++「ルナマリア・ホークは見た!」++

ルナマリア・ホークは見た!













「何とか言えよ、てめェ!」
「?」
 穏やかでない罵声が聞こえてきたのは、停戦後『ニューミレニアムステージ』と呼ばれる次世代機として開発された新型量産機の一種、 ザクウォーリアのハンガーの裏手から。
 ジープを降りたルナマリアは、議長の出迎えに間に合わなかったことを聞かされ、少し悔しい思いをしながら仕事に戻ろうとしていた ところだった。
「ムカつくんだよ、そのスカした態度とかさァ!」
「そうそう、人を小バカにしたようなその目とか!」
 ―――うわ、下らない。
 思わず一瞬眉を寄せてしまった。
 それにしても、こんな低レベルな因縁をつけるような輩が、まさかザフトにいたなんて。
 ここはちょっとお灸を据えてやらなくてはと思い近づいたルナマリアは、しかし咄嗟に足を戻し、影に身を潜めてしまう。
 なんと因縁を付けられていたのは、同僚であり友人でもある、レイ・ザ・バレルだったのだ。

「何とか言ったらどうなんだよ、えぇ!? …それとも何か、オレ達のことクビにしてやろうとか思ってんのか?」
「妖しかったもんなァ、さっきの議長とお前! なァんか、目と目で会話してるってヤツ?」
「どうせ議長に取り入ってパイロットにしてもらったんだろ? その赤服もさぁ、ほんとにお前の実力で取ったかどうか怪しいもんだぜ」
「…」
 それでもレイは何も言わず、ただ鋭い瞳で囲んでいる五人の男達を見据えているだけ。
 自分もレイも纏っているこの赤い制服は、アカデミーをトップクラスで卒業してザフトへ入隊したエリートの証。当然人数的にもごく 少数。時に一般兵から、特にアカデミーを経由せずに志願入隊した人々から妬まれることもあるとは聞いていたが、それにしてもこんなに 直接的かつ前時代的なものは目に余る。
「停戦になって、アカデミーも緩んでんじゃねェの?」
「いや、やっぱアレだろ、議長に取り入ってってほうだろ。おキレイな顔してるもんなぁ」
「ベッドの上で腰振っておねだり、ってやつ?」
 ハハハ、と下卑た笑いが上がり、それがルナマリアの堪忍袋の尾をぶち切った。
 そもそもルナマリアは正義感が強く、そして性格は快活というよりも、むしろ肝っ玉母さんと表現した方が近い。この状況をこのまま 見過ごせるわけがなかった。
「ちょっと!! あ」
「しょ――――――――もな。」

 しかし。
 一歩踏み出したルナマリアの声を上書きするように、凛と澄んだ声が響いた。

 そしてその澄んだ声が発した言葉は、その場にいる全員を硬直させるのに絶大な効果を発揮する。


















「……………… へ?」
 五人のうちの一人が、口の端を引き攣らせながら、尋ね返すようなリアクションをした。
「しょ――もなぁっちゅうたんじゃ。聞いちょらんかったがかね、こんたわけが」
 そしてレイは鋭い目のまま、更に空気を凍り付かせる。

「ばってん、まっことおぬしらひまじやのう。そげなしょーもなかこつば考えちゅうヒマさあったら、名ぁば上げて議長の覚えさ良う しようとか思わんかいや」

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

 既にザフトの中でレイの寡黙ぶりは有名で、レイが喋っているのを聞いたことのない者のほうが圧倒的に多い。
 これだけの長文をレイが喋ったという時点で、既にレアな現象ではあるのだが。
 しかし、もはや何を言われているのか意味すら把握できていない者もちらほら。

(しかし、お前達はよっぽど暇なんだな。下らない妄想をしている時間があるなら、功績を上げて議長に名を覚えて貰おうとは思わない のか。………かしら)
 呆然としているのはルナマリアも同じだったが、彼女は辛うじて翻訳に成功していた。





「…アホらしか。付きおうとられんわい」
 突っ立っている五人をフンと一瞥し、レイはすたすたとその場を後にして、…そして。
「………」
「………、お、お疲れ」
 一歩踏み出した状態のまま固まっていたルナマリアは、はは、と笑って軽く手を上げた。
「…」
 レイはルナマリアの腕を掴んで、ぐいぐいと歩き出す。
「えっ、ちょ、ちょっと」
 無言でハンガーの入り口まで戻っしまうレイ。
 人の往来の激しい場所まで来てから、ルナマリアの腕を解放した。
「もう、何!? あいつらちゃんと叱って、上官に報告しないと駄目じゃない! あんな事言って議長閣下のことまで侮辱するなんて、 独房入りや減俸どころじゃ済まされないわ!!」
 我に返って憤慨するルナマリアだが、当のレイはくすっと余裕の微笑。
「あれくらい脅かしておけば、二度と下らないことは言わないだろう」
「…………………」
 あんぐり。
 今度は金魚の口になってしまう。
 そのまま量産型ザクウォーリアに歩み寄っていくレイの後姿を、口をぱくぱくさせて見送るしかできない。
 もっとも後を追って駆け寄ったところで、何をどう言えばいいのか全くわからなかったのだが。


「………あれ、脅しだったの……………?」



 かなり脅かす方向が間違っているような気がしたのだが、それを本人に切り出すよりも新型奪取事件のほうが先に起こってしまい、 この小さな事件は当事者達の胸のうちに秘められることとなった。
 レイの口調について噂が流れるようなこともなかった事から、実際レイの『脅し』:はかなり効いていたのだろう。結局あの五人は 大人しく引き下がったものと思われる。

 これ以後レイが呼び出しを受けたり、絡まれたりするような事はなかった。


END

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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あああ怖いよぅぅ(滝汗)

 …ところでレイの喋った方言ですが、海原が知っている限りの方言をフィーリングでごちゃ混ぜにしたものです。
 これがこのままどこかの方言だというわけではありません。