予告編
※この作品は、海原が高校生の時に構想していたファンタジー小説にSEEDキャラをはめこんだものです。つまり、
完全パラレルとなります。
キャラを当てはめた時点で
兄弟設定が本編と食い違ったり、敵味方が一部バラけたりしています。
ちなみに原作は、当時十六ページ程
書いたところで早速設定倒れを起こし、ペンを折りました…。
ザザザッ、と草を斬るように走る二つの影。
藍色の、深い深い夜の色を宿す髪の少年が、フードを頭から被った少女の手を引いて、逃れるようにひた走る。
丁度、その髪と同じ色の夜空の下で。
「!」
はっ、と気付く。
獣道に出ると、林の木を隠れ蓑にしていた兵士達がざっと現れ、取り囲む。
「…『光の騎士』、アスラン・ザラだな」
リーダーらしき男が、いやらしい笑いを張り付けて前へ出る。
チッ、と小さく舌打ちをして、少女を自分の後ろへ庇う。
――――こいつら、『神殿』の正規の兵士じゃない。雇われたゴロツキか…。
「ご同行願おうか、騎士様よ」
へへへ、と下卑た笑いが響く。
「くっ!」
後ろの少女が指を揃えて唇の前に出し、呪文を唱えようとする。が、アスランは剣の柄に手をかけ、反対の手でそれを制した。
「やる気らしいぜ、騎士様は」
「本気かよォ? 『神殿』の中で女神様のお世話をするだけの騎士サマが、剣なんか振れるのか? え?」
「さァて、振るどころか鞘から抜くのも無理かもな!」
ハァッハッハ、と、笑い茸でも食べたかのように笑い続けるゴロツキ兵士達。
アスランはふっ、と鞘から手を離し、頭上へ翳す。
「カース・ライト!」
カッ、と光ったその手の平。降り注がれた光が意志を持ってゴロツキ兵士達に絡み付く。光は強力な拘束具となって、一人残らず束縛
してしまう。
「ぐぁっ!? なっ、なんだこりゃ!?」
「こっ、この光っ!! ちっくしょお、離しやがれ!!」
取り合う気などないと言わんばかりに一瞥し、少女の手を取って再び走り出す。
* * *
林を縫う獣道を走り、森へ入って小川を辿り。
きこりの使っていたらしき山小屋を見つけ、夜明けを待つ。
少女はふぅ、とベッドへ腰を下ろし、フードを外した。
「…でも、夜のうちに移動したほうがいいんじゃないのか」
鮮やかな金髪と、真っ直ぐな気性を表す瞳。
「いいえ。ここは既に『風の神殿』の領域です。彼らは夜明け前に、闇に紛れて事を済ませようとするでしょう。ならば、明るくなって
から動いたほうが賢明です」
「……」
冷静なアスランに、少女はすまなさそうに視線を床へ投げた。
「アスラン、すまない」
「え?」
「あたしが軽率な行動をしたせいで、キラは…! あたしの…あたしのせいだ…!!」
「それは違います」
悔し涙をぽろぽろと流す少女の傍に跪き、真剣な瞳を向ける。
「キラ様を見失ったのは、俺の過失です。カガリ様がご自分を責められる必要はありません」
「でもっ、…くそ!!」
ぎゅっと握った拳を振り下ろすと、ベッドから軽く埃が舞った。
「…少しお休みになって下さい、カガリ様」
「………ああ……ありがとう…。…とにかく、早く『水の神殿』へ…ラクスやアイシャと合流しよう」
しっかりと頷き、アスランは隣の部屋へ戻った。
固いソファに腰を下ろし、薪もくべられない真っ暗な暖炉を睨み据える。
そして―――その表情が、後悔と苦痛に歪んでゆく。
「キラ様…っ!!」
ほんの一瞬だったのだ。
ほんの一瞬目を離しただけで、守護するべき彼女は、姿を消した。
* * *
「キラ様が何と仰られようと、俺は反対です!」
何度目かになる話し合いは、今日も平行線。
