そのキラの腕を、容赦のない力が引いた。

 何を、と声を上げる間さえ与えられなかった。
 組み伏せられ、動きを封じられ、片手で口も鼻も覆われて、息が出来ない。
 無理な体勢で床に押しつけられて、関節や筋が痛い。
 大きな………女の自分とは明らかにサイズの違う大きな手のひらが、あっさりと自分の呼吸を阻む。
 驚愕。
 ただそれだけで固まったキラの瞳に映るのは、今まで見たこともない激しい怒気を放つ静かなアスランの顔。
 エメラルドグリーンの美しい瞳が、殺気すらはらんで自分を居抜く。
 遠慮のない力。
 息が詰まる。
 苦しさに生理的な涙が滲み、目の端から溢れてアスランの指に触れた。
「……、 っ!!」
 はっ、と弾かれたようにキラから離れるアスラン。
 突然呼吸が戻り、気管がひくっと鳴ってしまう。体を折って咳き込む。
 背中をさすろうと手を伸ばしかけ、躊躇してしまうアスランを、眼の端に捉えながら。
 とにかく呼吸を落ち着けて。


「………………そっか……忘れてた。アスラン、軍人だったんだよね」
 圧倒的な力に驚いたけれど、男女差もある上、プロの訓練をトップの成績でクリアした相手が本気になれば、天性の勘が頼りのど素人の 自分がかなうわけがない。
「キ、ラ………す、すまない。こんなつもりは…」
「ううん、ごめん。僕も言い過ぎた。ていうか、僕が言い過ぎた。ごめん」

 距離が。
 詰められない。

「……シャワー、浴びて来よう?」
 いつものように小首を傾げて、笑顔に戻るキラ。
 けれど、手を差し延べてくることはなかった。
「………ああ」

 ぎくしゃくとした、妙な距離。
 二人は隣り合って歩きながら、その実何万キロも離れているような気がしていた。



 はぁ、と辛気臭いため息。もう何度目だろう。
 悩みながらシャワーを浴びていたのでは、水がいくらあってもまかなえない。操作パネルに触れてシャワーを止めると、またため息を ついてドライエリアに移動した。
 体を拭きながら、またどんどん気分が落ちて行くのを感じる。

「何をしてるんだ俺は……最低、だな………」

 ムウとマリューが恋人同士だという事は知っている。
 それでも。
 キラの口からあんなふうにその名を出されて、冷静でいられなかった。
 他の男を褒め、頼るくらいなら、無理矢理にでも自分のものに。自分のことだけを見るように。この腕の中に閉じ込めて、二度と どこにも行けないように。口を塞いで、他の名前など二度と呼べないように。他の男を呼ぶために吸う息など止めてやる。
 抜け殻でもいい。キラを、自分のものに。
 ………危険すぎる。そんな発想。
 殺し合ってしまった時、キラを殺して自分だけ生き延びてしまったと、あんなに苦しんだのに。自分勝手にも程がある。子供じみた、 ただの我侭だ。そんなものが暴力を振るっていい理由になど、決してならない。
 大体、キラが他の男の名前を呼ぶ度にこんな事を言っていたらキリがない。
 自分はそのうち本気でキラを監禁してしまうんじゃないかと、嫌な悪寒が背筋を走った。


 …だけど。

 今、共にいるのに。
 たとえすれ違いの時間が長かったとしても、今はこうやって、自分の意思で、キラの隣にいるのに。
 頼られているのは、信頼されているのは、…好意を寄せられているのは、俺じゃなくて、ムウさんなのか。

