BACK

柿本朝臣人麻呂

(かきのもとのあそみひとまろ)

卓越した表現技巧、雄大で重圧な作風は、万葉最盛期を代表する歌人です。
妻へ贈った歌を集めてみました、愛妻家だったのですね。
ただし、妻はひとりではなかったようですが・・・



第4巻497
古に ありけむ人も 我がごとか 妹に恋ひつつ 寝ねかてずけむ
昔の人も 私と同じように 妻を恋い慕って 眠れない夜をすごしたりしたのかな

第4巻502
夏野行く 小鹿の角の 束の間も 妹が心を 忘れて思へや
夏の野原を走り回る 雄鹿の短い角のように わずかな時間も 愛しい妻の事を想っているよ

第4巻503
玉衣の さゐさゐしづみ 家の妹に 物言はず来にて 思ひかねつも
旅立ち前の慌しさの中で 妻とゆっくり話すこともできないで来てしまったから 恋しくてたまらない

第2巻223
鴨山の 岩根しまける 我をかも 知らにと妹が 待ちつつあるらむ
鴨山の この地で 病に伏せっている私を 妻は知らずに私を待っているんだろうな

第2巻131
【石見国より妻と別れて上京するときの歌】 国司として石見に赴任していた時の現地妻との別れの悲しさを歌った

石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも いさなとり 海辺をさして にきたづの 荒磯の上に か青く生ふる 玉藻沖つ藻 朝はふる風こそ寄せめ 夕はふる 波こそ来寄れ 波のみた か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万度 かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひしなえて 偲ふらむ 妹が門見む なびけこの山

石見の海の角の入り江を 船泊まりには良い所がないと 人は言うけれど 貝を採るのにも良い所がないと 人は言うけれど たとえ良い磯がないと人は見ても かまわない 海辺を目指して 和多津の荒磯のあたりでは 真っ青に美しい藻や 沖の藻を 朝吹く風が寄せるだろう 夕方の風が寄せるだろう 波に揺れるように寄り添いながら なびきあって一緒に寝た 妻を置いて出て来たので この道の 曲がり角ごとに 何度も振り返って見るけれど ずいぶん遠く里から離れてしまったようだ 高い山も越えて来た 夏草のように思いしおれて 私のことを想い偲んでいるだろう 妻の家の門が見たい 山よ低くなれ



第2巻132 石見のや 高角山の 木の間より 我が振る袖を 妹見つらむか
石見の国の 高い津野山の 木の間から 私が振る袖を 妻は見ただろうか

第2巻133
小竹の葉は み山もさやに さやげども 我は妹思ふ 別れ来ぬれば
笹の葉が 山全体に さやさやと風に吹かれているけれど 私はそんなものに心とらわれないで 妻の事を想っている 別れてきたから


妻からの返歌
【依羅娘子(よさみのをとめ)】
第2巻140
な思ひそと 君は言ふとも 逢はむ時 いつと知りてか 我が恋ひざらむ
あまり思いつめるなと あなたは言うけれど 今度はいつ逢えるのかわかっていたら こんなに苦しくは想いません

第2巻224
人麻呂が死んだときに作った歌
今日今日と 我が待つ君は 石川の 貝に交じりて ありろいはずやも
今日こそは 今日こそはと 私が待っていたあなたは 石川の 谷にでも紛れ込んでいるのでしょうか

第2巻225
直に逢はば 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ
もう 直接逢う事は出来ないのですね 石川に 雲よ立ち渡れ 雲を見ながらあの人を偲びましょう


【どの妻か不明】

第4巻504
君が家に 我が住坂の 家道をも 我は忘れじ 命死なずは
私の家に あなたが通った峠の道も 私は死んでも忘れないわ