「どうして!? アスラン! …この事は…『御遣い』だけにしか知らされない大事な秘密なんだよ? それを君に話したのは、君に…
君なら分かってくれると思ったから、同じ事を繰り返しちゃいけないって…だから、僕は…!!」
涙を溜めて訴えるキラだが、アスランは厳しい表情で、視線を逸らす。
「俺は『光の騎士』です。『光の御遣い』であるキラ様をお守りして、光の民達に平和な生活を与える手助けをするのが使命です!」
「っ…」
はっとキラの瞳が揺らいだ事に、アスランは気付かない。
「みすみす民に混乱をもたらすようなことを認めるわけにはいきません。…キラ様は誰にでも何に対しても優しすぎる。それはキラ様の
美徳ですが、今の情勢でそれは命取りになります!」
「民を危機に晒す気はないって言ってるじゃないか…! 『復活の刻』には、ちゃんと僕が盾になると」
「それが俺には承服できないと申し上げているのです!! 万が一キラ様に何かあれば、民達がどんなに不安を覚え、悲しむか!!」
「お話中失礼します」
明らかに怒りを含んだオルガの声が響き、続いて彼が険しい表情で部屋へ入ってきた。
「オルガ! キラ様の寝所へ了承なく立ち入るとは、無礼だぞ!」
「アスラン様、お声が廊下にまで響いてますよ。また使徒達の噂の種になりたいんですか」
「!」
皮肉を込めたオルガの答えに、アスランは彼を睨み返すが。
オルガも負けず、アスランを睨み返す。
そこには騎士と使徒という上下関係はなく、あるのは男としての敵意と対抗心だけ。
「……今日はもういいよ。アスラン、下がって」
「キラ様!」
「これ以上話を続けても…また堂々巡りでしょう?」
哀しげに揺れるアメジストに、アスランのエメラルドも揺らぐ。
―――こんなふうに衝突したくなどないのに。
恋人でもある自分達が床を共にして休むことがなくなって、もうどのくらい経つだろう。
「…カガリ様もご心配なさっておいでです。くれぐれも、先走ったりなさらぬようお願い致します」
「……心配してくれてるのは…わかってる。……ごめんね、アスラン」
「…」
謝られたいんじゃない。そんな言葉が欲しいんじゃない。
そんな哀しい瞳で見つめられたいんじゃない。
「………失礼致します」
それでも引き下がるしか出来ない自分にも苛立つ。
* * *
その直後だ。突然の襲撃が始まったのは。
あのタイミング。そして、キラと共に消えたオルガ。
考えたくはないが―――オルガが『雷の神殿』と内通していた可能性もある。
「…だが…」
彼とはキラの心を巡って争ったライバルだが、光の兵団の砲撃隊隊長としての彼とは信頼関係を築いた仲間でもある。
そして、彼がどんなにキラを大切に思っているのか…『女神』と崇め忠誠を誓う以上に、女性としての彼女を思っていたか、…この身を
もって知っている。
アスランはすっと鎧を止めるベルトを緩め、服の胸元を少し広げて、自分の心臓を見る。
そこには、タトゥーのような刻印がなされていた。
『光の御使い』であるキラからの口付けで刻まれた、『命の刻印』。
もしもキラの身に何かがあったなら、この刻印がその異変を知らせるはず。
だが、刻印は色も変えず形も変えず、その場所にある。
差し当たって、生命に関わるような事態に巻き込まれてはいないようだが…。
…それが「今安全な環境にある」という保証にはならない。
「……キラは俺が…必ず助け出す…!」
* * *
八つの精霊を称える『神殿』、そのそれぞれの精霊の声を聞き民を導く『御遣い』。…その一つ、『雷の御遣い』であるフレイが、
