雪の舞う夢を、君に
(9)
「…ところで、カガリ、って誰なんですか?」
「ひゃっ」
腰のあたりでもぞっと何かが動いて、くすぐったさに思わず妙な声が出てしまった。
ニコルが顔を上げてキラを見上げ、微笑んでいる。
「お前、寝てたんじゃなかったの?」
「ちょっとウトウトしてしまったのは認めますけど。それよりキラ、カガリって誰ですか?」
「へ?」
「おい、ニコル」
「僕だってキラを苦しませたくはないですけど。でも、…あんなに魘されながら何度も何度も繰り返し聞かされた名前のこと、気になって
仕方ありませんから」
繰り返し?
…いや、そう言われても、キラはもうすっかり悪夢の内容など忘れてしまっていた。
そもそも眠っているときのうわ言など、覚えているものなのだろうか。
「あのなぁ、今直ぐ無理に聞き出すことないだろ」
「いいえ、ここは是非教えてもらいますよ、キラ。言いたくないならハッキリそう言ってくれれば、考慮しますけど」
「考慮かよ」
「え、えっとねニコル、…っ!!」
びくっ、とキラの体が震える。
「なっ、何してるんだニコル!!」
「何って、ここはやはり、体に訊くのが一番かと思って。そうそうアスランにばかり一人占めさせておくつもりもありませんし」
見ればいつの間にか帯をほどいて浴衣の合わせをずらし、指を素肌へ滑りこませている。ちゃっかりしているというか、早業にもほどが
あるというか。
「ちょ、ニコルっ、やめ………っ、…!!」
じたばたともがくキラだが、イザークにまでがっちり抱き付かれていては、ニコルだけを引き剥がすことは難しい。
「キラ、随分感度いいですね。…やっぱりあなたの仕業でしょう、アスラン」
「ニコル!! 悪ふざけもいい加減に」
「やっ、あ、ちょっ、やめて待ってっっ、うわっ!?」
キラの肌をぺろりと舐め、そのまま先へ進む気まんまんのニコルを引き剥がそうとするアスランだが、今度はイザークの腕がキラの胸元
を大きくはだけさせてしまった。
「こいつは放っておくと全部自分一人で溜め込むからな。この際、オレ達がいるんだってことを体に教えこむのも、いいんじゃないか?」
「異議な〜し」
「えええっっ、ちょっ、みんな待っ、…っ!! あ…っ」
ニコルとイザークが素肌に愛撫を始め、首筋や耳をディアッカが舐めて。
…三人の様子からして、これは冗談では済みそうにない。
このままではかなりとんでもないことになると、キラの頭のどこかで警鐘は鳴っているが、小さな刺激にも敏感に反応してしまう体は、
抵抗らしい抵抗ができない。
「ディアッカ!! イザーク!!」
「あのさアスラン、うるさいからやらねーんなら黙っててくんない? それか、キラがオレ達に抱かれるとこ見たくねぇんなら、しばらく
部屋出て外にいろよ」
「なっ」
「おい、この手邪魔だどけろ」
「いつもキラを一人占めしてる罰ですよ、アスラン」
「ちょっとみんな、わかったからやめ…っ、ちょっ……!!」
三人がかりでこられては、キラにはもう手も足も出ない。というよりも、既に体に力が入らない。
「―――――――……」
翻弄されて、紅潮するキラの頬。トーンの上がる声。
荒く乱れる息。
間近で見せつけられて、アスランが一人冷静でいられるはずもない。
「……お前達、キラの負担も考えろよ」
と言うが早いが、キラの唇をキスで塞いでしまって。
うわ言で呼んでいたカガリという人物が何者なのかという話は、とっくに遥か彼方へ消え去っていた。
「みんなの言いたいことはわかったから。わかったけど、今度昨夜みたいなことしたら絶交だからね!!」
翌朝。
重い体を引き摺ってユニットバスへ入る間際、キラはそんな捨て台詞をよこした。
「やーっぱ4対1はキツかったか」
「それじゃ、今度からは二人ずつにしますか?」
しれっと言った最年少のニコルに、他の三人は思わず一瞬一時停止し、それから溜息。
「そういう問題じゃないだろ…」
「けどアスランの一人占めっていうのも、もう認められませんよ」
「それについては同感だ。今後はローテーション組むっていうのはどうだ」
「え〜? オレは先着順希望だなァ」
「ああ、どっちにしろアスランはしばらく遠慮して下さいよ。昨夜も結局一緒だったんだし、今までの分がありますから」
「却下。それは俺がキラと同室だったからで、ずるをしてたわけじゃない」
「あ、開き直りやがった」
「ずるいですよアスラン」
「ずるくない。使える環境をフルに使って何が悪い。お前達だって、今までキラを部屋に呼んだりできたのに、しなかっただけじゃないか」
「うーわ、更に開き直りやがった。サイアクー」
「フン! だったらこれから挽回するまでだ」
「じゃ、とりあえず順番を決めましょうか」
ごん!!
ユニットバスとの境にある壁が鈍く鳴った。
聞こえているぞ、とキラからの自己主張。兼、警告だろうか。
けれど四人は、クスッと笑う。
「仕方ない。クジでも作るか」
「四人でクジもクソもあるか! ジャンケンで充分だ」
「おいおいおい、先着順って案が出てんの忘れてない?」
「だってローテーションが一番公平じゃないですか。先着順じゃ、予約だけで一杯になっちゃいますよ」
「言ってる間にできたぞ。ほら、どこか選べ」
キラが皆を、死なせたくないと想ってくれるように。
大切に想ってくれるように。
自分達だってキラが好きで、キラに笑っていてほしくて、キラを守りたい。
だから、たとえキラにだって譲らない。
もう君を一人にはしないということを。
「……さっきの、手を痛めていなければいいんですけど」
「ああ。でてきたら見てみないと」
「ほんっとあいつ、やること可愛いよなァ」
「…、おい」
イザークに袖を引かれ振り返ると、窓の外に白い花が舞い踊っているのが見える。
「え、うわっ、マジ?」
思わず四人で駆け寄ると、それは花ではなく、雪だった。
「わあ…綺麗…! 今日は降雪機、ちゃんと動いてるんですね」
「そうだな。キラのやつ、昨日は滑り足りなかったようだし、朝食を摂ったら早速ゲレンデに行くか」
「お、賛成! キラ早く出てこねえかな〜。この景色見たら絶対またはしゃぎ回るぜきっと」
「そうですね。昨日、本当に嬉しそうでしたから」
「……いつか」
「え?」
ぽつんと零した言葉をニコルが聞きつけて振り返るが、いや、とアスランは首を横に振る。
いつかキラを、本物の雪が降る場所へ連れて行ってやりたい。
置いて行くとうるさいから、この三人も一緒でいい。それに、五人揃っているほうが、キラは喜ぶだろうから。
もっと賑やかなほうがいいと言うのなら、ミゲルとラスティを誘おう。
平和な世になったら、みんなで地球へ降りて、自然のゲレンデへ行こう。雪の降る街へ行こう。一面白銀の高原へ行こう。
そうしたらきっと、昨日のように目を輝かせてはしゃいで、笑顔を見せてくれる。喜んでくれる。
心穏やかでいてくれる。
笑っていて。
どうか、笑っていて。幸せでいて。
苦しい闇の夢など、もう見なくていいように。
白く輝く、優しい雪の夢を、君に。
Fin
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい
最後の最後で危険なところにちょっと足突っ込んじゃいました(^^;)
す、す、すみません…。