 飛躍しすぎていることはわかっている。それに、軍人でもないのに突然戦いに出なくてはならなくなったキラを、彼が長い間支えて くれていたんだということも聞いた。
 だからムウには感謝しているのだ。覚悟を決める暇もないまま命のやりとりをしなくてはならなくなったキラを、今までずっと支えて くれていた恩人なのだから。
 …けれど、あんなふうに二人の仲の良さを主張されると、嫉妬を抑えられない。
 自分が傍にいられなかった間、あの男がずっとキラの傍にいたのだ、と。
 そっちの方向にばかり思考が行ってしまう。
「だからって…あれじゃ逆ギレだ…」
 新しい下着と、シャワーの間にクリーニングが済んだ服を着ながら、ぶつぶつ。

 ………告白、してしまおうか。
 この気持ちを。
 愛していると告げて、それこそムウとマリューのように堂々と彼女を支えてやれるように。

「―――――――――短絡的だな。俺も」

 まだだ。
 まだ時期ではない。
 こんな情勢下で―――それを言ったらムウとマリューもそう、という揚げ足取りも出来るが、しかし彼らの場合はパイロットと艦長。 自分達の場合は、パイロット同士だ。
 戦場で、恋人同士の関係が前者であれば現場と指揮官との連帯になる。
 だが後者となると、お互いがお互いを守る力になると同時に、甘えが命取りになる危険性もある。

 そして、そんな理屈よりも。

 メンデルから脱出する際、酷く傷付いたキラ。
 彼女の傷を癒してやるには、それでは駄目だと思う。
 幼い頃から彼女を見てきたからこそ働く直感のようなものが、心の奥から激しく警鐘を鳴らす。それではキラを救うことにならない、と。


 特別な絆など求めなくていい。
 そんなものがなくても隣にいる。君の傍にいる。
 …それが今のキラを癒す一番のキィワードなのだと。


 アスランにしては珍しく、具体的な根拠のないそんな直感が、キラの『心』を手に入れたいという衝動を辛うじて押し留めていた。



 そっ、と唇に触れる。
 ザフトのパイロットスーツの素材越しに、アスランの体温を感じたような気がした。
 実際はそんな熱を通さないようになっていることはわかっているけれど。

 ……大きな手だったなぁ、と改めて思う。
 口も鼻もいっぺんに塞がれてしまった。実際、あのままなら窒息していただろう。
 かあっ、と頬に熱が集まった。
 どうかしてる。
 口論の末手を出されたのに、そんな時にアスランを意識してしまうなんて。

 ぼーっとしたままシャワーを止めて、バスタオルで体を拭いて。
 着替えに手を伸ばしたとき、指先がコツンと何かに当たった。
「あ…これ」
 無意識に持ち歩いてしまった、フレイの忘れ物の一つ。
 小瓶に分けられているものだから名前はわからないけれど、とても甘くてセクシーな香りのする香水。情熱的でグラマーなフレイに、 よく似合っていた。
(…フレイ…無事だよね。ナタルさんが一緒なんだから…)
 きゅっ、とその小瓶を握り締めて、願う。

 しかし、ふとなんとなく、自分の胸に目を落として、うっと詰まってしまった。
 …大きくもなく、小さくもなく。ごくごく平均的なサイズ。
 はぁ、と思わずため息が零れた。
 さっさと着替えながら、ぐるぐると考えてしまう。

(アスランはザラ議長の一人息子なんだから、プラントのVIPの人達とも付き合いあったんだろうなぁ…。ラクスもかなり胸おっきいし、 第二世代の子ってそういうとこも違うのかな。……マリューさんもだけど、ラクスって何カップなんだろ……。あ、そういう意味では ナチュラルもコーディネイターも関係ないのかな。胸のサイズってコーディネイトできるの?)
 そういう問題か、と突っ込みたくなる部分は多々あるが。キラのぐるぐるはまだ続く。
(カガリ…は…僕とおんなじくらいだよね。多分。人工子宮に入れられたとか、そういうの関係あるのかな…。………ていうか、そもそも アスランの女の子の好みってどんなの!?)
 そして、最終的にはこれに尽きる。

 着替え終わったキラは、キッと鏡に向き直り、小瓶の蓋を外した。





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