八つの神殿を統率して頂点に立つのだと名乗りを上げ、他の『神殿』を支配化に置くと宣言してから、もう半年になる。
同調してフレイを支持する『神殿』、反発してフレイから『雷の御遣い』たる資格を剥奪すべきだとする『神殿』、そして、フレイの
支配は受けないが、『雷の神殿』の内情にまで干渉はしないとする中立派の『神殿』の三派に別れ、それぞれが緊迫した状態を続けてきた。
だが先日、遂にフレイは実力行使に出た。
中立を保っていた『木の神殿』へ攻め込み、『神殿』を占拠してしまったのだ。
『木の御遣い』アイシャと、その『騎士』であるアンドリューは、生き延びた神殿の使徒と共に、『水の神殿』へと逃亡せざるを
えなかった。『木の神殿』の領地で暮らす木の民達はフレイの支配化に置かれての生活を余儀なくされたが、それに反発した者や生活が
困難になった者達の間で、フレイと『雷の神殿』に対抗する一般兵組織『リターナー』が結成される。
そうして、この争いは更に混迷してきた。
そして今回の『光の神殿』襲撃。
八人の『御遣い』の中でも特に、精霊のちからを最も強く操り、民を想い、人々をよりよい方向へと導く、『女神』とまで称された
『光の御遣い』…キラ。
フレイに反発していた闇と風の『御遣い』から、もし自分達のトップに立つのならフレイではなくキラが適任だ、という意見が表立って
発信された矢先のことだった。
超簡単なキャラ設定
* * *
『敵であるもの総て滅ぼして、かね?』
『戦うしかあるまい。敵である限り、どちらかが滅びるまでな!!』
『だが今の君は僕の恩人だし、ここは戦場ではない』
『撃たれたから撃ち返し、撃ち返された銃弾はまた、撃たれたから撃ち返すものを生み続ける。どこまでも終わらぬ憎しみの鎖だ』
『敵か味方か。世界はそれしかないのか! 本当にそうなのか!! …ならば互いに滅びるのもさだめと諦めるのか』
『君にはこの連鎖を断ち切る力があると、私は信じている。…血の繋がりもなく、こうして顔を合わせるのも初めてだが、私にとっては
君もまた、息子同然なのだから。そしてヤマト夫妻が命を賭して守った、大切な子であるのだからね』
アンドリューの言葉が。
ウズミの言葉が。
そして。
『キラお前、また課題残しただろ! まったく…俺がいないとすぐ遊んじゃうんだから!』
『お前またハッキングで裏技見つけたのか? そのうちゲーム会社に訴えられても知らないぞ?』
『キラも、そのうちプラントに来るんだろ?』
両親を、あの少女を殺した仇なのに。
蘇るのは、優しかった思い出ばかり。
「………っ!!」
がくりと膝をついて、銃を下ろすキラ。
アスランはキラと目の高さを合わせて、フェンス越しにそっとその頬に触れた。
「…キラ…俺は……」
だが、その言葉を遮るように、彼から渡された銃を持ち主の手に押し返す。
「………君達のことは誰にも言わない。だから……もう僕の前に現れないで。アスラン」
「…キラ…っ」
「どうせもう、今の僕は今日限りで終わりだから」
キラが残した言葉の意味は、数日後になって明かされる。
* * *
「出たぞ! 足付きだ! …っ、何!?」
はっ、とイザークの声に我に返ると、モニターに映る敵艦は、以前と姿を変えていた。
馬の蹄のような特徴あるシルエットに変わりはない。だが、ユニットパーツが追加され、船体が僅かに大型化している。
「そうか! あれはモルゲンレーテの造った船…そしてオーブにはその本社があります!」
「くそっ、どさくさに紛れて強化したな!」
「おい、ちょっと待てよ。オーブ軍のコードになってるぞ、こいつ!」
