++短編「REPLAY」++

REPLAY










 今度こその完全停戦。沢山の人々がエターナルに集まって祝賀会を開けるほど、今度の戦いの終わりはすっきりしていた。
 勿論、後味の悪さが全く残らない戦争なんてあるわけがない。色々と苦い思いはしたけれど、…それでも、最初は別々の陣営にいて、 違う思いで戦っていた人達が、最後には同じ一つの目的のために手を取り合ったという事実は、不思議な達成感を皆にもたらした。

 場所がエターナルになったのは、ただ単純に、一番広い部屋があるという理由。少し狭いパーティー会場に変身した作戦室では、 今頃みんなが思い思いに楽しんでいるはずだ。
 そっと部屋を出たことに、ラクスは気付いていた。気付いていて、見逃してくれた。



「あれ?」
 艦橋ならともかく、展望室には誰にもいないと思っていた。けれどそこには、一人の少女が座っていた。
「ミーアさん?」
「!?」
 びくっとして振り返る少女。違ったのかなと思ったが、やっぱり間違いない。
「どうしたの、こんなところで」
「……………」
 呆然としている彼女の隣に座る。
 ラクスとうりふたつだった容貌はかなり変わっていた。髪は光沢のない黒で、恐らく市販の染料を使ったのだと思う。素人がカットに 失敗したようにざんばら頭になってしまっている。眼の色も黒。整形手術をした顔まではさすがに彼女一人では元に戻せなかったのだろう。 基本的な顔のパーツはまだラクスそっくりのまま。だが、星型の髪飾りは、もうしていない。
 しかし、顔はそのままでも、髪型と眼の色が違うだけで、全く印象が変わるものだ。
「…キラさんこそ、いいんですか? 主役がこんなところで油売ってて」
「主役は僕じゃないよ」
「でも」
 言い募ろうとして、けれど彼女はそこで口を噤んだ。
「……………どうしてわかったの? あたしが、ミーアだって」
「どうして…って言われても。見たらわかるよ」
「ウソ! あたし、ここまで来るのにいろんな人とすれ違ったけど、誰もわかんなかったわよ!」
「そうなの?」
「そうよ! それにあなた、後姿しか見てなかったのに、なんで!?」
「……」
 そう言われても、本当に見た瞬間に『あ、ミーアさんがいる』と思っただけなのだが。
 答えに窮してきょとんとしていると、怒ったような顔をしていたミーアは、毒気を抜かれたように力を抜いた。
「…君は、祝賀会に参加しに来たんじゃないの?」
「………」
 無言。それから、ふっと自嘲するように笑った。
「行けるわけないじゃないですか。あたしが何してきたか、キラさんだってよく知ってるんでしょ?」
「うん。でも、平和を喜ぶ気持ちがあるから、君もここへ来たんだと思う。それならいいんじゃないかな」
「キラさんだって、あたしのこと怒ってるくせに」
「うん。最初は怒ったよ」
 はっきり言われたのが意外だったのか、ミーアは一瞬目を見開いて、それからふいっと視線を外す。
「そりゃ、僕達の知らないところで、ラクスにそっくりの人が、ラクスを名乗っているんだから。気分は悪かったよ」
「…はっきり言いますね」
「意外?」
「…でもないかも。あのストライクフリーダムに乗ってた人なんだもんね」
「………」
 無言。今度はキラが黙り込んでしまう。
 その反応は予想外だったのか、ミーアは探るようにキラの顔を見た。
「…髪、自分で染めたの?」
「………うん」
 話を逸らされた。気付いたが、ミーアは敢えて聞かなかった。
「もう、ラクスさんのフリする必要ないし。…したって、もうみんなわかっちゃってるもん。意味ないし」
「…」
 拗ねたようなその顔に、キラはクスと微笑した。途端にミーアは憤慨する。
「何よっ! 笑うんならもっとちゃんと笑ったら!? どうせこいつバカだって思ってるんでしょ!」
「…違うでしょ」
「何よ!」
「違う、と思って。…君は、本当は、ラクス・クラインを演じている自分じゃなくて、ミーア・キャンベルとしての自分を、みんなに 見てほしかったんじゃない?」
「………何よ、それ」
「だから、ラクスと同じものを捨てて、ここに来た。…違うかな」
「……………」
 みるみるミーアの顔が歪んで、目じりに涙が滲む。どうやら図星だったらしい。
「…今度こそ、誰かの代わりじゃなくて、君自身でいられるって。…君がミーアでいたいと思って、それを認めてほしかったんでしょう?」
「………………でも…………怖くて……」
 ぐすっ、とべそをかきはじめてしまう。
「怒られたり…今更何言ってるんだって責められるのこわくて………でも、誰にも気が付いてもらえないのもイヤで」
 勇気を振り絞ってエターナルまで来たのはいいものの、見知った顔が多く集まっている部屋へ入れず、ここに逃げてきた。そういうこと なのだろう。
 キラはミーアの涙を指でそっと拭って、ぽんと肩を叩いた。
「一緒に行こう」
「…やだ…ゼッタイ怒られちゃう…」
「うん。それは仕方ないよ」
 ぐっさり。
 ミーアは更に泣き出してしまって、キラはぽんぽんと肩を撫でる。
「だって、君は怒られるようなことをしてきたんだから。自分でもそう思ってるから怖いんでしょう? だから、ちゃんと謝ろう」
「ヤダ。ゼッタイ許してくれない」
「…かもしれない」
 椅子から降りて、ミーアの正面に廻り込んだキラは、彼女と視線を合わせるために膝をつく。
「許してくれないかもしれない。でも、わかってくれるかもしれない。わかってくれる人だっているかもしれない。…それはやって みないとわからないよ」
「………………」
「君が本当に、ミーアに戻ろうと思っているなら、今逃げたとしても、いつかは通らなきゃいけない道なんじゃないかな」
「……」
 ひーん、と惨めな声を出して、ごしごしと袖で顔を拭うミーア。
「あ、謝らなきゃいけないとは思ってるの、あたしだって! でもっ、でも…」
「うん。…僕が一緒についててあげるから。一緒に行こう」
「…なんで? キラさんだって、あたしのこと怒ってるって言ったじゃない」
「最初は、って付けたよ。ちゃんと。………それに僕も、謝らなきゃいけないから」
「え?」
 終戦の立役者が一体何を謝ることがあるというのか。ミーアは疑問に思ったが、キラの瞳に浮かんだ哀しげな色に、入り込んでは いけない場所なのだと悟る。
「だから、一緒に行こう」
 差し出される手。穏やかな微笑に、この人はとっくに自分のことを許しているのだと知った。

 今のままでは、何も変わらないから。変わることができないから。

 ミーアは、涙をぐいっと拭いてから、その手を取った。


END



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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
 まあ、こんなに円満に終わるわけないとは思っておりましたが。
 ここまで来てミーアが退場になるとは思いませんでした…。
 「ラクスの替え玉である自分」ではなく、「ミーア・キャンベルである自分」に自信と誇りを持って、新しい人生を歩み始めて欲しいと 願っていたのですが…。
 …。
 うー(泣)
 今まで歩んで来た道が過ちだったと気付いた時にやり直すことができるのは主役級だけっていうのはズルイです(←八つ当たり+愚痴)

 せめてミーアが安らかに眠れますように。