モールス符号と復号器

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このたび,モールス符号を視覚的に表示する装置(復号器またはデコーダー)を製作してみました。復号器の動作はYouTubeでご覧いただけます。そこで,今回はモールス符号に関係した話題を取り上げます。

現在モールス符号による通信(以下,単に「モールス通信」と呼びます)は,ごく一部を除きほとんど使われなくなりました。商用通信では,ほぼ絶滅状態だろうと思います。
ところが,アマチュア無線では健在です。懐古趣味などと思わないでください。それなりに合理性があるんです。まずこの合理性から話を始めましょう。

アマチュア無線で生き残っている主な理由は,モールス通信を使えば遠くの局(アマチュア無線局)と交信しやすくなるからです。他にも理由はあるでしょうが,ここではこの特長に注目して話を進めます。
アマチュア無線は,個人が趣味のレベルで行う通信ですから,商用通信のような立派な装置は準備できません。逆にアマチュア無線の世界では,「貧弱な装置で,どこまで通信ができるか?」を競い合ったりしています。
貧弱な装置で遠方の局と交信することの価値観は,アマチュア無線を知らなくてもなんとなく理解できると思います。
遠方の局と交信で,障害になるのが「雑音」です。交信相手の電波が雑音に埋もれると,交信できなくなるからです。雑音電力は,帯域幅に単純に比例します。モールス通信では,この帯域幅を最小にできるのです。極限まで帯域幅を狭めた受信機を使って交信すれば,より遠方の局と交信できるというわけです。

モールス符号は,俗に「トン・ツー」と呼ばれます。トンが短点をツーが長点を表し,これらの組み合わせで符号化されているためです。
このトン・ツーですが,聴覚的には「ピッ・ピー」と聞こえます。このピッ・ピーの「音」ですが,送信側ではラジオのように「音」を送出してるわけではなく,単純に単一の無線周波数信号をモールス符号に合わせて断続しているだけなんです。受信側で,無線周波数を音声周波数に変換しています。これには「周波数変換」を使います。

周波数変換とは,次のようなことです。2つの周波数を乗算器に入力すると,出力にはいくつかの成分が現れます。その中に,2つの周波数の和の成分と差の成分があります。これらのうち都合にあわせてフィルターを通して取り出せば,周波数の加減算ができるわけです。これを「周波数変換」と呼んでいます。
このことは,数学的にも三角関数の乗算として表すことができます。

モールス通信では周波数変換を使って,次のようにして無線周波数を音声周波数に変換します。送信された電波(受信波)の周波数から再生する音の周波数だけズレた周波数の信号を,受信機内部で発生させます。これと受信波を乗算器に入力して,現れた出力の音声周波数に該当する成分をフィルターで取り出しているわけです。すると受信波の断続が,そのまま音の断続になるわけです。これが「ピッ・ピー」なんです。

このようにモールス通信は単一無線周波数の断続波ですから,帯域幅は非常に狭くできそうであることがわかります。話が最初に戻るようですが,いまいちど帯域幅とそのメリットを数値的に考えてみます。
モールス通信の速度ですが,上限は短点の長さで17[msec]程度です。つまり,短点の長さのON/OFFが最高速です。これを単純に17[msec]の2倍を1周期とする周波数として考えれば,僅か30[Hz]です。これがモールス通信に必要な帯域幅です。英語であればこの速度で,1分間に350文字が送出できる計算になるんです(統計計算によっています)。1秒間に5.9文字です。普通に会話する速度と大差ない気がします。
音声をアナログ信号のままで電波に乗せて送出すると,工夫しても3000[Hz]程度の帯域幅が必要です。
モールス通信が30[Hz]で音声が3000[Hz]ですから,帯域幅に100倍の開きがあります。「雑音電力は,帯域幅に単純に比例する」ことを考えて,信号電力:雑音電力の比を同じにするためには「音声通信は,モールス通信の100倍の電力が必要」ということになります。
逆に,「モールス通信では,小電力で遠方の局と通信できる」ともいえます。これがアマチュア無線で,いまもモールス通信が健在である理由です。

最後に,アマチュア無線での復号器の評判について触れておきます。
結論から言えば,疎外されているようです・・・
モールス通信は,人の能力が中心の技能なんですね。実際に復号器を製作して使ってみると,人の能力の高さを痛感させられます。個別の問題は,あるいは解決可能かもしれません。しかし,待ったなしの通信で,細かな調整などをしている時間が無いのです。臨機応変の人の能力の高さには,かなわない気がします。「処理能力の高いコンピューターで,音声認識のように・・・」と思うかもしれませんが,この場合コンピューターから輻射される無線周波数の雑音が通信の障害になったりするんです。
結果として復号器の目的は,「実現すること」に置かれているようです。あまり便利を追求せず,技能を磨くほうがよいのでしょう。

技術者としては寂しい話になってしまいましたが,私の製作した復号器はアナログ回路やデジタル回路をシステムとして学びたい人には良い材料だろうと思います。教科書などに登場する電子回路を組み合わせたシステム(装置)になっています。高周波回路のように製作に特別な配慮も必要なく,配線に間違いが無ければ動作するだろうと思います。最近ではフリーウエア(無料のソフトウエア)としてモールス符号発生ソフトがダウンロードできますから,パソコンを使って動作確認もできます。実用に供さないまでも,電子工作の対象としては面白いと思います。
もちろん,私なりの工夫や性能向上を含めていますが,疎外感のある復号器ということもあって,あまり大きいことは言わないほうがよいと思うんです。
これは卑屈になっているわけではなく,大きなことを言うと反動も大きいと思うんですね。

2009年3月24日
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