「何だと!? どういう冗談だっ、それは!!」
混乱しながらアークエンジェル目指して進む四機に、突然全方位通信が割り込む。
「周囲に展開しているザフト軍に伝えます。僕は、オーブの講話大使、キラ・ヒビキ」
「!? キラ!?」
「ってことはこいつ、あの時の…」
「アークエンジェルは現在、オーブ軍に籍を置く艦であり、僕をジョシュアへ護送する任についています。貴殿らとの戦闘の意志は
まったくありません。但し、攻撃を仕掛けてくるという場合は、応戦せざるを得ない」
「何。要するに、ちょっと通りたいだけだから黙って通せ、そうすれば何もしない、…って言いたいわけ?」
「フン! ふざけるなぁぁっ!!」
「! 待て、イザーク!」
アスランの制止を聞かず、デュエルが先制の一撃をアークエンジェルに放つ。そして、それを援護するバスター。
「右舷部に被弾!」
「応戦します。総員、第一戦闘配備! 対モビルスーツ戦用意!」
「ミサイル発射管一番から六番にアンチビーム爆雷装填、即時発射。後続にウォンバット、七番から十二番にはコリントス装填。
ゴットフリート、ヘルダート一番二番、照準合わせ」
「アイオーンラインは!」
「開通まで四十分、オンライン、起動には約八十五分必要です」
「かかりすぎる…短縮できないの?」
「無理です、戦闘しながらではとても…」
「…わかったわ。アークエンジェル本体のみで対応して」
「了解!」
ブリッジに、CICに戦闘の指示が飛び、カズイに代わって通信シートに座っていたキラが席を立つ。
「僕も出ます。準備を!」
「わかったわ」
「上部第一カタパルトからミーティア・D射出準備、急げ!」
「いえ、ミーティアはまだ必要ありません。それはジョシュアまで取っておいて下さい。彼らにこちらの手のうちを総て知られたくない」
ブリッジを出ようとしていたキラが、ナタルの指示に足を止めて告げる。ナタルは意外にも怪訝な表情ひとつせず、当然のようにその
指示に従った。
「了解した。ミーティア・Dは下げ、第二デッキにスカイグラスパー一号機発信準備!」
「マードック軍曹、バーニアの準備は」
「作業は完了してます! いつでもいいですぜ!」
「では、ヒビキ大使」
笑みを浮かべたキラは、そのまま格納庫へ走る。
「アスラン! 迷っていてはこちらが危ない! 集中して下さい!」
「わかっている! イザーク出過ぎだ、ディアッカも下がれ!」
「煩いッ!」
「ちんたらやってたって落ちないのは、宇宙で身に染みてんだろ!?」
全く統制の取れない隊員達に、舌打ちしてしまうアスラン。モニターが一部を拡大し、足付きのカタパルトが開く様子を映し出す。
「! 来るぞ、ストライクだ! 散開!」
「アスラン、下がって下さい」
すっ、とブリッツがイージスの前に出る。
「!? どういうつもりだ、ニコル!」
「ストライク…あの人が乗っているんでしょう? オーブで会った、あの人が」
「っ……」
君が僕の両親を殺した。
どこかの知らないナチュラルが、ではない。ザフトの誰かが、ではない。君が殺したのだと責めたキラの涙が、一瞬アスランの目の前を
チラつく。
「アスランにあの人は撃てません。僕が!!」
すっと構えたブリッツの前に現れたのは白い機体ではなかった。
それよりも一回り、いや、二回りは大型の、闇の色をしたモビルスーツ。
「!? …まさか」
「新型だと!?」
「キラ・ヒビキ。プロヴィデンス、行きます!」
* * *
アークエンジェルの向かう先…見え始めたジョシュアでは、既に戦闘が始まっていた。
「何ですって!? スピットブレイク発動は、まだだった筈よ!」
「僕らがオーブを発ってから、何か状況が変わったんでしょう。それが…… !!」
はっ、とキラの顔色が変わる。
ジョシュアを攻めているモビルスーツ群の中に、見なれた紅い機体を見つけたから。
「…っ、そんな!!」
「キラ?」
怪訝に振りかえるカガリを置いて、キラは走り出す。
「マリューさん、プロヴィデンスとミーティア・Dの準備を!!」
「キラくん!? 無茶よ、サイクロプスが…」
「ミーティア・Dの大気圏内用強化バーニアなら、発動してから退避しても、本部に入らなければ逃げ切れます! ナタルさん、早く!!」
血相を変えて走り去るキラに、キッとカガリも表情を引き締めて。
「何をしている! あの場にいる兵士達は皆、何も知らされずにいるんだ! 救出するぞ!! フリーダムとミーティアも準備だ!」
ブリッジに檄を飛ばし、キラを追って走り出した。
「…っ、総員第一戦闘配備! アイオーンラインを起動して!」
はっと我に返ったマリューもまた、指示を出す。悲劇を最小限に食い止めるために。
それが、サイクロプスとスピットブレイクの情報を手にした、我々の使命なのだから。
* * *
「…グゥルはもう駄目か…。でも、イージス自体は無傷に近い。モビルアーマー形態に変形すれば、飛行は可能でしょう」
「…」
初めて会うかのような対応に、戸惑うアスラン。
しかも、憎んでいる筈の自分をサイクロプスから守ってくれた。
キラ・ヒビキと名乗る、キラ・ヤマト。
近くに着地したフリーダムからは、カガリが駆けてくる。
「アスラーン!!」
「…カガリ…!?」
信じられないという顔で、フリーダムから降りて来たカガリを見るアスラン。しかもカガリの髪は出会った時よりも短くなっていて、
まるで。
「無事だったな、お前。…キラ、どうだ?」
「うん。大丈夫。エネルギー残量的にも、自力でカーペンタリアまで戻れると思うよ」
「そっか」
「そっちはどう? 大西洋連邦の上層部は」
「だめだ、まかれた。…くそっ、あいつら…!!」
「じゃあ、早くオーブに戻ろう。彼らは例の新型を投入して、必ずオーブを狙って来るよ」
「ああ」
…二人が並ぶと、性別と髪の色と声さえ同じなら、同じ人間が二人いるかのような。
「…アスラン。一応、紹介しとく。彼がキラ・ヒビキ。あたしの双子の兄だ。事情があって、名前は違うけど」
「…え?」
多分自分は相当に間抜けな顔をしているんだろうと思う。
双子? …カガリは一体何を言っている?
困惑した視線をキラに向けると、キラは別人のように落ちついた、それでいて厳しい視線で、自分を貫いていた。
「…行って下さい。今のあなたは僕の敵です。『ザフトのアスラン・ザラ』」
☆覚書
○ミーティア・D…プロヴィデンス専用ミーティア。十基一列×三列一組のドラグーン砲門集合体を肩部の左右から二組ずつ突き出す
ように装備。同じ形の砲門が集合しているので途中の数機が破壊されてもその先の砲門が接続できずに宙に浮くことはなく、順番が
詰まって接続されるために問題なくエネルギーが充填される。
……要するにプロヴィデンス本体のドラグーン砲門と10×3×4=120基のドラグーン砲門を種割れキラが総て制御して総攻撃したり
したらとんでもなくかっこいいだろうなという思いつきによって捏造された話。
しかもそれをキラに乗せたいがためにザフト製核エンジンMS三機をオーブ製にしてしまったという話。
そのためにアスランが割を食ってヘタレまくっているという気の毒な話。
(Aさん、Kさん、Yちゃん、助言ありがとう!)
「THE GARDEN OF EVERYTHING」(改稿版)予告
元は『キラを女性化して本編を第一話から組み直す』というテーマだった筈なのですが。
構想練り直していたら何時の間にかミゲキラになっていました。何故だろう。
り○んかク○キー(なんとなく軽くふせてみる)に連載されてそうな雰囲気のお話になりそうです。
* * *
シュン、と誰かが入ってくる気配。
視線を動かすことも億劫で、ただそのままベッドに寝そべっていた。
だが、入ってきた人物はキョロキョロと周囲を見回すと、すぅ、とおもむろに息を吸った。
そして、響き渡るメロディ。
はっとして起き上がると、メロディは突然止まった。
「誰だ!?」
「すっ、すみません! …えと、キラ・ヤマトです」
咄嗟に謝って返事をしてしまうあたり、キラも律儀といえば律儀だが。
「? …ああ! アスランが連れて帰ってきたお嬢サンか」
警戒は突然気さくな口調に変わり、こちらに近づいてくる。一つ一つ独房を確認しているようだ。
「お、ここか」
自分の姿を認めて、柵へ近寄る。陽気な金髪と長身は、一目で印象に残った。
「よっ」
「………こ、こんばんは…」
「お前、コーディネイターなんだろ? なんでこんなとこに入れられてんだよ」
「…モルゲンレーテの工場区から出てきたのと…ジンを殴り飛ばしたことで、嫌疑がかけられたので…」
「ふ〜ん。…っておいおいおい、なんだそりゃ! アスランのヤツ何も言わなかったのかよ?」
「……」
ふっと逸らされた視線に、これはこじれたな、と察するミゲル。
「…まァいいや。とにかく、ここで見聞きしたことは他言無用、誰にも言うなよ。わかったな」
「え、どうしてですか?」
「練習してるとこは人に見せない主義なんだよ」
くす、と微笑んでしまう。妙なところで意地っ張りなんだな、なんだか可愛いな、と思ってしまった。
ミゲルは気を悪くした様子もなく、笑顔のままじっとこちらを見ていた。
「…きれいな声ですね。それに、すごく上手です」
「まァな。これでもオレ、プロだから」
「えっ!? すごい!」
「知らない? ミゲル・アイマン」
「………すみません」
がくっ、と肩を落としてしまう。
「…ま、無理ないか。戦時下だからな。中立コロニーや地球にまでは配信されないか。これでもプラントのチャートではラクス・クライン
と並んで初登場トップの常連なんだぜ」
「わかります」
美しい歌声と、完璧な音程と、堂々とした表現。ただの練習であろうほんの一瞬の歌声だけでさえ、こんなにドキリとさせられる。
「でも、どうしてこんなところで」
「ここはヴェサリウス内で防音が効いてる施設の中で、オレが普通に出入りできるとこだからさ。しかも普段誰も居ないから…って
しまった、こんな内部構造一般人にバラしちゃだめじゃん」
クスクスと笑うキラに、ミゲルも一緒に笑う。
「妙な縁ができたな」
「そうですね」
「タダで聴かせてやるから、代わりに絶対内緒にしろよ」
「はい」
無邪気に笑うキラからは、想像もつかなかったけれど。
* * *
「…完全黙秘? 彼女がですか?」
「ああ。何故モルゲンレーテにいたのか、あのMSと関わりがあるのか、或いは地球軍と繋がりがあるのか…。そういったこちらの質問に、
全て黙秘を貫いている」
地球軍やモルゲンレーテとは無関係であり、あくまで保護したのだから本国へ送還すべきだ、自分が身元保証人になる、と息巻く
アスラン。だが当の本人が何も語ろうとせず口を噤んだままのため、完全に嫌疑を晴らすことができずにいる。クルーゼも扱い
あぐねているらしく、部下の前であるにも関わらず、珍しくため息が零れた。
「身につけていたIDから、ヘリオポリスの工業カレッジの生徒であることは確認が取れた。だが、あのカレッジはモルゲンレーテとの
繋がりも深い。生徒だというだけで無関係とは断定できない。しかも彼女はイージスのOSを一瞬で書き変えるという芸当をしてみせた」
「…あの戦闘中に、ですね」
「うむ。加えて本人からの供述も取れないとあっては、疑ってかかるのは仕方のないことだ。…黙秘というよりも、外界から心を遮断した
ようにも見えるな」
「そんなバカな…」
あんなに無邪気に笑って、声が綺麗だと素直に言ってくれるキラが、心を閉ざしているなど考えられない。
だが、尋問の様子をマジックミラー越しに見て、ハッとした。
確かにキラは完全に全てをシャットアウトしている。
アスランからの問いかけにも、イザークの尋問にも、完全に無言、無反応。
「…ニコル」
「はい?」
「お前、ピアノ弾くんだよな。だったら当然キーボードも弾けるな。よし」
「は??」
ニヤッと笑った先輩に、ニコルは微妙にイヤな予感がした。
* * *
捕虜の精神状態を和らげて事情聴取をやりやすくする、という名目で、ミゲルはキラを引っ張り出した。ミゲルが何かやると聞きつけた
非番のクルーや、医療室にカンヅメにされていたラスティ、それにアスラン達も集まってくる。
ミーティングルームのデスクを全部隅へ追いやって作った空間を舞台に見たて、少し上手側にキーボードと譜面がセットされ、ニコルが
座っていた。中央にはミゲルが立っているが、マイクはない。どうやらアカペラで勝負するつもりのようだ。
そして客席として並べられた椅子。キラは一列目のミゲルの正面に、アスランとディアッカに挟まれて座っていた。
「…ミゲル、言っておきますけど自信ないですからね。こっちは一夜漬けなんですから」
「平気平気。楽譜もあるんだし、お前なら大丈夫だろ」
ひらひらと手を振る。だが気休めではない。ニコルのピアノを聴いたことがあるからこその確信だ。それに、ニコルは口では自信がない
と言うものの、実際は本番に強いタイプ。
きょとんとしているキラにウィンクして、すっと手を上げる。
それを合図に、ニコルの指がキーの上を滑り始めた。
それは学校の音楽の教科書にも乗っている、有名な曲。
前奏の時点で全員が演目に気付き、おっ、と小さくリアクションをした。キラもそれは同じで、ハッと開かれた瞳には輝きが戻っていた。
ぎくりと肩を震わせたアスランには、なんとなく嫌な予感。これは、小さい頃からキラが大好きだった曲。自分も好きだったし、
ミゲルの歌も好きだが、…だからこそ、嫌な予感。
「この曲、女声パートがあったよな」
「ああ。ミゲルさんどうするつもりなんだろう」
ヒソッと声を潜めた工員達の声。
英語の歌詞。しっとりとした静かな曲調。
いつものミゲルの持ち歌とは、少し雰囲気が違う。
目はまっすぐにキラを捉えて、訴えかける。
声を。
声を聴かせて。
こっちへおいで。
「―――――……」
女声パートの入るところで、キラがそれを小さく口ずさみ始めた。
はっとキラを振り返るアスランと、ニコッと笑うミゲル。
さあ、と手を差し延べる。
金に近い明るいオレンジ色の瞳が、優しくキラを誘惑する。
キラは抗えず、ふらりと椅子から腰を浮かせた。
唄おう。
いま、風にのって、
遥か、遠い、
あなたのもとへ。
いつか、
空は、ひとつにつながる。
わたってゆける。
あなたのもとへ。
誘われるままに、導かれるように、ミゲルと唄を一つにしてゆくキラ。
ニコルのキーボードが余韻を残して旋律を奏で終わると、一瞬置いて、わぁっと拍手喝采が起きた。
「すっげぇ!! さっすがミゲル!!」
「そっちの彼女も歌うまいじゃねェか!!」
「もう一曲! ていうかもうこのままライブやっちまえ!!」
やんややんやの大喝采。アスランも拍手は送っているが。
「…だとさ。アンコールに応えるか?」
「あ…っ、ご、ごめんない!! 僕…」
「何謝ってんだよ、誘ったのオレだって。やっぱりキラいい声してんじゃん。オレとユニット組もうぜ」
「え、え、ええっ!?」
顔を真っ赤にしてたじたじのキラ。そんなキラにハハハと笑いながら、ちらっと意味ありげな笑顔を向けてくるミゲル。
どうやら、嫌な予感は的中しそうだ。